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斎藤由多加のブログだよ

サザンの休業について思う

ストーンズを筆頭に、メジャーなロックバンドが社会に与える影響力は、文化面だけじゃなく経済的な側面においても、下手な上場企業よりはるかに大きいように見える。その動向がレコード会社やプロダクションの株価にもここまで大きく影響するわけだし。

たとえば今回のサザン騒動は、関係各社が予定している収益におそらく多大な影響を与えていることはだれの目から見てもわかる。いいかえるとサザンというバンドはちょっとした企業体に匹敵するわけで、もしバンドに株式制度がとりいれられたならば、30年間、高収益を継続した優良企業だ。

考えてみれば、30年もサービスが継続する企業なんてなかなかない。
だけれど、悲しいかなバンドは会社にはなれない。煮詰まったりメンバーが脱退したらあえなく営業中止という不安定さが「バンド」という組織体のアキレスの踵である。公開するためになによりも重要なのは「特定の個人に依存しないサービス」なのだから。

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しかし視点をかえて桑田氏を中小企業の社長として見るならば、たった5人で、いや、実質一人で、よくもここまでの規模の産業を支えてきたな、とそのエネルギーには敬服する。

数千円の日産スタジアムの4日間の公演のパンフレットが完売だったそうだが、その売り上げだけでもちょっとしたベストセラーの比ではない。こういう付随の産業をすべて支えているのが桑田社長の頭脳、となると、「そりゃたいへんだったろうに、」となる。むろん、多くのスタッフがそれを支えてきたのだろうが、肝心な部分はいやがうえでも彼個人の感性に全面依存していたにちがいないわけだから。

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オリンピックを見ていて改めて痛感する「個人の力」。
大きな十字架をせおっている人にとっては、その重圧がいちばんの仇となる。「みなさんのおかげで」といえばいうだけ、その人に過度の負荷があったことを感じてとれる。桑田のコンサートのMCのはしばしに推測してとることができるいろいろな確執。そこに向けられる、フアンである数十万人、数百万という人の巨大な力すら所詮「応援」にしかなれなかったという事実。

個人の力というのはとてつもない牽引力ななりえるけれど、同時に、何人たれども肩代わりすることができないという「もろさ」、や「せつなさ」が常にあることをも感じてしまったこの夏だったのである。