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斎藤由多加のブログだよ

フィルター

冒頭はイッセー尾形ヒロヒト天皇を演じる「太陽」という映画の話。

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人間ヒロヒトマッカーサーが対面する光景がこの映画では描かれている。ここで、英語で挨拶をするヒロヒト天皇に、連合軍側の日系人通訳が「どうか日本語でお話ください。でないと陛下の身分が(マッカーサーと)同等になってしまいます」と懇願するシーンがある。

この通訳がマッカーサーに退去を命じられた後、マッカーサーの部屋に残されたヒロヒトは引き続き英語で「たしかに外交は母国語で行うのが基本です」と話す・・・・。

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戦後の僕たちはアメリカというフィルターを通して世界をみているわけだが、今日、ふと「イスラム圏もキリスト誕生を紀元とする西暦を用いているのだろうか?」という疑問を抱いた。

考えてみれば、これはかなりモノを知らない、世界の田舎者ならではの疑問にちがいない、と思う。

が、そんなことにすら興味をもって調べたことがないのだからいたしかたない。

要するに僕は、いい年をしていながらモノを知らない平和な日本人だということ。

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暦というのは言語と同様、文化の象徴であり、誇りである。いやそれ以上に、一つの価値の基準のようなものである。憲法も、歴史も、学校教育も、それに準じるものだ。過去の歴史は戦争の勝利者がそれらを焼き払う習癖があることを物語ってきた。

そう考えると、同様にそういうものを失ってきた僕らは、日本の戦争責任を中立的に理解することはもはや不可能なのかもしれない。そしてこれからもたくさんの矛盾を背負っていくしかできないのかもしれない、民族の価値観と外国から来た価値観の狭間で。