YOOT.COM

斎藤由多加のブログだよ

情(なさけ)に報いて「情報」じゃんか!

「情報」という造語は、森鴎外が「戦争論」を翻訳している時につくった言葉だそうで、「事情」の「情」に「時報」の「報」。それで「情報」というわけ。
ま、ここまでこの「情報」ということばがヒットになると予想していなかったろうに、鴎外さんは、とてもいいセンスをしたコピーライターだな、と思う事が時々あります。
***********
たとえば、自分が誰かのためにひとつの事をがんばって成し遂げたとしましょう。でも、それってわざわざ自分でアピールするものではない。信憑性もないし、ありがたがられるより先にうざがられるようなことってのがある。でも、実は知ってもらいたいんだよね、そういう事って。だって人に喜ばれたいからするわけですし。「誰かそれを汲んで、代弁してくれないかな・・」と思うのだけれど、誰もしてくれない。
たとえば、暑い日にコンビニいったついでにちょっと気をきかせて、会社のテーブルに冷たい飲み物を買ってきて並べておいて「暑いのでどうぞ飲んでください」と置いておいたとしても、みなさん「ラッキー」といいながら何の疑問も感じずにただ飲んでる、みたいな。ほんと、人って、物質的に敏感な反面、理由にはからっきし無関心なところがある。

ところが、たったひとりでも、そういうことに敏感な人というがいてくれると、周囲にそれを言葉にして語ってくれたりする。すると、魔法のようになにもかもががちがってみえてくる。物資が何倍も説得力を持つんだな。「へぇー、そうだったんだ、考えてくれてるんだ」とね。現実はなにもかわっていないのにその一言で、それが当たり前だと思っていた人々も、それをした自分も「生きててよかった」と報われたような気になる。その「たった一言」というのが、情に報いて「情報」ってやつなんだな。
*********

僕の奥さんは、そういうことがとても細やかで、僕のいないところで、身勝手と思われがちな僕の本当の思いを、たとえば娘にひとつひとつ語ってくれていて、そういうよき代弁者がいてくれるから、いまこうして父親でいられるように思う。

だから最近、僕は思うのです。この「情報」って言葉は、とても人間らしくて暖かい意味だったんだ、と。その一言を、その人が言葉にしてくれたおかげで、物質的にはまるで同じなままの現実が、しかしとても豊かに変化するのですから。
でも、上記とまったく同じ理由から、人々はこの「情報」っていうなかなかのネーミングを、数字と記号みたいに思っていて、鴎外さんがどういう思いでそう命名したか、なんてからっきし考えたことがない。

人工物にはすべて理由があるわけで、「戦争論」の中で、鴎外さんは、その言葉(たしかナッハリットとかいうドイツ語)を、いろいろな場面を思い浮かべながらこの二文字を組み合わせたんだろう。その意図や理由は何だろう?なんて妄想するのはなかなかロマンチックではありませんか。

僕は、だから、情報産業にいるということは、やはり人を豊かにすることを目的としているんだぞ、と思うようにしていて、なるだけそこに「報いたい」と思うのです。

***********
サ・タワーDSのダウンロード配信、今日(深夜過ぎたので正確にいうと昨日ですが)から始まりました。かなりあちこちに手をいれて、使いよくしました。是非遊んでください。