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斎藤由多加のブログだよ

どうか奇蹟がおきますように

ただの日記
今日未明に突然鳴った電話は、義理の父が突然倒れたという不吉な連絡だった。
家族で車に飛び乗り、真っ暗な首都高を千葉方面へと急ぐ。

救急車でどこに搬送されたのかはまだわからない。なにせ同乗しているはずの義理の母は携帯を持っていない。あまり使わないという理由から3週間前に解約したばかりだった。

受け入れてくれたのは県内のある病院の住所が、メールで父母の向かいのご一家から届いた。カーナピに住所をいれ、訪れたこともないまっくらな国道をひた走る。このご一家は、向かいの家に救急車が来たと気付き、あわてて出て来てくれたのだという。こういう近所付き合いって貴重だと痛感した。いまの時代にあまりない。

到着したのは、深夜の闇に静まり返った、というよりも「閑散とした」という表現が似合う古い病院だった。何をすればいいかわからない様子の義理の母がいた。しばらく廊下で待っていると、宿直の脳外科の医師がCTを見て、別室に呼んだ。そして「覚悟してください」とはっきりといった。持病の心臓かとおもいきや、脳内出血だった。「助かっても植物人間」という言葉もはっきりと使われた。不謹慎だが、いやなヤツだと思った。もうすこし希望の可能性についても言及したらどうだ? きびしめにいえばいいってもんじゃない、とも思った。人間、困り果てると、ついこうなる。わかってはいるんだけど・・

実母の最期は、深夜の病院で繰り広げられるの壮絶な光景の中で、だったけど、義理の父はストレッチャーでゆっくりと深夜の病室に運ばれて来た。不思議なほど人気のないフロア。

病室の間を冷たく通る暗い廊下の隅で、義理の母が問診票と連絡機を書いている。動転した気持ちをなんとか抑え込みながら、一枚の神を書くのにずいぶんと時間がかかっている。その姿がわずかな照明に照らし出されて不思議な映像になっていた。

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意識のない義理の父は、ときどき苦しそうに嗚咽する。看護士がチューブで口の中の汚物を吸い出す音だけが響く。そんなものものしい光景すらも、命の反応を示しているというだけで身内の者には、ありがたい。

院内でぱちぱちと写真を撮る僕は、不謹慎な男に見えているにちがいない。いや、人の不幸を写真をとるという行為は、とても失礼なことだと自分でも思う。僕は母の時もそうだった。だから母が他界した瞬間の写真がハードディスクの中に残ってる。死化粧をした母の顔も正面からぱちぱちと撮った。身内じゃなかったら殴られていたことだろう・・

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やがて窓の外が明るくなり始めて、いつしか昼になった。駆けつけたわずかな身内が大きな声で父に語りかける。父が愛していた、あと二週間で18になる娘も、「じいじ、がんばって」とかたりかける。父とは血はつながっていないからこそ、優しい人だと実感できる人だった。人付き合いが苦手で、人がよくて、控えめで、それが故に鬱持ちの父だった。自宅にこもり気味だったが、昨日は「久々に歩きすぎた」とうれしそうに語っていたらしい。トイレで倒れているのを深夜に母が発見した。一人でテレビを一階のこたつで見ているのが好きなことが仇となって、発見が遅れた。

午前中に再度とったCTを見て、医師はふたたび、期待してはならないと語った。「もうすこし何かないの?」と再び思った。
同級生に医者が多い事が、何の役にも立たずにいま、父は経過だけを見守られている。何もできないまま、ただ「見守られているだけ」の父。
突発的な病には、コネなんてのは無意味なんだなぁ。だって、ただ「受け入れた」という、縁のない見知らぬこの病院で、ただ神の気まぐれに命をまかせるあわれな父がいる。

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人間は、虫のいいものだ。困った時にだけ、神を信じようとする。
僕は、何かがうまくいった時に、神さまにお礼をいったことなんか、ない。自分が立派だったとしか思ってない。僕が神だったら、こんなヤツの願いなんか絶対に聞かない・・・

でも、そんな不信心者ですけど、神さま、どうか奇蹟を起こしてください。都合のいい話ですけど・・・