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斎藤由多加のブログだよ

椿三十郎のカンロク

今日15日土曜日、久々に映画を見た。森田芳光監督、織田裕二主演の「椿三十郎」。

大の黒澤ファンを自称する僕としては、ついついとオリジナル版の三船敏郎と比べてしまうわけだが、ずいぶんと若者顔の三十郎だな、という印象。

「あなたの名前は?」
「俺か? 椿三十郎だ。もうすぐ四十郎だけどな・・」と、主人公が名乗る名セリフもそのまま残されているわけだが、この言葉のニュアンスがどうもかみ合わない。当時の三船と織田は年齢はさほど変わらないだけになおさらこの疑問が残った。

風格というかカンロクというか、この違いは演じる役者のキャラクターの違いか、などと考えながら夜風呂に入りながら考えていて、最近気になっていたことをひとつふたつ書こう。

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45歳の僕は、なぜだか「若くみえる」というセリフをあちこちで言われる。服装もカジュアルだろうし、父親の遺伝で髪の毛もふさふさである。
たしかに自由気ままに好きなことをしているのだし、大企業に務める同級生より多少は若く見えるのかもしれない。けれど、それは個人差の問題であって、同世代と遊んでいて思うこと、それは「最近の中年は、みな若い」ということである。オヤジたちの写真と見比べれば一目瞭然だ。むかしの45歳はもっともっと老けていた。

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ローマ時代の平均寿命は20代だった、と何かで読んだことがある。
縄文時代から、平安時代、戦国、そして江戸と、日本人の平均寿命も飛躍的に伸びてきた。

そう、僕らの寿命は確実に伸びている。

医療衛生面の発展もあるだろうし、食物、そして冬の寒さも大きいにちがいなにい。苦労して生活する人類は、老けるのも早いものだ。ところが僕たちは高度成長期のおかげで子供の頃からろくな苦労なんかしていない。今の住環境では、冬がたいして寒くないから薄着でランチを食べに行ってもへっちゃらだ。老け込むような体験が周囲にない。

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街を歩く最近の小学生はこぎれいだ。僕らは中流家庭に育ったとはいっても鼻をたらして手がひび割れしているのが普通だった。こんなのは苦労には入らないけれど、いまの小学生は青っ鼻をたらす姿すら見たことがない。

いまから40年後、ふたたび「椿三十郎」が作られるときの役者は、さらに少年のような風貌でこの役を演じているに違いない。

そしてこの傾向は、地球資源という貯金が枯れるまで続くに違いない。

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関係ないが、ネットが落ちてずいぶんと経つ。

FOMA904で自宅のデスクトップをネット接続するのは、つらいなぁ。