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斎藤由多加のブログだよ

体験値

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写真は、自宅の洗面所の壁にあるタオル掛けである。みてわかる通り、長年の使用で傾いてきている。この傾き具合からわかることは、壁からもげ落ちるのも時間の問題、ということ。
この事実に、家族は全員気付いている。

だが、誰も、何か対策をねろうとは言い出さない。なんとなくわかっていながら毎日はそのまますぎてゆく。

人間の日常ってのはそういうものだ。
人間は、ゆっくりと、しかし確実にくるものに対しては、実に無頓着なものだから。

ことその顛末が未体験領域にあることがらに対しては、たとえばそれは生活習慣病であったり、喫煙のようにやがては死と関係するものであったり、あるいは環境破壊であったりだが、要するに、気の長い因果関係の先のことに対しては、その無頓着ぶりは顕著である。

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「頭でわかっている」という言葉がある。要するに痛みを伴った体験をしないままわかった気になっているという慣用句で、実のところわかっていないという意味である。

冒頭の写真の、立て付け型のタオル掛けが壁からもげ落ちると、これはこれでかなり厄介だろう。修復は壁ごとになるからだ。それは頭ではなんとなくわかっているのだが、まったく僕たちにリアリティーがない。その証拠に、この状況に対して家族の口から話が出たことすら、ない。

そしておそらく、「崩壊の瞬間」は、ある日突然にくる、のだろう。そして僕の場合これがタオル掛けにかぎった話しでなく、血糖値の上昇だったり、喫煙量による咽頭の不調だったり、という話しだったりする。

いまだったら間に合うのかもしれないし、もう手遅れなのかもしれない。それがわからないから、その瞬間を迎えるまで、なんとなく放置されたままになっている・・。危機感のリアリティーとはそういうものだ。

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つい先頃、アメリカの土地バブルが崩壊した。
ここ数年間、アメリカの地価は上昇しまくっていただけに、日本人は「ほかみたことか」と思っている。多くの日本人は、痛みとしてバブル体験を覚えているから。
だから日本の株価もぱっとしない。ちょっとあがるとすぐ「利確売り」となるからだ。

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じゃバブルを経験していない日本人の世代はどうか、となると、話はまったく別となる。世代がいれ代わると、「バブル体験がある日本人」とて、同じ過ちを繰り返すことになるだろう。体験しているのとしていないのでは、その危機感に大きな違いがある。頭でわかっている」だけなのは、実のところわかっていないのと等価なのだから・・。

だから因果関係を体感で知っている、というのは言い換えるとつまり「経験豊富」という言葉になるわけで、それはそれで財産でもある。

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さて、戦争体験はどうか、となる。
日本から戦争体験者は姿を消しつつある。世界唯一の被爆国である日本は、内閣総理大臣をはじめ、みな「あたまでわかっている」のだが、じゃ果たして本当に痛みとしてわかっているのかとなると。かなりあやしい。

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知識は人から人へとコピーできる。しかしどんなにメディアが発達しても感情や痛みや体験値はコピーできない。だから、感情移入体験を可能にするモノ(=エンターテイメント作品)は、不況でもなかなかなくならないのだと思う

余計なものをけずって、ものごとの因果関係をストレートに気付かせる、それがシミュレーションゲームをつくる僕のモチベーションなわけだが・・・そういう僕も、自身は元来の無頓着から脱することはできていない。自分の体調不良から目を背けたまま日々を送っているのだから。