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斎藤由多加のブログだよ

劣化させないエネルギー

20060602掲載

大切な財産がデジタルデータであることに不安を抱くことがないだろうか?
それが家族の記念的な写真であっいもいいし、何かを証明する大切なメールであってもいいのだが・・・。

実はここのところ、ちょっとしたミスにより貴重な開発のデータが壊れたり失われる事故が何度かあった。

デジタルというのは、形も重さもないから、失われるのが一瞬だ。そうなったら私たちは人間の手が実に無力である事を痛感する。手というのは形と重さのあるものしか扱えない構造になっているのだ。デジタル情報を救出できない。
それに対して紙に書かれたものというのは、一瞬に消滅することはない。すこしばかり火事があっても探せばなんらか見つけ出すことができる。

写真は三井本館の本社にある金庫室の入り口である。
入れるものなら入ってみろ、といわんばかりの堅牢なビジュアルは、まるで「ルパン三世」のシーンのようだが、財産を守ろうとする人間の執念を感じる。

おそらくここには、三井不動産が所有する数兆円の不動産の権利書や契約書がすべておさめられているのだろう。
その中には、明治以前からの権利書なんてのもあるにちがいない。そういう類のものは間違えなく劣化し,ボロボロの姿をしているはずだが、どんなにそれらがボロボロであっても、堅牢な壁に大切に守られ、諸権利を主張する「形」を懸命に保ち続けているであろう。

それに対してデジタルはセールストークで「劣化しない」といわれ続けてきたけれど、突然に崩壊する。間を待つことなく1が一瞬で0になってしまう。

「変質しないかわりにある日とつぜん無に帰します」というのは、それこそ究極の劣化ではないだろうか!?
いやそれ以前にハードウェアの規格がかわればただの用なしデータになる経験をゲーム業界は幾度となく経験している。名作だろうがなんだろうが、永遠なんてものとは無縁だ。

何千年もの未来に、私たちデジタル人間の努力の痕跡は博物館に展示され、そのとき後世の人々はいまの私たちが数千年前のパピルスを解釈していように、先祖の生活ぶりをしのんでくれるのだろうか?

自分たちの努力と時間の集約が、一瞬で失わせる事故に遭遇した時にそれを痛感する。
この金庫ではないけど、長持ちさせるエネルギーの対象があることを時としてうらやましくおもう。

ゲーム機が入れ替わる時期がちかづいてきている。
たくさんのデータ資産の「突然劣化」があちこちでおきるにちがいない。