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斎藤由多加のブログだよ

演出の現場

この赤いボタン。
これは、録音スタジオのコントロールルームにある装置である。
このボタンを押して声を出すと、別室の声優さんのヘッドフォンに聞こえる、ま、いわば録音スタジオでの演出家の"メガホン"である。

この演出家席の背部にはソファがあって、関係者やらスポンサーなとが無言でその模様を観察しているわけである。身内だけであればそうでもないが初顔合わせの場合、彼らの視線を背中に意識することらになる。これがけっこう緊張する。

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ゲームのナレーション録りというのは、ドラマとちがって、分岐や、組み合わせの部品が多くて、つまり台本を読んだだけではストーリーがさっぱりわからない。役者さんは事前に台本を読んでくるけれど、たいてい「??」という状態でスタジオに来られ、そこで初対面となる。だから初日は内容説明に時間の大半が費やされることになる。フラストレーションがあるので雰囲気よく、というわけにはまずいかない。

だからこれまでいつも僕は、役者さんと一緒にスタジオに入り、ラジオのゲストのように対面にすわって演出をしてきた。それぞれがどのような状況のセリフで、どんな心境で演じるものなのか、をことばやジェスチャーで伝える。大玉の大滝秀治さんのケースでは、初日は、このスタジオという密室でずっと叱られた(笑)。もちろんその声はコントロールルームへは丸聞こえである。この時のお叱りの声はゲーム内でもそのまま使用させてもらったが・・。

今回のシーマン2の宝田さんの場合においては、しかしずっとコントロールルームから演出をさせてもらった。合計5回の録音では、だから、いつも僕は、この機器がある席に陣取り、台本を見ながら、ときおりこのボタンを押しながらディレクションさせていただいた。台本は、その演技や間合いによってはその場で変更されてゆくが、席でペンを持ちながら演出ができるのがありがたかった。脚本家をかねているとその場の判断で変更することができるからやりやすくもあり、相談する相手が自分自身な分孤独でもある。

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↑当日に使用した台本と演出中の変更例

ナレーション録りにおける役者さんと演出家というのは、映画とちがって一対一の関係だ。だから『相性』は重要だけれど、映画のように『人間関係』を気にする必要はない。自分のペースで雰囲気をつくってゆける。場所は別室で離れているけれど・・。

すべての収録が終了した打ち上げで、宝田さんから映画の大変さをいろいろとうかがった。すべての役者さんが時間通りに来てくれるとは限らない。台本を読んできてくれるとも限らない。複数の役者さんが集まったところで、すべての準備が段取りどおりに進んでいるとは限らない。複数の役者さんに事務所関係者、各種スタッフ、メイク、スタイリストがそれぞれ分、とずらりと多勢が取り囲む現場は、コンサートでいうとリハーサルと本番が一緒にやってくるようなものだ。「次のスケジュールがそろそろ・・」などと催促される中、その孤独な環境の中で監督は険悪な雰囲気をものともせず『ダメだし』をしなければならない・・・なんとも過酷な仕事である。そんな環境と比較したらナレーションの演出なんて楽なものである・・・・といいたいのだけれど、それでもなかなか大変だ。

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できあがった録音は、OKテイクを相応しい間隔でつないで、いったん声だけのマスターとして完成させる。何度もやり直しが続いたパートは、OK部分をうまくつながないとらない。本当はこうやって編集してしまうのは決していいことではないのだけれど、そうなると段落全体でOKがでるまで取り直しを繰り返さなければならない。長い段落ではテイク数が指数的に増えるから、演出する側としてはどうしても編集を前提としたOkを出してしまう。今はマウス操作と画面で編集ができるから、それでもずいぶんと楽になったと思うけれど。

そのあとに、音楽との調整が入る。音楽は長さが簡単に変えられないから、最後にタイミングを合わせようとすると、さらにセリフをけずることになる。今回のThe History of Lifeは、オリジナル台本から4割近くを削ったのではないだろうか? たいてい、台本というのはすこし説明過剰気味だから、削ることですっきりする。ナレーションにかぎらず、セリフはできるだけ少ないほうが効果的でいい。削っても支障をきたさないのは、役者さんの演技が行間をおぎなってくれているからだ。それを利用して、苦労して書いたセリフをぎりぎりまでけずってゆく作業、これがなかなか自虐的でいい。よいナレーションというのはテンポがいい。セリフは多少間引いたくらいの方が聞いていて逆に心地よいものだ。

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