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斎藤由多加のブログだよ

命ある肉体に刃物をいれる


娘が高校の生物の授業で、「解剖」をすることになったそうですが、肝心の「動物」を納入している業者にいわせると、今年はカエルの冬眠が早いそうな。なので、カエルが実験に必要な数集まらず、その結果、解剖の授業は急遽「ハツカネズミの解剖」となったそうな。

娘の報告によると、白いハツカネズミというのは、目はうさぎのように赤い。ところが解剖が進むにつれて、眠ったままネズミは死んでゆく。それにつれて、この赤く透き通った目が、だんだんと白濁してゆくんだそうです。
最近の多くの子どもたちは「ハムスター」を飼った経験が多いことも手伝ってか(うちの娘もその一人ですが)、生徒たちは「泣きながら」の解剖授業となったという話。

この手の話は、細かく書くと「残酷だな」とか「かわいそう」とか「きもちわるい」ということになる話ですけど、敢えてその先まで書くと、解剖の最後には、ネズミの頭蓋骨だけをとりだし、それを硝酸にいれる。硝酸によって頭蓋骨が解けると脳を傷つけることなく取り出す事ができるんだそうで、それを標本にして考察するそうです。女子高生の授業にしてはかなりリアルで、かつ手を汚す体験です。

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僕の同級生は医者になった者も少なくないのですが、彼らにいわせると、手術メスを握って死体の解剖実習している初期の医学生の時期は、食欲がめっきりなくなるそうです。中でもとりわけ「スパゲティー」が食べられなくなるらしい。が、いつしかそれにも慣れ、そうこうしているうちに、いっぱしの医者になると、スパゲッティーを見ても何も感じなくなる。感覚が麻痺する、と一般人がいうのはたやすいけれど、僕たちがもっているものをひとつ犠牲にして仕事をしているという点で、これはすごくありがたいことなんだろうな。

僕の兄は、医者ではなく歯科医ですが、口腔外科ですので、頭蓋骨に囲まれた独特の部位を手術するのが仕事。僕自身、歯の根が腐った時、この兄に処置されたことがあるんですが、歯ぐきをひっぺがし、頭蓋骨と顎の間の部分を開くので、のみととんかち(のようなもの)でがんがんとやられたわけ。このときの恐怖はいまだに夢に出てくるほどですけど、自分自身のことですから、記憶に幸か不幸か映像がまるでない。しかし医者である兄は、自分の弟が血を噴き出させて「うわー」と叫ぶ中、そ口腔部の頭蓋骨を開くわけですから、まっとうな神経でやっていたら手術にならない。ま、図太さがないとやってられない仕事なわけです。

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はなしは突然かわるけれど、「すいざんまい」で寿司をたべていると、時々ちりんちりんという鐘の音がして、「みなさぁん、いまから、石鯛をさばきまぁす」というかけごえとともに、水槽からいきのいいのを取り出してさばくイベントがある。
カウンター席でその様をみていると、こういう「解剖」とか「手術」と似たようなシーンが繰り広げられるわけ。ピンピンと飛び跳ねる石鯛の頭を、まな板の上に押さえつけ、頭をハンマーで一発どかんと叩く。失神している鯛の後頭部の局所に板さんはすかさず細身の包丁をずはりといれ、血抜きをする。まったく動かなくなったかに見えるまな板の上の鯛は、しっぽだけが条件反射でときどきぴくり、とする。あっけに取られている客を尻目に、あれよあれよという間に形ある生命がたんなる肉体だけになり、その直後は切り身と骨だけになる。そのまま皿に乗せられ、そのひとつを箸で口に運ぶことを待っている人間たちがカウンターに並んでいる・・。

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医者は「生かす」という大義が、そして板さんは「食する」という大義が、それぞれあって生命ある肉体に刃物をいれます。その間にいる僕らはというと、何も考えずに、日々をのうのうと生きている。で、「うわー残酷だぁ」とかいいながら、ビールを片手にそれらを食ってる。こういう僕らがいちばん命を知らない人種なんでしょうね。医者も、板さんも(それ以外の食材を手がける人も)、ぼくらのようなただの人間を生かすために、自分の手を汚し、命を向き合っているわけで・・・。

解剖実験を通じて、17歳の娘がそういう人たちに、そして動物たちに対して感謝の念をもってくれればいい、と口にするのは簡単ですけれどね。親である僕たち自身だって、そういうことの本当の意味をからきし理解できていないんでしょうね。人間社会は役割分担でできてますから。それこそが、なまぬるい「平和ぼけ」ってやつなんでしょうね、たぶん。