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斎藤由多加のブログだよ

がん細胞

ただの日記

思わず目を背けたくなるこの言葉・・・。

自分の家族の体からこの「がん細胞」が発見された、となった時、みなさんはどう自分と向き合うだろう

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数週間前にすでに切除はすんでいた。
その検体からこの細胞が発見され、その結果が今日の午前中に知らされた。
「もう残っていないはずだ」という医師の言葉とともに・・。

京都からの新幹線の中で本人からそのメールを受け取り、そして思わず、自問自答する。
「家族としてこれは、闘いの「おわり」なのだろうか?それとも「はじまり」なのだろうか?」と。

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人というのは、人生の経過とともにいろいろな体験をするものだ。
そのベクトルは年齢とともに微妙に、しかし確実に変わってくる。
そして僕の人生に、またあたらしい経験がひとつ加わろうとしている。
どうやら人生の後半というのは、あまり加わってほしくないページが待ち受けていて、「なんとなく」それはわかっているのだけれど、やはり訪れてほしくないものに目を向けざるを得なくなってくる。

「ジョーブラックによろしく」という映画を思い出した。
ブラピが演じる「ジョー」の正体は、「死」。(日本語では死神と訳されていたが)

彼がある日、人間の肉体を借りて、アンソニー・ホプキンス演ずる初老の紳士を訪れ「あと数日でおまえをつれてゆく」と告知をする。
そしてしばらくの猶予期間を人間社会で過ごすうち、美しいその娘に恋をし、恋を知らない「死」(=ブラッド・ピット)は彼女を一緒に自分の世界へと連れ去ろうとする。それを聞いて「私だけにしてくれ」と激怒する父・・・

死というのは、やがて訪れることが誰しもわかっている、最大の未知。
最愛の人々、そして見慣れたこの社会とのお別れ。
知っているくせに、若いうちは決して訪れないと過信している、人生第三の大イベント。

アップルのスティーブ・ジョブスは、すい臓がんだったことをスタンフォードの卒業式スピーチでカミングアウトした。
「そう告知された瞬間から、日々なにをすべきか、明確に見えてくる」
それが学生たちへのはなむけの言葉だった。

死というのは、もしかしたら、自分が生きている意味を、再度確かめるためにある最大にして最後のイベントなのかもしれない。・・・それが本人であっても、周囲の知人家族であったとしても。