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斎藤由多加のブログだよ

帝王学

ただの日記

帝王切開という言葉は、古代エジプトに源を発する、という話を聞いたことがある。新しい王子の誕生予定日が漏れ知られてしまうと、敵の呪術師によって阻害されてしまうので、星の配置がよい日に人工的に生んでしまう、というのがその起源だそうな。

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北朝鮮の後継者の話題が日本のメディアでも最近取り上げられている。
おのずと「後継者はどんな人物か?」が論点になる。そこでときおり出てくる言葉が「帝王学」。市場経済の中にいるジャーナリストは、この「帝王学」なるものをすこし世間ずれした、いわば偏った価値観としてとらえている傾向があって、かくいう僕にもそういう偏見があることは否めない。

金正日が狂人だ、と結論づけてしまうのは簡単だ。しかし、それでは国交断絶という話になるだけで外交上の問題はなにも解決しない。

逆に「北朝鮮ほど物資に困窮している環境で、あなたは2200万の人民を統率でるきか?」と聞かれたら、はいと答える自信がない。「恐怖心だけで洗脳されるほど北朝鮮の2200万人は無思考ではない」という記述をとある専門家の書籍で読んだ。そこにはやはりそこに至る歴史的文脈があるはずだ、と彼らは指摘する。そこに日本外交は目を向けていない、と。

そんな好奇心から、金正日に関する書籍を最近読み漁っている。

アマゾンで発注した中の一冊でこの週末に読んでいるのが元の専属料理人がつづった金正日の食生活の本。この本の著者はときおり日本のテレビにも登場しているが、たしかに金将軍の価値観の一端を垣間見れておもしろい。食生活には、その人間の価値観や分化的レベルがあらわれるから、政治やイデオロギー論よりもある意味わかりやすいのである。

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商品開発にかかわる人たちは口をそろえて「酒を飲まない」、「本を読まない」、「車に興味がない」、という理由でいまの若者の消費動向が理解できない、と嘆く。やつらはいったい何に金を使うんだ!?と首をかしげる。

しかし、おじさん世代がどれだけ蔑もうと、彼らは彼らなりの価値観で日々を生活し、楽しむ術を確実に持っている。それがおじさん世代に理解のいかないものだろうと歴然とした事実だからいたしかたない。

自分の価値観で理解できるのは、自分と似た価値観を持つ人間だけである。これまでの歴史は、いや世代論ですら、この課題を乗り越えられずにぐるぐると議論を繰り返している。その理由は自分の価値観を捨て切れないが故の「理解の放棄」ではないだろうか?

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グルメで有名な映画監督の黒澤明は「贅沢を経験したことのない者には、贅沢なシーンは描けない」と生前語っていた。創作の現場にいる者としては、なにかにつけてこの言葉を思い出し、「たしかに」、と思うことが多い。

それはたとえばキリスト教的人生背景をもたない演出家に、「ダビンチコード」や「インディージョーンズ」といった作品の演出はできないだろう、ということだったりするわけで、奇しくも英語を苦手とする黒澤明自身もその作品では、外国人俳優が登場するシーンは、どれもピンとこないのもわかる気がする。フランス人画家の役をイタリア訛りの人物が演じたり、日本人を父親に持つハワイ在住アメリカ人役が話すカタコトの日本語が、「ローマ字を棒読みした日本語」だったり・・・、といったミスは、日本語セリフだったら完璧主義者は本来見逃すはずがないものだから・・・・。

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社会主義国家や中東国家のトップに座する人物の価値観を、ただただ日本の平坦な中流社会の視点だけで評しても、無理がある。日本の外交がうまくいっていないとするならば、そのまずさの根底にあるのは、理解の放棄、とか理解の浅さ、ではないだろうか?

そもそも外務省なんてのは秀逸の頭脳をもった人が集まるエリート集団だろうから、本気で取り組ませれば若手世代はもっともっと相手国の情報収集で活躍するだろうに・・・。霞が関のおじさん世代の価値観でがんじがらめになっているのではなかろうか?という気がしてらない。

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「おたく」という言葉は、そもそもは偏見や差別的な意味を伴う象徴の名詞だった。が、いつしかこの「おたく世代」が年をとって世代の中心に近づくとともに偏見的な意味が薄れ、いまでは世代のアイデンティティーとして定着しつつある。そして、おたく世代が日本経済を担う日が、やがて訪れるのである。

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燕雀いずくんぞ鴻鵠の志を知らんやという故事成語がある。理解のいかない価値観が、優れているとは限らない。が、だからといって理解が及ばないまま蓋をしていいというものでもない。

日本の中流で育った僕ではあるが、外国の首脳が持つ帝王学とやらを理解してみたいという好奇心がむくむくと自分の中に、最近芽生えている。