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斎藤由多加のブログだよ

Are you married?

ここのところ自分のアナログ回帰が激しいことに気づく。
たとえばカメラ。
カメラコーナーでライカを手にとっては、その機械式シャッターの振動を愛でている。
銀塩カメラに手を出してしまうと、とことんまでいってしまいそうで、かろうじてデジタルに踏みとどまっている。

聞くところによるとライカマニアというのは、とにかく一台では満足できないようだ。
ライカが好きでたまらないという人のエッセイがたくさん出ていて、どの人もあれやこれやとポケモンカードのように買ったり売ったりの繰り返しだ。

僕もそうだった。これまで相当量のIT機器類に手を出してきた。過去10年間で購入したノートパソコンはいったい何台になるのだろう? iPodだけ数えても6台になる。(贈答は除く)

最近そんな僕の中に芽生えてきた自分への疑問。それは「なぜ、すきだとたくさん集めたがるのだろう? すぐに新しいものをほしがってしまうのだろう?本当にすきならば、ひとつのものをずっと使えないものなのだろうか?」ということ。

ひとつ、あった。ここのところずっと愛用しているものが写真の「リエゾン」というウォーターマンの黒い万年筆である。4年半ほど前に銀座のITOYAで購入したものである。パソコン画面ではなくMOLESKINEの手帳にこのペンでアイデアを書き留めることが多くなった。

実はこれも一度はさらに高級なエドソンという金とサファイアブルーの2トーンのモデルを買い足したことがある。
女性にたとえるならば最高級の美人。
そのうち古いリエゾンが疎ましく思えてきたので欲しいというSさんにプレゼントをした。
しかし新しい美人は突然と姿を消した。もう使い慣れたペンがないと仕事ができなくなっていた私は無理を言ってSさんに古い万年筆を返してもらった。
日々は経過し、そのうちもういちどあの金とサファイアの美人をもう一度手にしたくなり、ふたたびこの美人を所有することになった。そしてまた美人は突然姿を消した。
ふたたび仕事ができない。古い万年筆に切り替える。
そんなことを繰り返しているうちに、この黒い万年筆がなんともいとおしくなってきた。
出入りが激しい仕事なので、ときどきこのリエゾンは姿を消す。でもそういうときは、浮気をせずに出てくるまで待った。
半年ものあいだ行方不明だったとき、それでもひょっこり喪服の内ポケットからでてきた。
尻に挿したまま運転していたらキャップが割れたこともある。でも10日後にはピカピカのキャップとともに修理されて帰ってきた。

そんなことが繰り返されるうち、「このペンは、なくなっても必ず戻ってくる」という意味のない自信が出てきた。モノと人間の間に奇妙な信頼関係がうまれるものだ。

ひとつのものを大切に使い続けるというのは容易なことではない。
でも、古びれた万年筆やカメラを自慢できるオヤジになりたいと思うようになった。