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斎藤由多加のブログだよ

第一回 「企画と発想」

(この章の内容は、任天堂株式会社との共同特設サイトOdama.jpに初出した原稿をそのまま転載したものです。)

●●発端●●

「いつこんなゲームを発想したのですか」とか「どうしてこういったゲームを企画したのですか?」
 新しいゲームを発表すると、国内外を問わず雑誌の取材で必ず聞かれるのがこの質問です。こと「大玉」は海外先行発売でしたから、イギリス、フランス、ドイツ、ベルギー、さまざまな国の雑誌から同様の質問を受けました。

●●「大玉」はたぶん幼少の原体験などから●●

私たちゲームプランナーというのは、仕事ですからいつも頭の中にたくさんの引き出しをもっています。どれも完成形とは程遠い、ネタ帳のようなもの、いわばアイデアの断片のようなものです。いよいよ新企画をまとめなければならない、となったときに、これらの引き出しからいくつかのアイデアを引っ張り出してあれこれ組み立ててゆくわけです。
 それでは「大玉」の発想はどうなのか?という冒頭の質問にもどりますが、今回は2001 年か2002 年あたりのある晴れた平日の午後、自宅の部屋で、「ピンボールの玉で次々と建造物を壊しながら、マッブが変化し進む」というゲーム映像を頭の中でぐるぐると考えていたときに発想しました。実は、この感覚、つまりピンボール玉でミニチュアの建造物を破壊する、というのは、それより以前からずっと頭の中を去来していたのです。たぶん幼少の頃に目の当たりにした「あさま山荘事件」の映像がつよく影響しているのではないかと思います(クレーン型鉄球によって山荘に穴を開け篭城していた犯人が逮捕されたという事件でインパクトある映像が日本全国に生放送された。プロジェクトX などにも取上げられています。)ま、なにぶん潜在意識のことなのでたしかなことは自分でもわかりません。
 でもこれだけではゲームとしては成立しないことは自分でもわかっていました。物語が一直線にすすむ映画や小説とは異なるのがゲームです。つまりゲームの企画というのはプレイヤーがいろいろな角度からチャレンジできるよう、立体構造体のような形をしています。客観的に数えることはできませんが、三つの要素が必要だとおもいます。

●●三つの交叉する要素●●

1.プレイヤーが行う基本操作・・・基本性
2.それを阻む一長一短の選択要素・・・プレイヤーが介在する余地
3.それらの状況がすべてひとつの画面内に表現されること・・・表現性

大きく分けるとこの三つがゲームのデザインには不可欠です。

 この三つの要素が交差したときにゲーム作品はうまれるのです。私たちゲーム企画者の頭の中にはつねにネタになりそうな候補が引き出しに入っていて、それら引き出しの中身をあちこちと、まるでウィルスの遺伝子のように組み換えられながら、化学変化をしてうごめいているのです。それがある瞬間交差したときに、ゲームのアイデアが浮かんだ、となるのだと思えます。これが四つだと軸が多すぎてあとに続く企画作業が複雑になります。また、二つでは立体構造がつくれないように思える。私の企画法ではこの段階ではちょうど『三つ』必要なのです。

 「タワー」ではビルを建てるという基本行為が1にあたります。でもそれだけだとただ建物を大きくするだけでゲーム性はきわめて薄い。
 そこで「建物を大きくしすぎて住人の待ち時間がたまると退去して家賃が入らなくなりその結果ビル建設が中座する」という要素が重要になります。これが2にあたります。3はエレベータの待ち行列とビルの断面、エレベータそのものをすべて画面表現した結果となります。
 この三つの中でいちばん重要とわたしが思うのは・、2の要素です。ともすると基本のプレイを否定するブレーキのような要素。これこそがゲームがゲームでありえるためのエンジン部分であり、ユーザーが介在することで自己表現できるパートとなるわけです。
 さて、この平日に話しはもどります。ここでの大玉は、ピンボールで建造物をつぎつぎと破壊し進んでゆく、という視覚的な楽しさとカタルシス程度しかありませんでした。もうひとつの要素・・・いうまでもなく2のトレードオフ性ですが、これがないのでゲーム性がなかったのです。
(“ピンボール”という要素だけではコンピューターゲームの存在理由とはならない。巨大なコストをかけてわざわざやる意味がないですから。)

●●この日の場合は何が交叉したのか!?●●

この日自宅で作業(といっても人からはボーとしているふうにしかみえないでしょうが)していたこととは、もうひとつ新しい軸をここに加えようと思考をめぐらせていたことです。
 そう考えてその数分後、もしかしたら十数分あれこれ考えているうちに、ふとフリッパーと建造物の間にたくさんの兵が戦っているという映像が頭の中で像を結びました。タワーがそうであったように、、勝ち進もうと玉をバンバン打っているだけでは、兵たちはどんどんと少なくなってしまう。敵の兵は補充されるが自分の兵はそこをついてしまう・・。群集がそれぞれ個性を持ち、彼らをうまく扱わないと思ったように動いてくれない。これが大玉の基本となったわけです。この時点がおそらくこれが最初の「大玉」の発想といえるのではないでしょうか?

企画者によって、その複数の軸が見事に交差した瞬間というのは、まずはゲームの企画が産声をあげた瞬間といえましょう。企画者にはそれがわかっているから「これはおもしろい」と喜びのあまり飛び上がらんばかりに興奮するものです。このときもそうでした。
 私は、ゲームというのは箱庭だと思ってます。建造物だけでは人は感情移入ができないのです。人がわらわらとそこに去来することで盤面に生命が宿ります。
 ですからこの状態まできて、はじめて「ゲームの発想」が芽を出したといえるのかなと思います。