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斎藤由多加のブログだよ

アイデアを整理するためのソフトウェ

パソコンの処理能力はずいぶんと進化したけれど、人がどこまでそのアドバンテージを引き出しているかとなると、かなり疑問なのが昨今のPC事情。
「ネットとメールとカメラ付きの携帯電話はもはやPCと同様」なんていう文句を聞くと、「ということはPCはネットとメールとJpeg写真のためのマシンになってしまったのか?」とげんなりきてしまう。
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マックが日本語化されたのが1986年の後半、「漢字talk」という日本語OSが出てからのことである。それまでマックは、大河内勝司氏という人物が一人で開発した「SweetJam」というソフトを英語システムのフォルダー内にコピー(FDなのでインストールとは呼ばない)して、辛うじて日本語環境を実現していた・・そんな時代である。
発売元のA & Aはいまも健在のはずだが、この会社当時は建築ソフトを作っていた。建築設計にマックをユーザーとして使う側だったのだろうが、こんなに経緯から当時のMacユーザーの間では有名になった。
この会社から出た「まるごとWord、まるごとJam」という重厚な装丁の書籍があった。この書籍は文学全集みたいな厚紙の固いボックスに入った本で、内容はというと、いわゆるMS-WordとこのJamを組み合わせて利用するためのノウハウ本だった。だがこの何がすごいかというと、執筆から版下までの行程がすべて(1985年当時の)初代・二代のマックと、このMS-WordとJamだけで制作された、という点であり、いういわばDTP書籍の走りである。
ソフトの開発者でもありこの本の著者でもある大河内氏は「絵を貼ったり表を挿入したり、Wordの機能のすばらしさを披露するためには、まるごと本を作ってしまうことが一番だとおもった」と語ってくれたことがある。
「とくにWordのアウトライン機能」という言葉が氏の口から出たのを強く記憶している。EXCEL1.0がまだ存在せず、表計算は米国Lotus社の(21世紀になってIBMiに買収された) "1-2-3"か、MSのマルチプランという時代。機能はグラフ機能がはいっている分、明らかにLotusが上だった。そんなような当時であるから、日本語ワープロソフトはいわずもがな日本製であることが当然だった。一太郎などの全盛時代はこの前後に訪れる。その時に、氏がMS-Wordのアドバンテージとして口にした「アウトライン機能」という言葉が、心に刺さったのを記憶している。
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ビットマップ画面を持つマックのユーザーにとっての強い味方となるソフトがこの時期米国のハッカープログラマーたちによって次々と生み出されていった。MacroMind社(後のMacroMedia社)のDirector(いまのFLASHです)のさらに前身となるVideoWorksがその代表例だが、そのほかにも名作ソフトがあった。

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△「 自分でアニメを作ろう」それが当時のDirectorの原型であり基本概念。

その一つが、アウトライン・プロセッサーなるソフトだ。これは、おもいつくままキーワードを五月雨(さみだれ)式に打ち込んでゆき、一通りそれが完了した時点でそれらの関連づけをして企画書や計画立案をするというものである。現在のMSのPowerPointとやや用途が似ているように聞こえるが、まったく異なる。
一つのキーワードがオブジェクトとなって、マウスで移動しダイアグラムチャートとなってゆく。(だからマウスがないハードウェアでは出現しにくいソフトの分野であった)。
当時のDOS(Windowsの前身ともいうべきMSのOS)は黒いスクリーンに緑のテキストが表示されるものだったのに対して、Macフリッカーを恐れず「白」を背景とするスクリーンとして出現した。これは、いまとなっては有名になったジョブスのこだわりで、思考のための「紙」を模倣した結果である。

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△書道をしよう、というソフトも日本の演算星組(社名)から!!! 桐箱に入ったソフトなんて、ほかにない!!
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僕はこのアウトライン・プロセッサーを多用していた。アイデアの断片がキーワードつまり言葉であることが前提であったため、いつしか僕の企画は「ことば」の影響を大きく受けることになってゆくのだが・・。
1997年6月のある日、とある転機をきっかけに、僕はそれまで愛用していたものすべてを変えた。タバコの銘柄はMildSeven FKからMarbolo Mentolへ、パソコンはApplePowerBookからVAIO Noteへ、そして仕事の拠点はVIVARIUMという新しい会社へと。
そして、WIndows98ユーザーへとなっていった僕は、アウトラインプロセッサーというツールとはじょじょに疎遠になってゆくのである。
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Windows環境というのはMS Officeを使うための環境、と表現するといい過ぎだろうか? そんな環境に移ってからの僕の思考は、MS環境にそれに影響されるようになっていった。アウトライン的な機能は、MS-Wordがある程度サポートしているのでその範囲で企画作業はしていた。なににもましてWordのメリットは汎用性、である。

ご存知の方も多いだろうが、MS-Wordにはアウトラインという表示モードがある。知ってはいても使うことがない、という人が多いのではないだろうか?だが、これは企画者だったら使わないとかなりもったいない機能である。
ここでいう文章というのは、企画者によってのアイデアの断片であり、いわば文字列である。これがひとつのオブジェクトのように扱われる。いまは写真や絵も同様にサポートされているわけで、これからの情報の順序を入れ替え、上下の主従関係をつけ、関連づけられてゆき企画書として完成されてゆく。昔の「なんとかカード式」みたいなものだ。

僕にとってワードというのは、たとえば本を書くときには
1.アウトラインモードで企画概要(目次案)をつくる
2.その下位に、ラフ肉付けとなる主文を簡単に書く
3.全体の校正を眺めながら順序をいれかえつつ膨らませてゆく。
4.必要箇所に写真を貼付け、レイアウトをする
5.小見出しをつけて出版社に渡す
という使い方をするので、アウトラインモードは、"本当の文章"を書くときも大変貴重な役割を果たす。

だからMSワードというソフトは、ただベタのお礼状を印刷するためのソフトではない、と思っている。それならばフリーのエディターを使った方が軽くて、価格も安くすむ。ワードに備わっている機能を駆使しないぎり、このソフトのコストは元が取れないように思う。
ワードの機能をうまく引き出すとそのまま本が出版できるのだぞ、ということを、冒頭の大河内氏は僕に教えてくれた。だからこの本は僕の書棚に、いまでも大切にしまわれている。そしてときどき、荒いフォント(レーザーフォントはさすがにまだでおらずドットフォントである)ながらも、しっかりとした質感でつくられた本をめくりながら、プログラムから作ってしまった当時の「オールインワン」の思想家たちに思いを馳せる。
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だが、これが「本」ではなく「ゲーム」とか、ネットの「コンテンツメニュー」となると、機能がいまひとつになってくる。上→下へ直線的な構造しかサポートされないので「ここにもどる」という指示が書けない。だからすでに所有しているMS-Wordのアウトラインモード、は使うけれど、別の「アウトラインソフト」を買ってまで使っていなかった。たいしたソフトがないのである。いやいまPCのソフトは、あの当時より退化しているのではないか、と思えるくらい、分野もタイトルも限定されてきていて、それはソフトメーカーの寡占によるものではないかと思っている。ハードの性能の飛躍的向上と比べて、そのアドバンテージが出せていない、という冒頭に戻る理由である。

つづく(次回は最近購入し多用しはじめたアウトラインプロセッサーソフトを紹介する予定でごじゃる)