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斎藤由多加のブログだよ

iPadにすこしがっかりしたのですけど・・

タイトルどおり、ま、要するにiPadにはすこしがっかりです。乱暴な言い方をすると、iPhoneのサイズがかわった、という話と理解しているもので。でもこういう書き方だと、すごく「モノフェチをきどった嫌なヤツ」に思われるでしょうね。なもんですから、すこし、その結論に至るまでの細かな経緯を書きました。

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サイズが変わる、と一言でいっても、技術的な観点でいえば、気の遠くなるようなハードルを越えないとならないわけです。ですから、それなりの決断プロセスを経て、そしてそれなりの理由があって、アッブルはその未来をこの「大きなiPhone」という新機種にかけたのでしょう。

CESなどここ数週間の各社の発表をみていてひとつだけわかること、それは「電子出版の大きな波が来ている」ということ。書籍がCDと同じような案名をたどることになるのかな・・なんて感じている出版業界の人も最近は多いようですし。この世からなくなりゃしないけど、きびしい時代になるんだろうな、などとね。

Amazonキンドル用タイトルのアマゾンのマージン率が70%と聞いたけど、これじゃ出版社がそうそうカンタンに電子出版に移行できるわけもなく、しかし一方ででも著者からすると、原稿データがあればそれまでの三倍の30%という印税で「自費出版」が可能になるわけで、要するに「仲介業者が不要になってきている」という現象はますます加速している。その「仲介業者」のパートを、いま各社は奪い合っていると理解すると、いまの勢力図はおもしろい。彼らがこれから狙っているのは「流通業」をするための準備です。ハードを売って、ソフトを売る、のではなく、「直販ビジネスの会員獲得のための購入機器をつくっている」とみることができます。
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実は、なんどかこのブログで書こうとしていたことなのですが、タブレットモデルは結局は今回のようなものになるのではないか、と思ってました。その理由は、マックをタブレット用にバージョンアッブしてゆくコスト負担(=ユーザーが負担する負担=価格)を考えると、けっこうな額になることが予想されるわけです。いま最も薄いAirMacに、同サイズで高性能の液晶タッチセンサーと、手文字認識など各種認識ソフトの類の整備、各サードパーティーへのアプリ対応、ハード麺ではそれらに伴うメリー増強とCPU速度の向上、など必要な手間をすべてコストとして入れてゆくと、価格はおそらく25万円を軽く越えてしまう。MacOSという広範囲なシステムに手を入れる膨大な負担がかかるわりには、たいした革新性がアピールできないものになります。Windowsタブレットエディション(僕はNECVersaProをすごく愛用していましたが)程度のインパクトでおわってしまう可能性がある、というものになります。つまり「うすく、軽くなったけど、何に使うのかははっきりしない」という製品。キンドルが出て来てオンライン出版の波が来ている中、アップルは、この程度のものでは対抗勢力にはなれない、となる。
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それでも、僕はただのユーザーですから、新マックのタブレット版が欲しかったわけでして、「かっかり」してしまったわけです。そして今回の発表でわかった こと、それは、「僕などが欲しいと思っているものを作っているほどアップルをとりまくビジネス勢力図はノスタルジックではない」ということ。


整理すると、アップルがもしMacをタプレット化したとしても、それは製品が一ライン増えるだけの話に留まってしまうわけで、かといって僕たちいちぶのファンが期待するようなMaciPhone/iPodラインの間をうめる新製品をいまつくるとなると、当然あたらしいOSというこになりますから、そんなことに資源を費やしていたのではこれではその間にキンドルをはじめ他社製品に水をあけらけてしまう。回収のめどなど立つころには時代は変わっている、その答えが今回のiPad、と見てます。もっと具体的にいうと、「おまえらの欲しがるようなマニアックな製品をつくっているヒマはねぇんだよ」という、つよい口調のメッセージが今回のiPad

アッブルがOUT of BOX(ユーザーがマックを購入し使用しはじめてからの課金モデル)を強く模索し始めたのは1999年くらいではないでしょうか。当時のアップルジャパンの社長が、「本社からこういう方向性が来ているのだが、ゲームで課金する方法はないかな」と相談されたので強く記憶しています。それ以来まっすぐに突き進んで来たiTunesのモデルが他社に奪われてしまうことは、「ビジネスモデル」で勝負してきたアップルがハードメーカーに戻ってしまう危険がある、ということでしょう。この時期、激戦区に身を置くアップルが新モデルをリリースするということは、弱点をつくることにほかならないわけで、そんなことよりもより覇権を強固にする「課金マシーン」としての新機種を出すことしかないわけで、おのずと、こういう結果になるだろうとなるわけ。
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キンドル系の対抗馬とししてのタブレットとは別に、マックのシリーズとしてのタブレットは、市場へのインパクトが小さいけれど、ニーズはあると思っています。しかし、ジョブスという人は、似たようなもの(タブレットマシン)を複数のライン上に置くような中途半端な真似はしないでしょう。タブレットという操作法(=文法)をユーザーやベンダーに教育するコストは膨大です。日本のメーカーであればぜったいにあると思われるタブレットMacは、以上のような経緯から、これからもない、と思います。それがわかったから、「がっかり」なのです。つまり僕たちが求めるタブレットは、iPadがそこに到達するまで待たなければならない、という点で。