YOOT.COM

斎藤由多加のブログだよ

マッチ売りの少女2

朝になるとマッチ売りの少女は、冷たくなっていた。
手には、売れ残ったマッチの入ったかごを持ったまま・・・。
町の人々は、「あらま、かわいそうに」と、冷たくなった少女を見て口々にいった。

マッチ売りの少女は、僕の知る童話の中でもっともかわいそうな物語だ。
「これじゃ、かわいそうすぎるじゃないか・・・」
子供の頃からずっとそう思ってきた僕は、酒飲みの場で、よくその続編を語ったものだ。

神経性胃潰瘍による胃の痛みがひどくて、自分を哀れむしかない僕は今日、その続編を勝手に書いて自分を慰めようと決心した。

************************

少女は、長い階段を上っていた。一段一段ゆっくりと。
階段を一段昇るたびに、これまで虐げられてきた日々の辛さが、ちいさな体からすこしづつ抜け出でる感覚を味わった。

カタルシスにも似た感覚の中で幼い少女はうっすらと気付いていた。その階段を昇りきったとき、自分が完全に現世を去るのだということを。

しかし少女にはそのことへの抵抗感はまったくなかった。マッチを売って生計を立てるというノルマはさほど辛くはなかった。辛いのはむしろマッチという廉価で市場ニーズが失われた旧式の消費財を売らせる、その旧体然とした親方一派から抜け出でる方法がまったくないことだった。

162段ほど階段をあがったところで上を見ると、その先に小さな扉が見えた。その扉を開いた踊り場に懐かしい人の姿が見える。それはとうに他界した少女のおばあちゃんだ。

「おばあちゃん!!」

少女は叫んだ。
おばあちゃんは、あの時のままの優しい顔で手を振っている。

うれしくなった少女は残る力を振り絞って階段を早足で昇った。

おばあちゃんの姿が近づくにつれ、しかし、その表情が曇っていることに少女は気付いた。声もすこしづつ近くなり、何を言っているのかが聞き取れるようになった。

「だめ、ここに来ちゃ!!帰りなさい」
おばあちゃんはそう叫んでいた。

「早くこっちへおいで」といわんばかりに振られていた手もよく見ると、「来てはならん!!」というジェスチャーであることがすこしづつわかってくる。

消耗し切った体でダッシュをしたことを少女はすこし後悔した。

深夜工事の不慣れな交通整理係のバイトの警告灯ように、「進め」とも「止まれ」とも取れるぎらわしいジャスチャーに少女が腹を立てなかったのは、ひとえにこの少女の性格が純粋でまっすぐで愛情に満ちていたからにほかならない。
もしこれがこの少女ではなく、日曜の朝のバラエティーニュース番組に準レギュラー出演している女医のように自己都合的で短絡的な思考をもつ人物だったとしたら、とうに合法的な方法でそのタレント生命の、いや生命活動そのものの抹殺を試みているに違いない。

「どうして?」

少女は可憐な声でおばあちゃんに聞いた。

おばあちゃんは、昔ながらのよく通る声で返してきた。

「あなたはまだココに来てはいけないの。まだ生きなきゃならないのよ。いますぐ帰りなさい」

「そうか・・。」
少女は自分の予想が正しかったことを知るのと同時に、自分があの忌々しい現世に再び戻る運命にあることを悟ったのであった。そしてすこし落胆した。

少女は、おばあちゃんのいうとおりすぐさま振り返ると、これまで昇ってきた階段を降り始めた。二度とおばあちゃんの方は振り返らなかった。

階段を一段一段下りるとともにその体にはすこしづつ、現実特有の疲れと、虚無な労働に対するだるさと、そしてマッチを買ってくれるわずかな通行人だけに共通する加齢臭が戻ってきた・・・・。

**********

気付くと、少女は、街頭に倒れていた。

目を開けると周囲には人だかりが出来ていた。

それを見て一人が叫んだ。
「少女が生きているぞ」
もう一人はもっと大きな声で叫んだ。
「ほんとだ、少女は生きてる!!」

群集心理というのはこわいものだ。
マッチに見向きもしなかった人間たちが、まるでヒューマニズムの代弁者であるかのように、口々にそのような言葉を発しはじめたのだ・・。そしていつしか、人だかりからは喝采が起きていた。

立ち上がった少女に品のいい一人の初老の紳士がつかつかと近づいてこういった。

「君はマッチをするのが得意なのかい?」

少女は迷うことなく応えた。
「ええ、誰よりも得意です。だって毎日こうしてマッチだけを売ってきたのだから」

「そうか・・。だったら、うちの店で働く気はないかね? うちの店にはたくさんの上品な紳士が来るんだよ。しかも彼らは、100円のガスライターで煙草の火をつけられることに飽き飽きしているんだ」

そういってペンとピンク色の名刺を取り出すとさらさらと自分の携帯番号を書いてさし出した。
「いつでも電話してくれないか」
そういって紳士は立ち去った。
思わず受け取ったその名刺を見ると、「高級クラブ ローザ」と書かれていた。

少女は自分の頬にすこしづつ生気が戻るのを感じていた。