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YOOT.COM

斎藤由多加のブログだよ

"incomplete questions" by yes,mama ok?

お気に入りの一品

今日の午前中に、配達屋さんがオフィスに入ってきて、うちのアシスタントの女の子と話している。

「もしや!?」そう思って、小学生のように彼女のところに駆け寄る。
「届いたのCDじゃない?」そう聞くと、「そうでしょうか・・・」と自信なさげに小包みを見るYちゃん。

おもむろに封筒をバリバリとやぶって中を確認すると「やった!」と思わず叫んだ。
出来たてホヤホヤの、ymo?のメモリアルボックスが一つ、そこには入っていた。

僕が書いたライナーノーツがどんな風にレイアウトされたのか、もどかしくシュリンクを解く。「あ・・・。」おもわずためいきをつく。

指定された文字数の4倍書いた僕が悪いのはわかっていたけど、ひそかに4ページになることを期待していたんだけど実際は2ページに押し込まれていた・・・、字が小さすぎて読めない(汗)

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ま、そんなことはいいとして、と。

ライナーノーツの内容を、発売前に筆者が自分のブログで公開してしまうのは決して良い手じゃないのはわかっているけど、すこしでもこのCDを、そして僕が大フアンであるymo?を知ってもらいたいのである。なのでその全文を掲載してしまうことにしよう。ま、こういうものは宣材として使われるべきものだろうし、読んだらCDを聞きたくなるに違いない、といういささかの自信がある。

というわけで以下、拙者がライナーノーツ用に書いたymo?の紹介文である。

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このメモリアルボックスを手にしている人のほとんどは、yes, mama ok?(以下ymo?と略す)をよく知る人にちがいない。 いやむしろ、ymo?そのものが広く認知されるアーチストというわけでもないから、たぶん、熱心なファンではないだろうか。 

だから、彼らつにいてのありきたりの説明は大胆に省くことにしてymo?というユニットを一言で表現するならば、渋谷系全盛の90年代半ばに、LD&Kという独立系レーベルからデビューした東京造形大学の友人が結成したインディーズ・ユニットってところだろうか。もしあなたが初めて彼らの音楽に触れる人だとしたら、そのあたりはこのBOXにはいっているすべての楽曲を聞いて判断してもえればいい。

むしろここでは僕が十数年にわたって見てきたymo?および彼らの素顔について紹介させていただき、彼らのヒストリー紹介とさせていただく。


ymo?
の発端


ymo?
1990年、東京造形大の学園祭のために結成された。その時の名はヤング・ウェルテルズというものだそうでymo?に改名されたのはその翌年だそうだ。1995年にLD&Kレーベルからインディーズデビュー、最初のCDは「コーヒーカップのランデヴーって最高よ」であった。以降合計3枚のマキシシングルを発表したあたりで、僕は彼らと出会い、「ザ・タワー」というゲームがらみで2曲楽曲提供をしてもらった。それらの中からチョイスされたベスト盤的なものが1996年のコロンビアからのメジャーデビューのCD作品 "Modern Living "となる。

当ライナーノーツの別のページで長嶋有氏によって紹介されているのではないかと思うが、1995年に東芝EMIから出た「タワー」というゲームのトリビュート盤である"Sound of Tower"というこのCDが、つまり僕と彼らとの出会いのきっかけとなる。ここにはブロンソンズやさえきけんぞう&ルーガちゃん、そしていまや三島由紀夫賞作家となった暴力温泉芸者などのアーチストが顔を揃えて参加していたのだが、ymo?はここでクリスマスソングを担当していた。ガットギターとウッドベースの奇妙な質感がとても心地よく、好奇心半分で東芝のディレクターを通じて紹介してもらった関係が15年近く続きいまここにライナーノーツに至るわけである。


ymo?

との出会い

それは、東京にありがちな、どんよりと雲った平日、たぶん9月の水曜日、の午後2時くらいだったと思う。渋谷の宮益坂郵便局の裏を入ったあたりのLD&Kのオフィスを訪れた時に彼らを紹介された。彼らの印象は、不要にトンガっているわけでなく、強い主張があるようでもなく、もの静かで勤勉そうな雰囲気をもつメンバーだった。僕が知っているほぼすべてのミュージシャンは金と女にはだらしなかったけれど、彼らはそういう違った。反戦AIDS撲滅を掲げるわけでもなく、もしかしたら渋谷系って、こういう普通に棲息している人のタイプのことを言うのかもしれないなぁとその時ぼくやりと思ったのだけれど、その点では彼ら三人は渋谷系アーチストなのかもしれない。

ymo?を構成する人種
ミュージシャンというのは、売れている時と売れていない時がある。金剛地武志は公私ともに大切な友人としてサムを組み合わす関係が13年続いているわけだが、時として会社の引っ越し作業をお願いする無職のニートであったり、時としてキャバクラに同行してくれる飲みの相棒だったり、そしてある時は、テレビに登場するタレントだったり、と立ち位置は変化しているが、僕にとっての金剛地武志は常に天才ミュージシャン以外の何ものでもなかった。

高橋晃は、ステージ上ではちゃめちゃなパフォーマンスを繰り広げる金剛地武志のパートナーであるが、すべてのジャケットを含むymo?のアートワークを担当するデザイナーでもある。サウンド面以外で高橋の存在は、実は大きく、今回のBOXのアートワークもすべて彼のでによるものである。さてこの高橋晃と僕も不思議な関係が続いていて、ゲーム作品「シーマン~禁断のペット~」や「シーマン2~北京原人育成キット~」における(海外を含む)広告デザインなどでその手腕を発揮していただいている。したがって高橋晃も、才能あふれるプロの表現者として僕は尊敬のまなざしを送り続けている大切な友人である。不思議な縁である。おっと、これじゃまで翻訳もののアメリカ人作家の謝辞じゃねぇか・・・・。(そのチャーミングなウィスパー系ヴォイスの存在がymo?作品で大きな役割を果たしているボーカルの仲澤まほちゃん、とは、個人的な接点がなかったのであまりお話しできることがないのが残念でならないのであるが・・。)


金剛地武志の曲

さて、クレジットを見ればおわかりのように、ymo?のオリジナル曲は作詞作曲編曲すべて金剛地武志一人によって行われている。その強靭そうな字並びとはウラハラに、孤独で繊細な密室作業ら作品をつくりだす。むしろちょうどライブ演奏を拒否しスタジオに籠るブライアン・ウィルソン(ビーチボーイズ)のようでもある。

彼の特徴は、空間感を失わないサンブラー音源の構成で、それらは、サロンミュージック風なものからボサノバ、ロック、テクノにまで及ぶ。楽器演奏はギター、ベースや生ドラムまで金剛地自身によるものだが、作曲は主としてギターで行っているようだ。

僕が一番好きな曲は、「砂のプリン」である。「街灯がいま、つきはじめた。帰り道とあなたの踵照らしだして」という情景描写に圧倒された当時の記憶がある。

それ以外にも、 ymo?の「人生のお気に入り曲」はいろいろある。オリジナルCDの原盤はとうに失ってしまっているのだが、車におかれたままのCD-Rの中には「去年の今日も」「Charm of English Muffin」「Tea Party」「モダン・リビング」「二枚舌のムニエル」「問と解」など、僕なりの"ザ・ペスト・オブ・ymo?"が入っている。Charm of English Muffinという曲のオリジナルはこのBOXには収められてはいないのだが、セガサターン向けThe Towerのテーマソングとしてレコーディングされたもので、バイオリニストでもある高嶋ちさ子(chocolate fashion)の作品として発表された。高嶋ちさ子自身がヴォーカルとバイオリンを担当しているが、この曲はソングライターとしての金剛地のひとつの新境地といえる。さらにはそれと別に仲澤まほ氏がヴォーカルをとるバージョンも存在していて、録音に立ち会った僕は両氏のバージョンを持っているはずなのだが・・・。自分のだらしなさが悔やまれてならない。

ymo?作品の珠玉性
金剛地が綴る詩は秀逸だ。心地よい日本語の韻を踏みながら、哲学的な側面を失わない。肝心なパートを、どこかで聞き覚えがある英語のフレーズでやり過ごしてしまうようなガサツさを金剛地武志はもちあわせていない。むしろ大正ピカレスク文学の作家たちのような言葉の魔法陣で光景を紡いでくる。作品発表の時期を追うほどにその傾向は顕著である。そのせいでこのBOXに収められているymo?の曲は、四十代になった自分が今聞いてもすぐに解けない人生の謎解きを提示しつづける。しかもその謎具合は、ちょうどすぐれた名作ゲームのように、敷居が高すぎず低すぎず、心地よい最後のワンピースを聞き手に要求するのである。これは自論だが、世代を超えて生きる曲というのは、この最後のワンピースをリスナーに委ねることで絶妙のバランスを保持する作品と思っている。

また金剛地はすべての曲作りにおいて、既存のテンプレートを便利に使うことをも拒み続ける。それはいわゆるコード展開パターンであってもしかりで、絶対音の組み合わせとしての独自のコードを発明しながら作曲は進められる。いわゆる。ありがちなコード展開にメロディーを乗せていくという形態はあまりとらない。したがって、一般奏者がいとも簡単にする「転調」という概念を作者自身が持ち合わせていない。クラシックの楽器奏者のようにいま自分が演奏しているパートを本人がコードとして認識していないのである。 (開放弦を含むコードは名称不明では即座に転調できない) といったように、そのオリジナリティーとのトレードオフとして、金剛地の作曲の筆の遅さはピカイチで、そこに締切という商業的な現実が立ちはだかるが故の、金剛地の苦悩を見続けてきた。

演奏技術とエアギターパフォーマンス
そんな金剛地にとって、エアギターという空虚なパフォーマンスは、苦悩から彼を解放する意味においてもしかしたら絶好の居場所だったのかもしれない。自分の内面とはまったく無縁な(=空虚な)銀縁メガネのキャラクターを重ねることで、テレビ制作という巨大システムに身を委ねる喜びを堪能していたのではないだろうか?_ いずれにしてもがここ56年の金剛地は、コンポーザーとして孤独な苦悩とは無縁に、大物お笑い芸人や美人アイドルらと過ごす派手なタレント生活に酔いしれていたように見える。ドラッグに逃避する過去のロックスターのようでもある。


●オサムの内側にあるもの

僕は金剛地武志のことを「オサム」と呼ぶ。彼は僕のことを「アニキ」と呼ぶ。この奇妙な呼称の理由は割愛するが、オサムは自分が無責任でいられる場所が実に好きだ。実に天真爛漫に、そして気楽にパフォーマンスをする。プライベートなパーティーでも、何度も一緒にギター演奏(エアではない)をしたものだが、そのオサムの姿はアーチストの重圧がないことを楽しんでいるようでもある。オサムとアニキという偽名にて、破天荒なパフォーマンスを夜の街でさんざん演じてきた。

「オサムさ、そろそろ音楽を始めてみたら?」 明け方の六本木でそう質問するとオサムはよくこう答える。

「アニキ、でも、もう、完全に離れてしまっているので、技術が追い付かないんですよ」と。

その表情は、学校には戻りたくない、と言う子供のそれに似ている。

でも、いまこのBOXを手にしている皆さんはどうお考えだろう?このBOXに収められたいくつかの珠玉の名作を生み出す才能を(3割はどういうわけか確信犯的な駄作であるが)このまま空虚なB級タレント業に費やさせていいものなのか??友人として僕はいつもその答えに窮する。

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朝の某バラエティー番組に生出演した金剛地がパフォーマンスの後で、司会のヤックンに「本当はギターを弾いたりするんですか?」とつっこまれた。芸人ならば「いえ、ぜんぜん弾けません」と答えるべきものを、おもわず素顔に戻った金剛地の「え、ええ、実はすこし弾いたりするんです・・・」というリアクションに、彼の生真面目な音楽への情熱が消えてないことを見て取った。そのリアクションが、彼特有の真面目な性格がなせるものなのか、そのデリカシーさ故なのか、あるいは内側に秘めた自分だけのガラス細工の世界を守るためのものなのか、それはこのBOXに収められている作品から推するほかない。



斎藤由多加 さいとうゆたか

ゲームデザイナー/(以下略)

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ということで、すっかり秋めいてきた今日この頃、このメモリアルボックスを聞いてみてはいかがだろうか?

(前回、9月29日、と書いてしまったが、9月26日の間違えであったことをお詫びのうえ修正させていただく)