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斎藤由多加のブログだよ

<第四回>カオスに中心を・・・音声認識の導入

「大玉」の中心的な要素である釣鐘衆と、そして音声認識は、密接な関係があります。今回はその話をしましょう。

●カオスに中心を

ここだけの話、大玉は、本当はもっと戦略的なゲームにしたかったんです、すくなくとも初期のうちは。
たとえば、カーソルを兵に当ててコマンドを個別に出せるようにしこまかく兵を地形に沿って移動させる。などね。
当時は、兵の中心になる「釣鐘衆」などはいませんでした。ところどころに落ちているアイテムに兵を集めて衆ができるという機能はありましたけど、それ以外はただたくさんの兵が戦っているゲームでした。
で、実際にやってみたのですけど、これがユーザーにはわかりにくい。
誰を何人移動させればいいのか、ただかカオスのように兵がいるだけではどこを見ればいいのかわからない、ということになったわけです。台風の目のようなものがない。だから散漫になってしまう。


▲中心的存在がなく、ただただ兵たちがいるというバージョン(E3version2004)

そこで、視覚的に中心となる「目玉」を入れようということになったのです。
それが兵の象徴「釣鐘衆」でした。
どうせ中心ならば最初から最後までこれでいこう、ということで、ゲームの始まりから終わりまで全部この衆を誘導させる、ということにしたのです。


釣鐘衆が登場して中心をもたせたバージョン(E3version2005)

こういう軸をひとつはっきりと決めるという行為は、勇気がいるものです。それまで作ってきた微妙なニュアンスを白黒はっきりとさせてしまうことにもなりますからね。
いまこうして書くと「最初からそうすりゃいいじゃん」と思う方もいるでしょう。人にそう言われる仕様は「いい仕様」と思っていいと思います。賛辞だと思っていい。
作り手というのは最終的に一番よいものを発見できればいいのです。その試行錯誤の近道を未然に予測することは不可能です。
逆に言えば、ゲームづくりには、そういう段階というのが必ず開発途中に一度や二度はあるものです。状況がよくない時にでる意見というのは、いろいろです。逆の意見も平気で横行します。そのときにベストと思われる策を慎重かつ大胆に判断できる人さえいれば、それでいいのです。

おおだマイクの登場

それからもうひとつ実験してわかったこと、それは、プレイヤーにさらにコマンドを追加操作する余裕がないこと。ただでさえピンボールをしているのですからね、いわばジェットコースターにのっているような状態です。「うわぁー」となっていて、コントローラーに目を戻すことなどできない。むしろこれがこのスピード感が大玉のいいところなわけですしね。
ということで車の操作と一緒で、ゲームというのは細かく指定できればいいというものではない。オートマ車のように行こうとなり、それで、「声の指示」となったわけです。”おおだマイク”の再登場というわけです。

大きなコマンド、細かい変化

「おせ」とか「あつまれ」とかいった簡単な声のコマンドをこのゲームではマイクを通じて出すことが出来ます。
文字にするとたった一言のコマンドで表現されていますが、現実の人間がそうであるように、言葉はひとつでも実は内部で処理していることは多岐・複数にわたっています。
簡単な例でご説明しましょう。
「おせ」といった時に兵は何秒間がんばってくれるのか?
「あつまれ」といった時にそれに向かうのは全員か一部か?タイミングは一斉か?
連呼したときは兵は続けざまにがんばれるのか?
連呼しすぎてコマンド予約がたまったときに次のコマンドはいつ聞いてくれるのか?
など、ちょうど、意を解釈する判断がこのプログラムには必要になる。でないとないとロボットの理解と同じで、へんちくりんになってしまう。大雑把な指示でありながら適当なさじかげんにするためには、けっこうややこしい処理を内包させることになります。
社長が秘書に「今日のレストランは雰囲気のある場所を頼む」じゃないですが、これこそが「大雑把コマンド」の利点なわけです。

兵のパーソナリティー

兵の一人ひとりにはパーソナリティーを持たせたいと考えていました。
そのために当初からやりたいと思っていたことで、あきらめた仕様のひとつに、「虫むがね」というものがあります。
合戦上の好きなところを虫めがねで拡大すると、レンズの向こうで兵たちがカメラ目線になって「腹が減りましたぁ!」とか、「もっと援軍をおくってください!」といった、いわば愚痴や要求を「音声」で出すというものです。(大玉に限らず私はこの虫めがね機能が好きでして)
ところが、先述したポリゴン制限のせいで拡大に耐えらるクオリティーではない、などいくつかの理由からこの件は没にならざるを得ない。
ディレクターの岡安氏は、おそらくげんなりした私を見かねたのか、「こんなのだったらできますよ」と見せてくれたのが、今の仕様にはいっている「吹きだしに文字で」というものでした。
僕はもともと文字でセリフを表現するのがとても嫌いでシーマンをつくった背景がありました。
でも、この仕様はとても面白いと思いました。私の中からは決して出てくるモノではない。ならば、と企画スタッフらとさらにこの仕様を発展させたのです。「この言葉は一個一個は読めなくていいから、あたかもサブリミナルのように瞬間的にでて消える」、とすることで、文字をアイコン的に使うことに成功したと思います。