YOOT.COM

斎藤由多加のブログだよ

いやがる脳と、追い込む僕、それを助ける神様

苦しみもがいている。
納期の重圧と企画の枯渇・・。

四畳半受験生ではないが、週末は画面に向かいながら生活の用を足すしかない。

昨晩、土曜出勤のスタッフらと行った居酒屋で、ウーロンばかり飲んでいたのは土曜日が週にたった一回しかないから。土曜日はいい。いちばん好きな日である。たいがい土曜日はこぼれた仕事が入っているから、そのまま流れて酔っ払っちゃいがちだが、そうするとまた一週間待たなければならない。それくらい土曜日は貴重なのである。日曜日は翌週からのことで落ち着いてアイデアを練ることができない。

というわけで、昨日は帰宅してからかれこれ5時間を過ぎたあたりだろうか?神様が降りてきてくれた。僕は幸運だ、と思うことがよくあるんだけど、煮詰まって煮詰まって、嫌がる脳の尻をたたきながら3時間くら集中していると、神様が「とんとん」とドアを叩いてくれることがある。
「はい、なんでしょ?」
「あ、わたし神様ですけど、今日はこんなアイデアお持ちしましたけど。」
そういって唐突に欲しいものを置いていってくれるのです。
一晩たってみると役立たずの時もあるけど、たいていは、小躍りするくらい、そこにはいいアイデアが置かれています。

この一瞬のために僕は毎週平日、会議をしているような気がする。
膨大な情報が消化不良のままインプットされ脳の中でじゅくじゅくと発酵して、脳が充血してくるのがわかる。(本当) そのうちほとんど痙攣してくる。
そんな混乱と複雑の中で、いつしかマリア様の一筋の光をまつ状態になる。
そのまま帰宅し、神様を待って待って、でももう来ない、と意識不明になる日々。
そういうのが続いていると、思考は混迷しはじめるのだが、ある瞬間、発酵が連鎖反応して、その後にきれいな金色をした変な形をしたもの(映像と言葉と感触のまざったもの)が出現するのである。それまでの論理的な思考とは唐突で前後関係がなく、でもきれいにつながってくれるもの。たいがいは「なんでもっと早くに思いつかなかったんだろう」というもの。

この発酵連鎖する瞬間というのは、突然やってくる。条件は、いつも頭の中にそれがあること。幽霊と同じで、こうすれば出会えるというのはないが、おきやすいのは、飛行機の離陸のときが一番。次はドライブしているとき、あと映画館の中、移動しているときがいいみたい。しかも、締め切りぎりぎりの、「あとがない」というとき。

だから、本当は神様というよりも、自分で企画の踏ん切りがついただけのことかもしれないと思うのだが、すくなくともそれまでは自分では見えてないのだからそう呼ぶしかない。

ということで、昨日4月22日(実質23日)の未明の神様の言葉は、「崖とダイアモンドと信頼度」です。くわしくはいえないけど、ばらばらでホーキンスの統一理論が待たれていたここらの企画のバラバラさに終止符が打たれた。(と信じている)