YOOT.COM

斎藤由多加のブログだよ

アトムやビットやクラウドのデジタルエンゲル係数

質量を伴う物質(アトム)から重さのない情報(ビット)へと、はげしく移行する時代を人類はいま経験し、そしてさらに、ひとたび物質という束縛から解放された情報群は、一気に水が蒸発するかのごとくクラウドの時代へとなだれ込んでいます。

僕は、これまでたくさんの書き物(書籍に限らず、仕様書だとか、ブログだとかを含めて)を書いてきましたが、かつての「ペーパレス」という言葉にのっとっていえば、たくさんの紙資源コストを節約してきたのかもしれません。あるいは、数万枚にのぼる写真データを紙焼きせずに済んでいるわけですから、現像代とかプリント代を削減してこれたといっていいのかもしれません。

しかし、そういった紙代や現像代やらを節約するかわりに、どれだけのITコストを支払ってきたのだろうか、とざっと計算してみると、この10年間で、数百万円のコストを払ってきた事実に行き当たるのです。それは、たとえば、家に引いているプロードバンドネットの代金(月5000円程度)であったり、携帯の固定データ通信費用であったり、MaciPadの代金であったり・・といったものの10年分の合計です。つまり、本当のところ節約してきたのか、むしろ散財してきたのか、よくわからないぞ、という話。

********

18歳になった娘が生まれた頃の映像は、いまだにビデオテープという形で残っています。これらは、どこかで消失したり紛失しないかぎり、なくならない。8mmビデオなんてハードはそろそろ社会からなくなりかけていますけど、カセットテープという質量があるデータはそうそう破損しないし、データ消滅しないから安心感がなんとなくあるんです。ビートルズの音源がいまだにどこかの倉庫に残っているのと同じです。

ところが、娘が小学生になったあたりからは、デジタルカメラ映像としてハードディスクに保管されていたものですから、実はけっこうこの時期のデータが紛失してしまったり破損してしまっている。

デジタルは劣化しないというふれこみで、なんてぜもかんでもデジタルに移行してきたつもりが、娘の成人式を控えて途方に暮れ始めているのです、「デジタルは経年劣化しないが、物体と違い、一瞬で消滅する」という事実に

「バックアップをとっていないのがいけない」と専門スジの人間は口を揃えて言います。いやはやそのとおりかもしれません。しかし、バックアップをとるコストと手間なんてのは、デジタル情報の不安定の別称です。これがけっこうなコストです。かくいう僕のデスク上には2テラバイトのハードディスクが2機、デュアルで作動していますけれど、そんなもん、なんこバックアップをとったって、消滅するとなったら一瞬です。何世代バックアップをとってもきりがない。そう、僕にいわせれば、「デジタル情報は瞬間劣化する」のです。

******

古い箱の中には、いまはなき母親の写真が何葉もはいっていて、もちろん画像は劣化しているけれど、60年間もの期間、完全消滅することなしで、存在しつづけてくれています。もしこれがデジタルだったら、僕の手元にこの若い頃の母親の画像は残っていなかったのではないかと思うのです。いま書いているこのブログの原稿だって、コンセントが抜けたら一瞬で消滅、です。原稿用紙という質量を伴う媒体だったら、そうそう簡単には消滅しない。

*******

デジタルというのは、あくまで記録方式のことです。映像であれ音であれ、再生されたとたんすべてアナログにもどされないと人間の器官にははいってこない。いいかえると、デジタルってのはアナログ出力される前の過程、つまり解凍待ちの冷凍保管の状態といえるのかな。最先端の冷凍機器に守られてないと一瞬で腐ってしまうデリケートな食材。それに対してアナログってのは、質はすこしづつおちるけれど、何十年も腐敗しない、常温保管可能な食材みたいなもの。この冷凍機器にかかるコスト、が、これからの60年間でいくらかかるのか、これらのコストをデジタルのエンゲル係数とよぶならば、かなりの比率をしめることになりそうですよ。というのも、最先端の冷凍機器ってのは、バージョンアップがありますから引っ越し費用がばかにならない・・。

そう、僕らは、しらずしらすのうちに、この「デジタルエンゲル係数」というとんでもないコストが日々上昇する時代に突入しているのかもしれません。そして人類がそのコスト負担にすこしづつ気付くその前に「クラウド」という無料レンタル倉庫サービスのその甘い誘惑に流れ、貴重な家族のデータを他人の金庫にあずけはじめているのかもしれません。クラウドと言う名の情報銀行は、けっして破綻するはずが無い、という迷信への依存度を高めながら・・・。