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斎藤由多加のブログだよ

無重力の中に自己は芽生えるのか

布団の上で仰向きになり、完全にリラックスした状態でしばらくいると、自分の手や足がどこにあるのか、わからなくなる。動かしてみて初めて、「あ、ここにあったんだ」ってわかる。

インターフェイスデザインにおいても、「動かないものは見えなくなる/聞こえなくなる」という人間の性質はあちこちで考慮されていて、たとえば電話のベルや踏切のサイレンなどが断続するのはそのせいだ。エアコンの音がそうであるように、ずっと継続する音はやがてノイズとなり、そしていずれ人には聞こえなくなる。

(この効果は、いずれゲーム演出に応用していたいな、と考えたことがある。人体への影響がいまひとつ不明確なので、うかつなことは言えないが。)

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僕はすこしかわった人間で、とれた眼球(!?)を眼孔に戻したとき、あるいは眼球の位置がずれたとき、その角度をきちんと戻さないと、モノはずっと斜めに見えてしまうのか?という疑問を大学生のときにまじめに考えてたことがある。つまり眼球に上下はあるのか?という疑問。自分の眼球を長時間指で押さえたままで実験したこともある。

僕たち生命体は変化(=重力加速度)を認知のよりどころとしてきた。植物の種子ですら重力に逆らって発芽する習性を身につけているし、運動神経から、女性の生理に至るまで、重力を前提にしている。

ジョン・C・リリー氏のWaterTankでのトリップ体験も、実は(疑似的な)無重力的環境で生まれる自己喪失みたいなものじゃなかろうか?

つまり僕らは、エアコンのノイズがそうであるように、重力や加速度変化のない環境では、自己をうまく認識できなくなるような気がするのである。重力というのは、それくらい、僕ら生命体のよりどころになっている、ひとつの「聖典」みたいなものではないかな、と思えてくる。

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ミール宇宙計画に、無重力セックスというプログラムがあった、という話は本当なのだろうか?

http://www.guardian.co.uk/science/2000/feb/24/spaceexploration.internationalnews1

ここにあるセックス体位の研究、これは、ま(笑)、いいとして・・・・興味があるのは、無重力状態で受精卵は、はたして分裂し続けるのか? ということ。それは何世代にもわたって継続されるのか??

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「鏡は左右を逆に映し出すが、なぜ上下は逆に映さないのか?」という命題。

そのヒントは、左右は観察者によって相対的な関係であるが、上下は絶対、というがある。鏡を水平に置いて上から覗きこめば、上下は見事に逆になる。つまりこのパラドクスは人間の「ことば」が生み出した幻影だ。

生命というのはエントロピー増大からの唯一の反抗力、と定義する人がいるが、あるいはまた、神はより高位への人間の憧憬の象徴、という人がいるけれど、じゃ無重力の中で、そういったものがうまれてくるのだろうか?

上も下もない無重力のことについては、さすがの神さまも考えてくれていないような気がする。いや、重力こそが、天国と地獄をつくりだす、神そのものではないか、とも。

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また、無意味なことをだらだらと書いてしまった・・・・。