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斎藤由多加のブログだよ

過去からのメッセージ

誰かと初めて会ったとき。
どんな人でも、その人への印象と出会ったときのシチュエーションがある。だけれど、そんなものは時とともにどんどんと薄れてゆくものだ。自分との関係が作られてゆくうちに、もともとは誰の紹介だったのか、なんて記憶は消滅してしまう。

ためしに、いま周囲にいる身近な知人を思い出してみる。身近な人ほど、そもそもどうやって出会ったのか、なんて覚えていない。第一心象というのも、第二、第三、そしてそれにつづく何百の印象に上書きされてしまっている。

彼らはそもそも、ある日に、誰かの紹介で出会っているはずだ。紹介者が個人とは限らないけれどね。でもそんな記録を書き留めておくことはしごく稀な人であって、自分とは無縁のことだと思っていた。

今日、携帯に、すごく久々の人から着信があった。
表示された名前を見て、我ながらびっくりした。
「あのときに、番号をもらってたんだ・・・」
当時、二度と連絡をとると思っていなかったからだろう、その表示名には、本人の名前と、紹介者、そしてその関係が単語で羅列してあった。

携帯電話の登録名というのは、人との初対面(あるいは二度目かもしれないが)した当時の痕跡である。いいかえると、そこに書かれた情報は、過去の自分自身の姿である。
そういう情報があるならば、時間の経過とともに、着信が、楽しくなる。だから、これからはすこしだけ登録名を工夫して入力することにしようと思った。
第一印象とか、場所とか、をひとこと入れるようにね。

そういえば、出会い日を登録名の一部として入れるホステスがいる。
名前を見ればおのずと、その客との付き合いの長さがわかるしくみだ。
恋人同士でもそんなことはしないだろう。いや、むしろ恋人関係というのは結果論だ。発展したときには時間が経過している。人は未知に向かって生きているから、スタートからいちいち出会いなど大切にしないものだ。

デジタルはいつでもダイナミックに変化するのが特徴だ。そんな世界にいる過去を保管しておくことが苦手になってくる。常に変化している人間にとって、変化せずにい続けるものはうっとおしいく思えるものだ。

でも携帯電話の登録名というのは、時間が経過するほどにどんどんと新鮮度を増す。そう、人と出会ったばかりの自分の痕跡、そして過去の自分からのメッセージである。

ちなみに、僕は母との初対面の日を知っている、その瞬間を記憶しちゃいないけどね。
ちなみにその日は、「誕生日」という名前で、運転免許証に刻み込まれている。
なもんだから、誕生日を記録するという人類の社会習慣に、すこしだけ感謝しているのである。だって、誕生日を知っていることのメリットなんて、それくらいしかないのだから・・。人間以外の動物にとっては、ね。