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斎藤由多加のブログだよ

第七回 正しいディレクション

「カーナビの指示するルートで行っていいですか?」
そのタクシードライバーは聞いてきた。
僕の告げた行き先が、三田五丁目の何々という番地しかわからないということに対しての彼の回答だった。
住所から、ここの近所なのはわかっているのだけれど、なにぜ一度も行ったことのない場所だ。どの通り沿いのどのあたりなのか、さっぱりわからないままあと10分でつかなければならない。つまり今回はタクシーを移動手段としてでなく道案内として利用している。

「はい。」
僕はぼそっとそう答えて、後部座席でボーっとしていた。
ボーっとしながらこのドライバーがいわんとする言葉の意味について考えてしまった。

「カーナビの指示ルートでいいか?」
どういう意味だろう?
そう聞いてくるということは、本来ならば、自分の考えるルートの方が一番よいと自信がある、たまたま今回は対応不可能なだけで、という意味となる。

しかしまてよ、そもそもカーナビとタクシードライバーの
どちらのルート情報が正解なのだろうか?
どちらとも取れる。

カーナビのルートにはきっと「間違えのないルート」を提供してくれるにちがいない。
それに対してタクシードライバーのものは「プロの経験によるベストルート」かな。

考えてみるとこのふたつは、ずいぶんと違うものだ。
日中の東京は「道を間違えがなければいい」というものではない。人と同じ発想をすると渋滞という災難が待っている。

うちの社用車のカーナビルートは馬鹿正直すぎていつもいらいらする。液晶をぶっこわしたくなることがある。だから知っている場所に行くときには使わない。だけど知らない場所に向かうときは確実に案内してくれる。なのでそういうときは重宝する。

 ☆      ☆      ☆

 慣れない社員が、せっかちに大物俳優さんを迎えに行った際、カーナビルートのとおりに道を選択したら、「君は東京の道を知らんのか?」とブチ切れられたという・・・。

彼曰く「こっちはカーナビに従ってんだから、正しいんだ。とやかくいわれる筋合いじゃないはずですよ。」と自信満々の口調。
「本当にそうかぁ??」
通ってきた道を聞いて僕は思わずそうリアクションした。
「そのルートって渋滞してるにきまっているルートだぜ?遅刻するのも当然じゅないの?」
「それは私のせいじゃありません。渋滞のせいですよ。」
正しさの定義というのはそれを行う人によって微妙に異なっている。それが数値化できない状況になったとき、仕事の指示というの歯車が狂うことがある。

 ☆    ☆     ☆

ゲームプログラムにもルート検索というものがある。
あみだくじのような網目状のルートでベストの組み合わせを見つけ出す式である。
そのときに、かならずプログラマーからこう聞かれる。
「ベストの定義は?」

時間、距離、料金、景観、高速・・・・

気の利く運転手は、客とのコミュニケーションによってベストの定義を変えてくれるものだ。
気の利かない運転手は一方的に決めてしまうからあとでトラブルになる。
だから最近のタクシーは、「どのルートでいきますか?」といちいちたずねてくる。
しかしそれはそれで困ってしまう。

あんまり聞いてくるときは、「ほっといてくれ!!こっちは疲れてんだ」そう怒鳴りたくなるときもある。
「いちばんいい方法でいってくれればいいですよ!」

若い部下ばかりの会社をやっていると、同じような気持ちになることがある。
「青山三丁目にいってくれ。」
「はい、するとここは右いきますか?それとも左ですか?」
「つぎの角がきましたけど、どうします?」
こんなレベルまで全社員から交差点ごと聞いてこられたら、身が持たない。自分で運転した方が早いということになる。。

新機軸のゲーム開発とはこんなもんである。
地図が存在しないのだから行き先をつげるだけでは動いてくれない。
自分の頭の中にあるものを伝え、大雑把な構造を伝え、向かうべき方向を伝え、それで仕事に取り掛かれる者とそうでない者が大きく判別されてくる・・、ただし、かなりの時間が経過してからね。

人というのは、実はかなりばらばらの尺度と適切をもっている。
今回のディレクションではどこの中間地点までを伝えようか、と最近は相手によって注意して考えるようにしている。最終目的地ではなくね。
その区間の大きさが適切なときだけはじめて納期と品質が守られるからである。
それ以外のときは人は道に迷う・・・・それぞれ異なる迷い方でね。

「今回はカーナビの指示するルートで行っていいですか?」

こんなふうに、判断基準の変更までを手際よく確認してくれるディレクターがいたら仕事のスピードはかなり高速になる。
それくらい、コミュニケーションというのは難しい。そして重要である。