読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

YOOT.COM

斎藤由多加のブログだよ

No Computer Used !!

高校生の頃、つまり70年代から80年代にかけて流行ったアーチストのひとつにBOSTONというバンドがある。

彼らの二枚目のアルバム"Don't LookBack"のLPジャケットを観音式に開くと、内側にはでかでかとしたフォントで"No Computer Used, No Synthesizer Used"と書いてあった。「コンピューター、シンセサイザーは一切使用していません」という意味。

彼らのもたらした音は当時は斬新で、たとえばオフコースの後期の「愛をとめないで」などにはサウンドにとどまらずメロもそのまんま使われている。それくらいそのサウンドは独特だった。それらをすべてアナログの組み合わせで作り出すには結構な手間があったにちがいない。

武道館での来日ライブでは、どでかいパイプオルガンをステージに設置して演奏していたが、その運搬や設置コストは膨大だろうな、と子供心に感じた記憶がある。たしかリードギターのメンバーがエンジニアだったはずだから、意図的に、確信犯的にアナログで作ることにこだわっていたんだろう。

***********

こういった「懐かしアーチストもの」は、時おり紙ジャケットでCD再販されるわけで、僕も先日そそくそと購入したわけである。

そんでもって、車のCDプレイヤーで懐かしく聞いていたわけだが、ふと気づく。「コンピューターを一切使用していない」と誇らしげに宣言された音源を、僕らはいまデジタルで聞いているではないか。

***********

アーチストが、素材屋と違う点は、それが完成した作品である、ということ。それが特殊合成の映像であっても廃品から作られたオブジェであっても、あるいはスナップ写真をコラージュした絵画であっても、作品は作品だ。そこに使用されている素材はあくまで素材にすぎない。

しかし、デジタル技術は、アナログ作品をすべて「素材」にしてしまったのかもしれない。

***********

ゴジラの泣き声を、音効さんが古釘を抜く音と、錆びた閂から作ったという話は有名だ。アナログの時代は物質を熟知した専門家が、経験を駆使して音源をつくった。ところがデジタル時代のサウンドアーチストは、ProToolsのオペレーション技術に長けていても、「作る」という経験が希薄だ。だから過去の音源にその矛先を向けようとしがちだ。音源はそもそも「存在する」もので、彼らはそれを加工するという意識である。

だからゲームのサウンドアーチストは素材集のCDをたくさんコレクションする。けれど、マイクで音をロクハンするという発想はない。だから作れない理由を「素材集にはいっていないから」とする。「だから君がいるんだろう」という話になる。

僕は、だからいつも作品を作るときのサウンドはkさんというラジオの音効さんに依頼する。彼らはだから、必要に応じてマイクをもってロクハンにいく。そこにはアナログだけが持つ空気感、がある。だから、いい。

*******

「コンピューターは万能」という誤った意識が先走りしすぎて、「音を創る」という技術を若いクリエーターは失ってしまったのだろうか? 三谷幸喜の「ラヂオの時間」にも描かれているが、音というのは、空気空間をどう切り取るか、に面白みがあるはずなのに・・・。

事実、ビートルズの最新アルバム(?)は、4トラックのテープをジョージ・ハリソンの息子が特権でサンプリングしPCで加工して作ったものだという。そそくさと買って、そして聞いてがっかりした僕は、そういう理由からだと妙に納得したのである。