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斎藤由多加のブログだよ

安倍首相退陣について

今日という日は、日本の歴史では、記憶される日になるのだろうか?

ずっと思っていたことなのだけれど、というよりもずっといわれ続けていることなのだけれど、メディアというのは国民の創意を誘導しているのではないか、という気がしてならない。安倍晋三氏を人気者に祭り上げたのもメディアである。そして彼を厄介者に仕立てたのもメディアである。

騒げば、世論のみならず政府も最高裁も、対応せざるをえない、そんな影響力をもっているのがテレビメディアである。

しかし、ではテレビメディアが、いやマスメディアのすべてが、どれだけ相応しい調査と事実確認をしているのか、という話になると、はなはだ怪しいものである。いい加減な現場をずいぶんと目の当たりにしてきたぞ・・。

政治の批判をするのはメディアであるが、メディアの批判をできるのはメディアである。メディアに載らない批判なんて意味をなさないのだから。だから、メディアは権力なのである。グレーな、ね。

とここまで書いて反旗を翻すようだが、結局、メディアがなければ、政治家が何をしているのか、さっぱりわからないにちがいない。正直ぜんぜんわからないと思うよ、これまであれこれ問題になっていことなんてさ、ジャーナリストの重箱つつきの恩恵にあやかっていなければさ。政治家の公約だって、一般市民なんてどんなものなのか知りえないまま過ごしているに違いないし、わからない、もしそれが破られていたとしてもね。

国民の代弁をしている点でメディアはありがたいし、代弁かどうかわからないままあおっている点でありがた迷惑な存在である。そしてその信頼性の有り/無しの間にグレーなマスコミがうぞうむぞうにある、ということなのだろうね。グラデーションのようにね。

メディアは、あつかましい。それがいいのかもしれないね。でもあつかましい。