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斎藤由多加のブログだよ

「あやまるべきではない」という時

「すみません」
「本当にもうしわけございません」
「大変後迷惑をおかけしています」

離陸時刻をとうに過ぎた飛行機の中で、列車車両が止まったままの駅のホームで、オーダーした料理がいつまでも出てこないレストランで、月末に目標数字が達成しそうもない営業マンの会議で、浮気がバレた妻の前で、そういいながら頭を下げる人々の姿がある。

でもこういうのってひたすら謝ることが、実はふさわしくない場面だったりする。謝れば謝るほど、相手はイライラして、暴力的になるものだ。質問者はさ、説明、時として反論してもらいたいのだから。

「謝る」という行為は、とても大切だ。この一言がきちんと口に出せない社会人というのがいて、そういう人物はたいてい、しばらくするといつしかその会社などから姿を消している。それくらい、いえないと社会適応できない重要なことだ。

しかし同時に、相手を自分の反対側の立場においてしまう心理効果がある。ま、ひらたくいえば、あまり多用するとばかっぽくみえて逆効果ということ。謝るときには、だから必ず説明が必要だ。言い訳じゃなくて説明が。説明を付加しないと、「放置プレイ」のように、反対側に相手をおいたまま、敵として関係を確定させてしまう。きちんとした説明をすると、状況をひいたところからみてくれるようになるから、おのずと共犯意識ないしは同情意識とともに人は味方に転換されてくれる。

今日、とある雑誌の取材があった。
その記者の人もこのBLOGを読んでいるかもしれないから、あまり失礼な表現はしたくないのだが、準備不足のままとりあえず取材に来た、という感じの人だった。

「大玉はどうやってああいう・・・パチンコ・・じゃなくて、あの・・」
ピンボール、ですか?」
「あ、はい、そのピンボールで戦国というおもしろい発想は、どんな発想法で、、、、あの、発想できたんですか?」

今回の特集が「発想法」だそうで、とにかく「発想法をおしえてほしい」ということなので、「そんな都合のいいノウハウなんてありませんよ。」と答えた。ついでに「会社を出たから『仕事がおわった』じゃなくて、プライベートの時間にひたすら考えることくらいです」とも加えた。

シーマンをつくられた時に、音声認識しないときは、ユーザーのせいにしてしまうという術を使ったそうですけど、その発想法はどうやってうまれたんですか?」なんて質問が次にくる。

「この話を書いた場所(本)に、いっしょに書いてありますけど読まれましたしか?・・」
「あ・・そうですか・・。すみません、ほんとすみません」
「ゲームはどんなゲームかご存知ですか?」
「・・いや、実は・・・やったことないんです、すみません」

彼はそう謝るばかりだった。これじゃ、いつまでたっても取材がすすまないじゃないか・・・・。

「2ページっていってたけどいったいどんな記事になるか、これこわいなぁ・・」なんて考えているうちに、質問に答えるのではなく、そのときの思いをひとりでべらべらと喋りきることにした。

音声認識にかぎらず、ソフトがきちんと機能しない時は、ひたすら謝る事よりも、その理由、たとえばユーザーの発音がわるいから認識できない、などという理由をはっきりと知らせたほうが、ユーザーは納得するからですよ」

みたいなことをあれこれと話した。

このメッセージの真意を、記者はこれからの取材できちんと実行してくれるだろうか?