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斎藤由多加のブログだよ

小さい毛ガニの運命

すしざんまい、では、かに汁は500円。
みてのとおり、小毛ガニがまるまる入っている。

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築地などにいくとよくわかるのだけれど、小さい毛ガニは肉が少なく食べにくいので二束三文みたいな値段で売られている。いわゆる「味噌汁用」ってやつだ。ちなみにもうひとまわり大きくなると、その価格は5000円を越えはじめる。

で、すいざんまいで出される味噌汁に入ったこの毛ガニの肉を、箸でつついて食べている客を見かけることは滅多にない。わずかなカニミソをたべておわり。つまりこの毛ガニは、いわば視覚演出的な味噌汁のトッピングになるための運命を辿ることになる。

「捕ったら小さくて値段がつかない」などという毛ガニを、捕りたくて捕ってる漁師さんはおそらくいないだろう。 ただそのまま海に捨てるよりは二束三文でも値がつくから、というのが実情だろう。多少なりともそこに需要があるのだから。その小毛ガニをこんな形で"処分"する僕らの食行為は、日本語では「贅沢」とはよばず、「無駄」と呼ぶ。

この二者は似ていて大きく違うものだ。昭和の人はこの違いをよく心得ていて、他界した僕の母なんかは三重の城下町育ちだから贅沢を好んだが、貧乏サラリーマンに嫁いだため無駄を徹底して嫌っていた。

僕は、これがまっとうな感性である、と思いたいし、セレブな場でも照れずにそう口にしてゆきたい。若い世代がこの二者を混合しないように伝えてゆくことは、最後の飽食の時代を過ごす僕らにとってとても重要な使命だ。

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すこし宣伝めいて聞こえるかもしれないが、今日発売になる「シーマン2」のメインの会話の中で、この「無駄」という話題で展開するパートがいくつかある。人間ひとりが生活するためにどれだけの無駄をつくることになるか、をとうとうとシーマンに語らせ、そしてユーザーに質問させた。

説教じみたソフトがあってもいいじゃないか・・そんな気持ちで今回のタイトルはつくったふしがある。環境問題なんて大それた言い方をするつもりはないけれど、実はそこに大きく寄った世界観を「孤島」という形で構築した。閉鎖系の中で、資源は尽きる。これは縮図である。

そこには、ユーザーに媚ってばかりじゃゲームはいつまでも文化にならない、そんな生意気な気持ちが45歳にもなると芽生えてくるという背景がある。