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斎藤由多加のブログだよ

すごい人

ただの日記

今日はちょっとした昔話。

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むかし、大企業でサラリーマンをしていた頃の話ですが、その会社には「社内有名人」という人が何人もいました。

ある日、ちょうど人事異動の季節ですが、その一人の方の部下になると内示されたのです。これから部下になる身としては、興味もあって未来の上司に関する情報収集するわけですが、その人に関してはみな異口同音に「あのXXXさんは、すごい人だよ」といった表現を使うのです。

いざその方の部下になって、その方の社外の人脈とも交流ができるのですが、こちらもみなさん揃って「XXさんは、すごい人ですよね」というわけです。

たしかにその人は、すごい人でした。いろいろとたくさんのことを教わりました。しかし、何がどうすごいのかよくわからない。なにか、いろいろと、すごいのですけれど・・・。

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いま思うと、上昇志向が強く若いサラリーマンというのは、ちょうどツッパリ学生と似ていて、エネルギーの矛先をどこに向けていいのか変わらないまま、なにかと自己アピールするものです。でも、これという自分のアイデンティティーがみつからない・・・。

その方も、名の知れた有名人と対談した本を自費出版したり、考えられないほど広い異業種人脈をあつめてパーティーをしてみたり、突拍子もないボランティア活動を実践してみたり、と、とにかく精力的にその「すごさ」を発揮する人でした。むろん営業成績もトップでした。

80年代では、そういう人を「スーパーサラリーマン」などとメディアは評していたものです。
20代前半の平社員の僕は「すごいなぁ」とうらやましく見ていたものですが、同僚と飲んでいてある日、はたとある疑問に至ったのです。「"すごい"って日本語は、英語でいうとなんという言葉になるのだろうか?」と。

議論した結果、たぶん、すごいってのはveryではないか?という結論に至りました。
「となると、veryのあとの形容詞は何だ?」
「とくにそこは無いんじゃないかなぁ・・」
「ないということは要するにそれが何だかわかんないということか?」
「そうじゃないか?」
つまり、すごいの先がよくわからい。結論が不在なまま、「とにかくすごい」というわけです。たしかにそういう人でした。

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僕が一人で独立してクリエーター人生を歩み始めたとき、とある別の先輩が独特の関西弁でこうアドバイスをくれたことを覚えています。
「おい、斎藤、おまえ仕事が墓に彫られるような仕事をせいよ」と。
つまり、XXXさんに可愛がられたとか、YYYさんから優秀といわれたとか、そういう相対的で曖昧なことは墓には彫られない。そういうことに甘んじるのではなく、瀬戸大橋を造ったとか、月論着陸をしたとか、とにかくその仕事の意味が絶対性を持つ仕事をしろ、とそういう意味でした。

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僕は一度きりの会社勤めをやめてからというもの、一度も雇われたことはありません。雇われ人には向いていない。おそらく同じ理由から、ゲーム作りもいわゆる「受託」という形態は一度もやったことがないのです。

だからなにかとリスクがあるわけですが、そういう独立系会社の社長というのは、資金繰りやらその他の危機的なことやらで鬱気味になったり人間不信になることも多々あります。それでも、どういうわけか、サラリーマン時代とくらべると「なんでも屋」の殻を一つ突き抜けた爽快感が日々にあります。ちなみにその上司だった方も、脱サラした今では本当の意味でのすごい人、となりました。自分ののれんで仕事をすると、サラリーマン時代とは違って「目的」というのがはっきりしてくるものです。

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「あなたはどういう人ですか?」
そう聞かれて自分の仕事をはっきりと語れること、それがいまの僕の生きるプライドです。このプライドを失ったとき、僕はきっと元気がなくなるように思います。

若い時期、自分の人生の指針があまり明確でないとき、しかもやり場に困るほどエネルギーが対内からみなぎって有り余っているとき、周囲の人は「とにかくすごい人」なんて表現を使ってしまうのかもしれません。だとしたら、この「すごい人」というのはあまり健全な褒め表現ではないということになる。

15年前に独立してから後の僕は、零細企業という小さな枠のおかげで、目指すべき指針も、そして同時に超えなければならない課題も、すごく明快になった。いま振り返ると、それらが自分の中で明確になったとき人は頑張れるのではないかと思います。その力点が明確であることが、人のアイデンティティー、つまり元気の源ではないかと思うのです。

僕が、どういうわけか「小さな会社がすき」な理由は、たぶんこのあたりにあると思うのです。(すこし自己暗示的な今日のブログでした)

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追伸

かつてiPhone用に開発を公表していたGABOが、いつ完成するんだ?という質問を多くいただいています。実は、とうの昔に完成しています。ですがそれが公開されないのは、実はapple社の審査で否認されてしまった(笑)というのがその理由です。北京原人とのインタラクションが「不快表現」みたいな理由でした。(←この日本語表現は正式な翻訳ではありません)

その開発スタッフが、連絡が着たときにはすでにシーマンDSの開発に組み入れられてしまっていたので、やむなく修正をあきらめた、というのが真相だったりします。

またしかるべき時期がきたら、再度取り組みたいと関係者一同思っていますので長い目でご期待ください。とほほ。