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斎藤由多加のブログだよ

カバーバンド

今日、六本木のバウハウスにいった。
70年代の「ハードロック」をカバーする老舗ライブハウスで、10年以上ちょくちょく通っている店だ。ここのバンドはよその店のバンドよりも格段に上手い。若いバンドマンにとってはこの店で演奏することがひとつのステイタスである。

上手いカバーバンドというのは、得てしてオリジナルのアーチストよりも演奏技術が上である。本家より上手いというととても奇異に聞こえるかもしれないが・・。

そもそも原曲を演奏するオリジナルのアーチストの練習量なんてものはしごく限られている。候補曲をあれこれアレンジしながら演奏し、そのまま数日以内にレコーディングである。ビートルズの「ハードデイズナイト」にいたっては、LP全曲まとめて1日でレコーディングされたそうだ。

それらの曲を、テープでステップバックしながら何年も練習しているカバーバンドの方が上手くないわけがない。

だからオリジナルアーチストというのはハンデキャップを負う宿命にある。わずかな期間で完成させた演奏やアレンジを、何年いや何十年もの間「おれだったもっとこうしていた」と後発のセミプロたちに批評されるのだから。

かつて朝日新聞のデジタル大賞の審査員をやっていたことがある。その年の大賞は映画監督のジェームスキャメロン氏が取り、幕張で予定されている授賞式に本人みずからが来るということになった。
そして当日授章式本番に出向いてみると、本人の代わりにハンディカメラで撮ったと思われるプライベートビデオ映像が会場届けられており、壇上でそれが上映された。「タイタニックの編集が終わらず、欠席させていただく。大変申し訳ない」というキャメロン氏の句苦悩する姿がそこには写されていた。その姿は、決してただの欠席の言い訳ではない殺気に溢れていた。そして同時に、その姿を見た誰もが、「これは間に合わないだろう」と確信した。すでに話題作「タイタニック」の宣伝は日本でも始まっていたのだから・・。

作品の大小を問わず(いや、むしろ大作ほどといってもいいかもしれない)オリジナル作品をつくる現場の時間のなさは、プロとして作品づくりにかかわった人間でしかわからないにちがいない。小説でも映画でもゲームでも、できあがるまで終始ドタバタである。形がないものを模索するクリエーターは、終始、思ったとおりに行かないジレンマとの間で悩む。一度出来上がった作品を踏み台にするのとはわけが違う。

きれいにパッケージされた作品を手にして、よもやこれが時間内ぎりぎりに工場入れされた、なんてことを想像する人はいないにちがいない。「大作なのだから何年もじっくりと練ったんだろう」と誰もが思ってしまうのも当然かもしれない。

そんな中で、人の心をうつ作品をつくるというのは至難の技である。今夕、バウハウスの見事な演奏を聴きながら、「オリジナルアーチストたちがこの風景を見たらさぞやくやしいのだろうな」と感じ入ってしまった次第である。

PS

もうご存知の人も多いかもしれないが、一部3.29発売と広報されていた「シーマン2」は、発売が延期された。その苦渋の気持ちと関係者の苛立ちは、スタッフの努力とともにいずれ紹介する価値があると思っている。