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斎藤由多加のブログだよ

リクルートOB

5月19日 (今日から日付をいれることにしました)

かつてリクルートという会社に勤務していたことがある。
どういうわけか、このリクルートという会社はここ数年ビジネス界で話題になっているようで、メディア曰く「人材の宝庫」だそうである。
「優秀なリクルートOBを紹介してくれないか」そういってくる大物経営者に何人も遭遇したことがあるから、財界の間でもこの噂は十分な説得力とともに広まっていたにちがいない。

メディアでも定期的に、そういう特集が組まれるのだが、そういうときの何回かに一回は、どういうわけか僕にも取材の声がかかる。今週発売のAERAもそうで、リ社の事業を検証する記事であるにもかかわらず、僕がギターをもった間抜けな写真で登場している。
記事を見た同期入社のBから「かっこわるい」と叱られた。特集内容からすると確かに浮いている。なんでこんな写真が掲載されているかについては、あとで述べたい。
(ちなみにリ社という表現は、リクルート事件の時に新聞によって発明された表現で、社員たちはこういう表現をしない。僕も使ったことはないのだが、今日初めて使用することにする)

10年前ほど前に、リ社の広報経由で読売新聞から同じような取材依頼を受けたとき、丁重にお断りしようと、電話で記者と直接はなしたことがある。
「僕の仕事はラーメン屋みたいなもの、過去のキャリアなんて関係ないものですから、どうか今回はご辞退したい・・・」
そう伝えて電話を切ったところ、数日後、このままの隠喩表現が僕の名前とともに掲載されていたことがある。
(たぶん半数くらいの人は、僕がラーメン屋を営んでいるリクルート社OBと思って読んだに違いない)

バブル崩壊リクルート事件はペアで日本人に記憶されている。
その後、ダイエーによる株式買収、膨大な関連会社負債、ダイエーからの株式買戻しと体質変化、とリクルートは10年ほどのうちにめまぐるしい変遷を遂げてきた。リ社の社員はそもそもがタフな人ばかりなので(そうでない社員は入社1年以内にだいたいが退職している)リクルート事件の真っ只中でも退職希望者はさほど出なかったが、その後の独立支援制度の導入とITベンチャー景気で、ずいぶんな数の社員が独立したと聞く。
この時期、僕のところにも何人もの後輩から「独立したいので話をきかせてくれ」連絡があり、そのうちの何人かと話をしたことがある。
だいたいその内容は決まっていて「なにをやったらいいと思うか」というものだった。
「何をやったらいいかわかんないんだったら、独立しないほうがいいよ」と僕は偉そうにそう返したものだ。

そして昨今、メディアの影響で、「元リクルート社員」というのがあたかもブランドになっているように見える。
目立ちたがり屋が多いのがリ社の特徴だから、それまで匿名的に勤務していた元社員が、ここぞとばかりに独立し、雑誌に出てみたり、本を出したり、講演をしてみたり、とあちこちで目にする機会がある。

今日、親しくしていただいているリ社の古き先輩・そして同期入社の現役社員と食事をした。
彼らの話を聞く限り、リ社特有のモーレツな社風は一切なくなり、風土も組織もずいぶんと変わったそうだ。
1.4兆ほどあった借入金は、あと1千億程度まで返済が済んだというから、銀行もびっくりしているに違いない。

一方、ベンチャーバブルに乗っかったOB系経営者のほとんどは、かつてのリクルートの類似サービスとか、あるいはどこかのクライアントの雇われたチーママに見える。つまり本社社員よりも昔を引きずっているわけです。その証拠に著書やプロフィールや肩書きに「リクルート」という五文字を多用しすぎというか・・。そういう経緯をずっと聞いていて僕が思ったことはですね、実はいまリクルートにいる社員こそが実はリ社のOBではないか、ということ。OBというは卒業をした者のことである。同じ場所に留まる者に対して、新領域に足を踏み出す者をOBと呼ぶのではなかろうか、とね。

僕はできの悪い社員だったし、なんといってもゲーム作りでは何の付加価値にもならないので、どこどこの会社に在籍していたなんてことはこれまであまり言わないで今日まで来たのだけど、いつしか公然の事実になってしまっている。だからあまり偉そうにいえないのですが、もしリクルートが倒産していたら彼らはここまで堂々と肩書きにこの社名をうたっているのだろうか?と思ってしまうのです。残り1千億の借金返済で依然としてノルマの重圧と戦っている社員のことを考えると、彼らの努力を自分の看板に流用しているみたいでちょっとずるいなぁ、みたいな・・・。

つまり、本当のリクルートOBってのはさ、風土を変え、業態を変え、過去の負債を返済し終わったリクルート社のいまの社員のことをいうのではないだろうか?だってさ、OBがやっている「人材コンサルティング云々事業」よりも本社がやっていることのほうがダンゼンに新しいんだもん。
なぁんてことを思うのであります。

知人が思っているほど僕の会社は裕福ではない。というか、未公開のゲーム会社なんて自転車操業である。
でも僕は、誇りを持って「ラーメン屋」をやっていきたい、と今日思った次第である。

でね、なんでアエラの写真で僕がギターを持たされたかという話ですけど、そうでもしないと、OBが皆変わり映えしなかったからではないか、と思うのですよ。(つまり、ギターをもった写真を撮ったのは私の意志ではありません。念のため・・・)