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斎藤由多加のブログだよ

言葉の力、言葉の限界 その2

前回の続きになるが、「混沌とつまらないゲーム」は、誰がどうやってその問題点を顕在化させ、それをいつどういう方向に帰結させることで修正とするか、それが命綱であるという話である。

そもそもいちばんやっかいなのは、何がどうつまらないか、それをきちんと把握できないとなにもはじまらないこと。もしそれが理解可能な言葉で表現されない限り、内在する問題は問題と認識されず、ややもするとその手の発言はチームを混沌へと向かわせるだけの効果しかない。

それはまるで砂の中から砂金を発見する作業・・・・とはまったく違う。
むしろ、同じ種類の砂だと思っていたものの中に、辞典には載っていない新種の砂を発見することに近い。つまり発見は「目」ではなく、「認知」にかかってくる。それがバグ探しとの最大の違いである。

名前の無いものを発見するというのは、とてもむずかしいことだ。
それに名前をつけ、あたかもそれまで存在すらしかなったものを人々に紹介する行為は、感受性というよりも、それをことばにする論理性、そしてそのための勇気とあつかましさが必要となる行為だ。こう書くとたいそうなことに聞こえるかもしれないが、創作物における問題発見というのはそういうものである。そもそも創作物なんてものは、その中に問題があっても作者以外には誰も気付かないし、そして誰も困らないものなのだから。バグとはその点で大きく違う。

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「ロンドンは霧の街」ととある詩人が広く紹介するまで、ロンドンに対する人々の意識の中に霧は存在しなかった、という話を読んだことがある。
僕らの世代も、ネスカフェのCMで始めて「霧の街ロンドン」というセリフを聞いた。それ以来、ロンドンを舞台にした映画はいつも天気がパッとしないことに気付いた。それまでは気付かなかったのだ。

僕はときどき思うことがある。
ゲームのディレクターとは、もしかしたらコピーライターに似ている仕事ではないか、と。混沌とした複雑の中に、規則性を発見しそれをことばで表現する力をもっていなければならない、という点で。

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金曜日に、長嶋有氏が受賞した第一回大江健三郎賞をの記念対談があった。
大江氏と長嶋氏の対談でおもしろかったのは、大江氏の長嶋作品(ここでは受賞作の「夕子ちゃんの近道」という作品)内での表現のことだった。いま手元にある「群像6月号」に掲載されている大江氏の選評には以下のように表現されている。

「たとえばかれは、こう書きます。<<窓の外では洗濯ばさみのたくさんついた、なんと呼ぶか分からないが、靴下やパンツを干せるプラスチック製のものが物干し竿にゆれている。>> 私もまさに同じ物体を見て(俳人が新鮮な書物を前にするたび、俳句にしようとあれこれ短い言葉を探すはずであるように)小説に取り込もうと試みたことがあるのですぐ思い当たりました。そしていま、あれをなんと呼ぶか分からないが とするのはまさに正確な表現であり、しかも作者がそれを自分の文体にしていることに感嘆します。」(以上 群像6月号大江健三郎賞選評より引用 なお文内傍点部は表記不能につき省略させていただいた)

僕たちは"ことぱでない"創作対象に取り組むための道具としてことばを用いている。重さも形もない"概念"を、ああだ、こうだ、とやりとり可能なフォームとするために、無理にでも名前をつけ、「それ」を口にしたり叫んだりできるモノにする。そしてその意味がおおよそ共有されるところを見計らって、次にその概念に番号をつけて「流通可能な形」にまでする。こうして時間をかけながらチームでの共通認識をつくらないと、仕事はすすまない、いや崩壊すらする。だから関係者の認知レベル(といっていいかどうかはわからないが)がバラバラであるほど、プロジェクトは難航する危険性が高い。

企画者(世代的には現場のクリエーターよりも2世代近く上であったりするわけだが)は、表現したいものを「洗濯ばさみのたくさんついた、なんと呼ぶか分からないが、靴下やパンツを干せるプラスチック製のもの」という表現をすると、数ヵ月後に、風情だけでなく意味合いまでもが似て非なる、それはまるで「郷ひろみ」と「若人あきら」くらいに違いながら、ことばに帰結した要素としては完全合致したものが製作現場からあがってくるのである。絵やジェスチャーで事前説明したとしても、これは防げたもんじゃない。不可避なものとするのが適切に思える。

そんなときに、誰かが出来上がりサンプルを見て「これちょっとちがうぞ」と言い出さない限り、この二者は、違いがまったく認識されないまま何人もの目の前を通過してゆくのである。完成へ向かう暴走列車になにくわぬ顔をして座っていくことになる。

そうなる前に誰かが、「洗濯ばさみのたくさんついた、なんと呼ぶか分からないが、靴下やパンツを干せるプラスチック製のもの」の"旧式型"と呼ぼうという名前をつけないとならない。

そんな思いの真っ只中にいた僕は、このすばらしい対談の内容はまったく無関係なところで突然いたたまれなくなり、そしてせっかく招いていただいたパーティーは中座してしまった次第である。長嶋氏に直接お祝いの言葉を言えなかった事をすこしだけ悔やみつつ。

この短く、そしてフォントの表現力も稚拙なBLOGでどこまで表現できるかまったく自信がないので、今日はここまで書いて終ることにするけれど、ひとつだけ僕が長嶋氏をうらやましく思ったこと、それは、小説の執筆は一人で行うことができる創作活動、という点である。ゲームは、創作と同時進行で、それらを機械語に翻訳する、というとてつもなく大きな共同作業であるのに対して、それはなんともうらやましい限りである。むろん僕は小説家がどれだけの苦労をして創作をしているか、まるでわかっていないのであるが。

考えてみると、小説が他国語に翻訳されることになったときに、そ外国語をマスターしていないが故の、なかなかかみ合わない作業へのフラストレーションと、そして完成時に感じるであろう翻訳チームへの信頼感と共同作業へのカタルシスは、もしかしたらゲームが完成したときのそれに似てくるのかもしれない・・・。

そういえば、第一回大江健三郎賞の賞品は、「受賞作の他国語への翻訳と海外での刊行」とある・・・。