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斎藤由多加のブログだよ

ただただ確かめたいと思うだけだったこと

ただの日記

ほんとにどうでもいいことながら、前々から、書きたいと思っていたことがあります。
それはですね、「他人の目には、目の前の景色が自分と同じように映っているのだろうか?}という他愛のないような疑問。

これって他人の脳内に入っていかないとわからないことだから、永遠の謎として一生をおわることになるんだろうなとあきらめていた事でした。
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最近、眼球をまるごと移植するってことが可能になったそうで、日本ではまだ認可の問題が残っているらしいのですが、ならば、と海外でそれを受けた人がいるそうです。
そのおじいちゃんは、なので片方の目は青い瞳だそうで、
「ほぉー、青い瞳だと景色はこんなに見えるんだ」と言われているとのこと。そちらの目の見え方がやけに明るいんだそうです。

むかしどこかの先生が「ヨーロッパ印象派の画家たちはもともと色彩の感度がちがうのだろう」とおっしゃっていたのを聞いたことがある。「そんなわけないだろう」とたかをくくっていた僕としては「ほんとなんだ!?」とびっくりしてしまったわけ。
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そう考えるとですね、とあるミュージシャンや詩人のからだの中に入り込んだら「普通の日ってこんなにすがすがしいんだ」とか「音楽ってこんなにびんびんと入ってくるんだ」とか、「人のセリフってこんなに鋭い刃のように心に響くんだ」とか、あるのかな、などと考えてしまったのであります。

最相葉月さん著の「絶対音感」というノンフィクションの名作があるのですが、その本によると、絶対音感を持つ人々にとって、街のノイズは不協和音にあふれた音楽として聞こえるそうです。「きこえるそうです」と書いたのは、それを確かめる術がないから。人によって聞こえ方も違うにちがいない。

僕らは、寝ている時に夢を見ます。だけれど、その存在を証明できた人はいません。人に見せることがけっしてできないのだから。その点で「夢」はUFOや火星人やつちのこと何ら変わりがない。
しかし、本当は、それは「夢」や「UFO」や「つちのこ」に限った話ではないのかもしれません。いま見ているものがその人の目にはどう映っているのか、誰も確かめられないのだから。

ですから、「このラーメン、ほんとおいしいよね」と互いに相づちをうちながらも、「こいつの舌には本当にこの絶品スープがちゃんと届いているんだろうか」なんてことを疑いながら食べている僕が、最近いるのでありますが、医療技術の発達とともにそううこともわかってくるのだろうか・・・・