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斎藤由多加のブログだよ

謝罪する相手は誰か?

小沢一郎代表の辞任撤回騒動のニュース映像の締めとして、民主党副代表のコメントがテレビで流れていた。

「国民の皆様方に不安を与えてしまい申し訳ない」云々。

野党の党首の交代騒動が、どうして国民の皆様方に申し訳ない話なのか?
これは私企業の社長交替と似て、実はローカルな内輪話ではないか?議員と違うのだから勝手にやればいいのである。
本来謝罪するとしたらその相手は、単に党員と支持者にすぎないのでは? そう感じた自分がいる。

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15年ほど前に勤務していた会社には変な文化があって、社員たちは社外の方をすべて「お客さん」と呼ぶ癖があった。この会社は新卒採用、中途採用、企業内教育、アルバイト募集、果ては電話回線のリセールまで営んでいた営業系の会社(要するに、リクルート)なので、クライアントは業種を問わず広かった。だから、どんな企業であっても将来のクライアントになる可能性がある。そのせいか営業マンは、知り合う相手すべてに「とりあえず営業」をかける癖があった。

だが、よく考えれば、だれかれかまわず「お客さん」と呼んでしまうのは失礼な話だ。女とあればだれかれかまわず口説く対象と見るナンパ男みたいなものだ。大学時代の先輩と飲んでいても、飲み屋で遭遇した同僚たちは、その先輩に営業のヒアリングをし始める。鼻息荒い若手営業マンなどは場をわきまえない。一緒にいて不愉快になる場面が多々あった。

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民主党は、国民すべてを将来的な支持者と想定して、「国民の皆様方」といったのだろうか?だとしたら、ちょっとばかりあつかましい。

メディアもメディアである。自分で勝手に騒いでおきながら、「お騒がせした謝罪」を要求する。それに煽られ、御茶の間の視聴者は、あたかも「迷惑をこうむった気分」になってしまう。その過度な錯覚のせいだろうか、昨今の社会が"クレ-マー化"している理由は・・・。

亀田家に関するしつこいほどの謝罪報道でわかったこと。それは、他人の家の夫婦喧嘩を覗き見しているうちに、ついつい感情移入してしまい、夫に浮気の謝罪要求しはじめた、われわれ野次馬の姿であった。亀田史郎氏が多少気に食わない態度や風貌だからといって、僕には謝られる筋合いはない。何も被害を被ってはいないのだから・・。たしかに人間には、むかつく相手をいじめたくなる性癖がある。だが、メディアはその衝動を決して正当化してはならないのだ。

過ちを犯したときに、人間謝るべき相手というのはおのずと決まってくる。それはたいていの場合、直接迷惑をかけた人である。そこにあつまった野次馬にまで頭を下げさせる社会は、「袋叩き」に似て、健全と思えない。これでは恐怖政治に似て、人間が罪を認めたがらない社会になってしまう・・。

マスメディアの影響で曖昧になってしまったもの、それは「本当に謝る相手は誰か?」という真摯さではないか?

民主党が「国民の皆様方」とへりくだって謝罪するのを聞いて、「俺は他党に投票したんだから、謝んなくていいよ」 かっこつけすぎ、かもしれないが、そんなことを思った。