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斎藤由多加のブログだよ

旅と墓と開拓精神の関係

ただの日記

L10203901

旅に出たい・・。

行き先はキューバ

あとチベット

お気に入りの旅行鞄に、ライカと、モレスキンのノートと、万年筆(Delta)をもって。

そう思いながら、年末になった。

なかなか行けないのは仕事のせいではなく、僕自身のせいかもしれない。

もしかしたら僕はこのまま中途半端に一生をおえてゆくのだろうか・・いつも見慣れた景色の中で・・。

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そういえば、僕は愛用の万年筆を、すぐに失くす。いや愛用しているもの、身に着けているものは、どれも短命だ。

今月号の某誌に、愛用の万年筆であるDeltaのDolceVitaとともに紹介されているんだけど、取材日から掲載日のわずかな期間に、この愛用品も失くしてしまった。

こんなことを繰り替えしているから、自宅には、やけにつくりのいいDeltaの箱ばかりが貯まってゆく・・。僕が失くした愛用品は万年筆だけですでに1ダースを越えている。

それらは、すべて"港区"というきわめて限られた地域で失くされたという事実が、やけに悲しくさせる。

同じところをぐるぐると繰り返し廻っている今の僕は、もしかしたらエッシャーの騙し絵に迷い込んだ亀かもしれない。

そう、僕は人生の通過点を通過できぬまま無限ループにはまっているのだろう。

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日本人は旅行好きだ。

けど日本人が一番苦手なこと・・。それは「移住」だろう。日本人旅行客は世界に多かれど、日本人移民はあまり聞かない。架橋のように異国に根をおろし、チャイナタウンのようなにコミュニティーをあちこちにつくる民族ではない。故郷を去り、新天地に未来を求める・・僕はそれをもっとも苦手とする民族の末裔だ。パイレーツ・オブ・カリビアンの続編がいくら製作されたところで、日本人が登場するエピソードは期待できない。

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惑星探査機Voyagerにつけられた"Voyage"という言葉の正しい訳は、もしかしたら日本語の「旅」とは異なるのではないか? 「いずれ戻ってくる旅」と、「二度と戻らぬ旅」。海で囲まれた日本にある概念は前者だけだ。。「よい旅を」を意味する"VonVoyage"というフレーズは、もしかしたら今生の別れを示唆する悲しい言葉だったのではないか? なんてことを考える。

大航海時代の開拓者のように、戻ってこれぬかもしれない旅に出る、その覚悟が僕らは生まれながらに持っていないのかもしれない。その証拠に、まだまだ人生の途中であるにもかかわらず、僕はすでに入る墓が決まっている。死んでしまったらなんでも同じ、とわかっていても、墓参りに子孫が来ないことを恐れている。「骨を埋める」なんて表現があるが、気付かぬまま死ぬ場所をとうに決めているのだ。まだ見ぬ異国に根を下ろし、自分の骨をその海に撒いてもらう、なんてことは僕らに想像できない。

この「先祖代々の墓」ってのが僕たち日本人の行動に与えている影響は、実は大きいのではないだろうか?「自分の墓をどの国に作るか、それを決めるのが君たちの人生の意味だ」なんて教育を受けてきたら、もっと違う行動を僕らはとっていただろう・・。

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二度と会うことはない友人たちと交わす旅先の友情・・中世の開拓者たちが持ち合わせていた、そんなセンチメンメタリズムに、墓がすでに決められた民族の末裔である僕は、ただ憧れているだけなのかもしれない。