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斎藤由多加のブログだよ

スティーブ・ジョブスの捨て去る力

ただの日記

水曜日、小学館の名編集長であり恩人であるK氏と久々に飲んだ。

iPhoneは、バッテリー交換の蓋がない。iPODと同様、バッテリー交換は持込交換となる。そこまでしてデザインにこだわる。それがジョブスという人物である、という話でもりあがる。

K氏は、アップルの日本上陸のノンフィクション「林檎の樹の下で」を、僕がダイム誌で17回にわたり連載した際の編集長兼担当者でもある。

かつてのマックも同様だった。裏蓋は、普通の工具(当時)では開けられない。ユーザーが勝手に空けると保証外となるわけだ。キャノン販売が漢字ROMを搭載させた「ダイナマック」(1985年)もアップルは保証対象外としたためキャノンが保証リスクを負うことになった。(これはある意味当然であるが当時の切迫したマックの日本語事情を考えると微妙でもある。なにせキャノン販売は相当な在庫を持たされた日本の総代理店だったのだから)

ジョブスがアップルにいる間、マックにハードディスクは搭載されなかったが、その理由は「音がうるさいから」だという。 思考の道具はうるさくてはならない、それがジョブスの哲学であった。そしてそれが、マック本体から冷却ファンが不在だった理由でもあり、メモリーが小さかった理由でもある。

NeXTをつくったとき、ある人物が聞いたという。「NeXTではHDは不可欠でしょう?」と。するとジョブスはこう答えたという。「そうだ。だから、本体はパテーションの向こうに置く設計にした。机上にはモニターだけを置き、すべてはモニターに接続する構造にした。」と。

ジョブスはマニア向けの製品ではなく家電を目指していた。そして日本企業のソニーを崇拝していた。iPODをきっかけに、アップルの社名から"コンピューター"を取り去る、なんてことは、もともとジョブスがいちばんやりたかったことに違いない。

徹底した信念は、不要と思われる要素をばっさりと捨てさる。その強さがこの人にはある。

スタンフォード大学の卒業生激励スピーチで、ジョブスは自分が癌であったことを告白した。
「君たちは明日から何をしようか、いろいろと迷っていると思う。だが、もし自分の命がいくばくもないとわかったとき、人は何をすべきか、明確にわかるものだ。」という名言を残した。

いるものと、いらないもの、その二値思想は、デジタル最大の特徴であり、禅思想そのものである。ちなみにアップルという社名は、果実主義者だった時期に働いていたリンゴ農園から取ったといわれている。

ジョブスの広告は決まってモノクロである。1984年のマックデビュー時の日本初広告は横山大観の「水墨画」だった。斬新だった。当時電通のクリエーター故鈴木八朗氏はそれにてADC賞を受賞したほどだ。

僕らはIT機器に「なんでもかんでも」詰め込もうとする。
ジョブスは、それらをぱっさりと捨て去る。バッテリー裏蓋をなくしてでもデザインを優先する携帯電話メーカーはそう多くない。そこまでの強さの源泉は、信念でしかない。奇をてらっただけでは、そこまでのことをできないものだから

だから、人生に迷うと、僕はかならずこの人の歴史を読みかえす。積もった「しがらみ」を、たとえそれが仕様であれ、不良資産であれ、原稿であれ、余計な部分を捨て去る勇気をもらおう、とね。

しかし何冊よんだところで、どこまでが真実かはわからない。なにせこの人はいっさい自伝を出さない人だから。そしていっさいインタビューをうけないひとだから。この人はいい感じのデザイン(=結果)にしか興味がないのだ。そのあたりがものすごくはっきりしているのである。