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YOOT.COM

斎藤由多加のブログだよ

脳の RESET

幻冬舎からあたらしく出す本の原稿がほぼできあがって、もちろん以前にツイッターなどではなしたとおり、その大半は日経ビジネスオンラインの連載なんだけどさ、やはり一冊の本を出すという以上、バッケージとして残るわけだから完成度にこだわってしまうわけで、半分以上追加で書き下ろしたわけです。

で、今日は、最後の書きたかった原稿をいれまして、これから校正にはいるわけですが、その原稿を、ひさひざにブログにアップしようと思ったわけです。原稿をそのままコピペしただけになりますけれど。

本のタイトルは、「離れ小島のVISAカード」としようと思っています。その理由についてはまだ書きますが。

あと、ツイッターがいちばんリアルタイムにそのあたりつぶやいているので 知りたいという人は、

@YootSaitoをフォローしてくだされば、と思います。

ということで、以下今日書いた最後の原稿。(誤字あり)

********

 

 

おなじ場所で異なるテーマで複数の会議が立て続けにあると、あたまのリセットができないまま会議に参加することになる。 ゲーム制作の仕事において、企画者の仕事とは、ま、これは商品開発の会議でも番組の編成会議でも同様だと思いますが、こ映画監督が役者に演じさせてフィルムを回している現場にあたるほど、重要です。会議という場そのものが本業のステージであって本業の合間に互いの無事を確認しまうようなレベルのものではないと思ってください。 たとえば、こんな話しがあった。 いよいよ発売日も決まり、大詰めに入った見えてきたタワーの携帯ゲーム機用へのゲーム移植開発。ある日、その完成までのカウントダウンが始まったドタバタの中に、プログラマーが僕のところに来てこんになことをいいだした。 「斎藤さん、ビル建設が容量の限界にきた時は”もうこれ以上はアイテムを配置できません”というダイアログを表示すればいいですよね?」と。 はて、彼が何のことをいっているかよくわからいのでよく聞き正すと、高層ビルを建築するこのゲームにおいて、メモリー容量ぎりぎりになった時には、もうこれ以上何も設置としてくれるな、という警告をださないとシステムがダウンしてしまうという。だけど、それはこっちの理屈。ユーザーとしては突然そんな開発の事情をいわれても「だからなんだ」となる。この手の、手前都合な話しというのは、いわゆるクソゲーというやつに多いパターン。 「容量っていっても何の事かさっぱりわからないじゃないか。消費者のクレームと同じでごまかしてはダメだよ。なにがどうなったのかを具体的にいってあげないと。その限界の容量ってのはなんだ? ビルの住人の人数か?、それともフロア階数か?エレベーターの数か?」 「プログラム的にこまかくいうと、いろいろあるんですが、要するにぜーんぶ関係しています」と。 「じゃなにが限界なのか、ユーザーに具体的にいえないってことか?・・」「そうです。だから、容量オーバーでいいかな、と」 「ばかやろう、そんな突然なルールをいきなり持ち出されても、それまで一生懸命ビルを建ててきたユーザーは納得するわけがないだろ。」 「じゃ、いったいどうすればいいっていうんですか!」 「エレベーターはもうこれ以上設置できません」というようにいわないとだめなんだ。しかもそういうことは大前提のルールとして冒頭からいっておかないとユーザーは納得してくれないよ」。「そんなのこの時期になっていきなり言われたって、知りませんよ. こういう時期の会議というのは、ひとつひとつが致命的とも思える案件が上がってくる。出口が無いように見えるこんな無理難題ひとつひとつに起死回生のアイデアを発案して返すのが、ゲーム開発終盤における企画者の仕事である。 で、本題にもどると、こういう会議で起死回生のアイデアを出すためには、いったんその議論の経緯から離れる必要がある。目の前にある問題に引っぱられ過ぎてると、コロンブスの卵は生まれてこないのである。 ずいぶん前の話しになるけど、音楽プロデューサーの松任谷正隆氏と雑誌の対談をしたことがある。氏は、マックで演奏をすべてつくっておいて、ミュージシャンがレコーディングに来る当日、それを聞かせて生の楽器を弾いてもらうという。その時に、「あなたはコ最後は人間に弾かせるのに、なぜわざわざコンピューターでそこまで精緻にダミートラックを作り込むのですか?」と聞いたことがある。 氏はこう答えた。 「私たちのレコーディングスタジオに来る直前まで、そのミュージシャンはまったく別の仕事をしているわけで、それがどんな音楽だったのわからない。ただまちがえなくそのノリが彼の頭の中を占めているわけで、それをリセットしないと、その前のノリのまま演奏されてしまったのではちがう音楽になってしまう」と。 要するにそのミュージシャンの意識をはっぱりと切り替えてもらうためだけに、緻密なコンビューター演奏を作り上げているわけ。 この話しはすごくよかわかるんだな、とくに自分に置き換えると。 その直前に決算の会議をしていて、そのまま同じ場所で冒頭のような起死回生のアイデアを出せといわれてもろくなアイデアなど出てこない。 冒頭の「容量の限界」の話しは、したがって、いったん外に散歩に行かせてほしい、とだけいってその会議を終えた。 近くの公園で、僕は二時間ほど、興奮する心を鎮めて 代替案を考えて、その案とともに帰社し、そしですぐに指示をした。 その指示とは、その社員がいう「限界容量」の全体を100として、その1/4を超えるたびに、画面をまっくらにして、次のようなメッセージを出せと。これならばプログラマーでも簡単にできる変更だから。 そして「停電です。ビル内の電源容量が不足して停電となりました。ビル建設を再開したければ100万円払って、電源容量を増やしてください」と。 そして、そのダイアログ内にて(全部で4つある電源装置の)二つ目のスイッチをオンにした絵をいれておいてくれと。 この案は、ディズニーランドのホーンテッドマンションが使っているようなすげ替えの手法で、我ながらよく思いついたと思っている。 ホーンテッドマンションは、乗車事故があるとスキー場のリフトのように「ただいま乗車事故がありましたので、リフトを停止しております」という代わりに、「おやおや、いたずら好きのお化けがまたなにかしでかしたようだぞ」というアナウンスを流して、停止を演出の一部に思わせているのだ。 この案だと、25%、50%、75%を通過するたびに停電が起き、ユーザーは100万円払ってゲームを再開することになる。そうすることによって、「本当の限界」をいつのまにか正当化する心理的な効果が目的だ。電源装置は全部で4つしかないので、後半には、「もうそろそろ電源容量の限界がくるぞ」という覚悟をユーザーはしているので、「もう容量の限界です。これ以上アイテムを設置できません」というセリフがあたかも当然、という説得力が出てくるしかけだ。 この発想のおかけで、僕は救われた。納期ギリギリに発覚したトラブル(プログラマーはこれをトラブルとは認識しないものだ)を回避させてくれたその発想は、脳のリセットにあったと思っている。まったくの猶予が許されない時期に、この手の瞬間的な発想が必要になると、そのためにいくら費用がかかってもいいとさえ思うようになるわけだけど、それってゲーム業界に限った話しではないと思う。 相手の会社を訪問するならば、移動というリセットの工程がある。だけど社内の場合だと、会議と会議の間に、ただいつもとおなじ風景があるばかりで、このセットっていうのができないわけで、いまでは、なるだけ打ち合わせは相手先に出向くようにして、移動もハーレーダビッドソンでするようにしている。安座できるオフィスなんてもっていない、日本中を列車で移動する若手芸人たちのネタが面白いのは、かわる景色にいつも身を置いているからだと思っているのだが、逆に景色が変わらないと人間の脳なんてそうやすやすとリセットしてくれないものだとも思っている。 その仕事が重要であればあるほど、意識のリセットの違いというのは、金額換算すると膨大になるということを、ゲーム開発という仕事を通じて学んだ気がする。