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斎藤由多加のブログだよ

第五回 企業の遺伝子

「枯れた技術」という言葉がある。僕がこの言葉を知ったのは任天堂に関する書籍を通してである。

任天堂は同社の製品に、最新鋭のIT技術などを採用しない。最新技術というは軍事や医療、交通機関、など業務用の需要を当て込んで生まれてくることが多いから、いちいち高い。そういう先端技術を娯楽商品が採用してはいけないぞ、というのが先代の社長の訓えだそうだ。

だから任天堂が採用するのは、すこし時代遅れになった技術である。それを安く仕入れて、知恵で面白く再生させる、というのが任天堂の得意技である。これを「枯れた技術の再利用」と呼ぶそうだ。

言い方をかえると、「枯れた」といってるのは凡人の見方への皮肉的な表現であって、彼らにしてみれば「決して古くはないぞ」と手ぐすね引いて待ち構えている意味に思える。

というのも、商品がヒットしてからあとになって「実はぜんぜん枯れていなかった」、ということに凡人は気がつかされることになるのだから。
(これらについては任天堂が過去に出してきた玩具の歴史などを紐解くと興味深い。ぜひ関連書籍をご一読することをお勧めする。)

さて、ゲーム業界にいると、あたらしいハードウェアが発売される以前に内覧する機会に恵まれる。ニンテンドーDSが発売される以前に、「こういう仕様なのだがどう思うか?」を尋ねられたことがある。無線LANとペン入力を搭載する新型マシンの仕様を、もともとゲーム制作者である岩田氏(現社長)から聞き、あれこれと可能そうなゲームのアイデアを交わさせていただいた。そのとき、同氏が次のような言葉を漏らしたことを。
「IT機器にはしたくないんだよね・・」と。

この言葉を聞いたとき、任天堂の遺伝子を岩田氏が貫こうといている姿勢と同時に、ひとつの疑問を感じたことを鮮明に記憶している。

氏はもともとエンジニアである。ノートタイプのマッキントッシュをいつもカバンに入れて担いでいたから、たぶん無類のマックおたくであろう。だとしたら、いわゆるITグッズが嫌いなわけがない。なぜそうわかるかというと、自分もそうだったからである。DSのデザインをあらためて見るとその片鱗もうかがえる気がする。

にもかかわらず、そのセンスを任天堂に持ち込もうとせずに「IT機器にはしたくないんだよね」という発言をした、その理由がずっとわからないまま、ニンテンドーDSは発売された。そしてあれよあれよという間に大ヒットし、市中には在庫がない状態が続いている。一度は地に落ちた株価はすごい勢いで上がり続けている。
画面を二個にする、という奇抜なアイデアは、過去の市場データをどれだけ分析したところで出てこないものである。こういう発想の力というものが僕は大好きだ。
誰に対してかわからないけど、「してやったり」と、高笑いしたい気持ちになるにちがいない。クリエーターの至福の瞬間である。

岩田氏は社外から抜擢された人物である。
MBAをとっている人でもなければ、ヘッドハンティングで採用されたわけでもない。くわしい話はどこかに書いてあるのだろうけど、僕がうかがった限りでいうと、もともとゲームソフト会社の若手開発者のリーダーをしていた。この会社が経営難におちいった際、任天堂からの支援を得て関連会社化し、その際に開発会社の社長となったそうだ。そこで任天堂からの借金を返済しながら、同社のタイトルを作る状態が続き、ある日突然社長に就任して周囲をおどろかせた。

任天堂は、次期社長になるべき経験豊富な人材が数多く擁していただろうから、このニュースにびっくりした人も少なくないに違いない。そのあたりの業界情報については僕はあまりくわしくないのだが。

いずれにしても、岩田氏は、アクシデントで二度までも社長になってしまった人である。だからもしかしたら一度も社長を志したことがないのではなかろうか。話を聞く限りそう思う。人柄も、らしくなくて、重そうなカバンを自分で持ち歩いていることも変わっていない。

MBAという学位が世界の管理職になるためのブランドになっている。
大企業の社長になるにはこういう資格が有効、という流れが上昇志向の強い人たちの間にはあるようだ。事実MBAを取得した人々が誇らしげに帰国し、仕立てのよいスーツを着てエグゼクティブなフロアを闊歩している姿を何百回と目撃したことがある。

しかし、MBAで得られる知識が、どれだけ企業イノベーションの原動力になっているのだろうか、と考えると、あまりピンとこない。なぜそういえるかというと、発想するという特殊な行為が、体系化されマニュアル化されるということがどうにも信じられないからである。もしそういうマニュアルがあるのならばいますぐ買いに行きたいほどだ。

MBAの授業では、任天堂をはじめ世界の革新企業がモデル教材になっているという。では、その教材になっている側の企業は、いったい何をお手本にして成長してきたのかとなると、マニュアルなんてものはなにもない。単に経営者の勘と独創性であったりする。たとえば任天堂を成長させたのは先代の山内氏の特異な才覚ということになろう。

鼻っ柱が強く、一過的で、高い報酬を要求するようなMBAというブランド品ではなく、身近な野に咲くエンジニア社長を抜擢するという決断そのものも、山内氏による「枯れた技術」的な発想なのかもしれない。

そう考えると、岩田氏の「IT機器にはしたくない」という発言の意味がすこしわかるような気がしてくる。「うさん臭い一過性もんにはいっさい手を出さん」という先代の遺伝子にも似た哲学と、そして叩き上げのクリエーターであるという無冠のプライドを。