斉藤由多加 (Yoot Saito)
さいとうゆたか
 

東京生まれ。ゲームクリエーター/株式会社ビバリウム。ゲーム作品の代表作は「シーマン~禁断のペット」「大玉」「ザ・タワー」など。ゲーム作品の受賞歴としては、文化庁メディア芸術祭で特別賞、米国ソフトウェア出版協会でCodies賞、Game Developers' Awardsなど。 TheTowerDS が08年6月26日に発売予定 
 使用カメラ/ライカM8 愛用レンズNoktilux 50mm F1.2など

株式会社ビバリウムのサイトはすこしリニュアルしてwww.vivarium.jpに移動しました。
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自己証明のための携帯電話番号と連絡先としての携帯番号の分離の時代

最近はじめた「路上で100万円を発見する方法」というメルマガがあるんですが、そのメルマガにはどんなことを書いているかといいますと、もともとはゲームの発想法を書こうという趣旨だったんだけど、開始してから約一ヶ月半、ずっと自分の興味の対象である「モバイルアプリ」について語っちゃってます。

そもそも僕は、マーケッターではないから、どこの会社がどういう動きをしているとか、どことどこがいくらの規模でどうだ、とかそういう現在完了形のニュースには疎いのですよ。僕が得意なことがあるとすれば、「世の中はこういうものが必要だ」とか「こういうものがあれば絶対におもしろい」といった、いわば客観的な根拠のない、現在取得可能なマーケデータとは非連続な場所にある、自己潜在願望の発見物のようなことを書いていて、それはつまりいつもやっている自己対話の中で次の製品を発想する体験そのものだったりします。

下に紹介するのは、ついさきほど書いた今日配信するメルマガの原稿の一部(前半)です。こういうのが送り届けられるメルマガ、おもしろいと思ってくれたら読んでくださいね。(初回登録がやや面倒ですけど)

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海外とのテレビ会議が無料なのに、音声通話だけはバカ高いことに疑問を抱いた人はいませんか?

今回だけはちょっと理屈っぽくて、長いメールになります。前回の「アップルが電話事業をおっ始めるんじゃないか?」という勝手な憶測の続きから。

 

●電話ビジネかの意味が変化していること

さてここでいう電話事業ってのは、アンテナを敷設して・・ということではない。前回のコカコーラ方式と同様、グローバル勢からしてみればそんなのはローカルの企業がやればいいことです。

 

電話事業のカギって何か、となると、「アドレシング」ってことに行き着きます。電話で言うならば電話番号を割り当てる権利。サイトでいうならばURL、メールでいうならばメールアドレス。このアドレシングを行う権利はこれまでは公的機関が多かったけれど、ワールドワイドな複合サービスになると、競争に勝ち残ったどこかの企業ということになる。その企業は、人類のコミュニケーションの行く末を左右する影響力をもつことになります。かつて旧電電公社によって「取り次ぎ交換」や「番号案内」が独占されていたのも、この覇権をもっていたのが理由。

 

これまでの電話事業では、政府の小会社である旧電電公社(NTT)がこの「電話番号割り振り」を一手にやってきました。しかし携帯電話では3キャリアに分割されておこなわれてきた。しかしそこに「個人情報保護法」も登場したので「携帯電話の番号案内」は不在のまま。昔の分厚い「電話帳」がなくなったことがSNSの必要性を押し上げているともいえる。

アンテナや巨大なケーブルの敷設投資がおわった時代の先に出現するものはなにか?それは電話会社の「ソフト化」です。いいかえると、一般消費者による「てっとり早く人を探して、その人に接続してください」というサービスへの欲求です。巨大に長い番号を入力する時代は、もう終わりました。「本人特定→(承認)→接続」です。

 

●本人認証

僕たちがいまつくっているアプリは、かつてのように携帯メアドやツイッターIDなどを使いません。本人認証にはその人の「電話番号」でする建て付けになってる。

その理由は、申し上げた通り、この電話番号がとても重要になると思っているからなんだけど、でもそれは、本人が本人であるための担保としての意味です。

社会保険番号みたいなもので、「だれもがひとつもっているひと」と「連絡先でもあること(=SMS)」そして「ころころと変わらないこと」が重要なだけでして、ツイッターIDのようにそれを他人に広く公開するためという意味ではない。今までややこしいかったのは、この「電話番号」という日本の電話キャリアが割当てた「個人ID」意味と、もうひとつ、「連絡先」としての意味がひも付いたまま、だからです。そろそろそれを分離する時代がくる。(以下つづく)

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「手を抜いた企画」の意味・・・レベル5「ギルド01」参加のビデオにかけた想いとして

昨日と今日に開催されたレベル5さんのイベントで発表された「ギルド01」という4本のミニゲームで構成される作品にクリエーターとして参加している。

仮称で「エアポーター」というこのタイトルに関して、イベントで流すためのビデオで、けっこう今の時代に重要と思われることを発言したつもりなのだけど、残念ながらほとんどがカットされてしまったので、(このカットは必ずしも誤った選択ではないと思うが)、製品PRの意味も込めて、何を語りたかったのかについてこのプログですこし補おうと思うんです。話したかったことは、実は大切なことと思っているので。

さて、そのビデオの中で僕は、「いかに自分が手を抜くかを最優先にして企画した」と言ったんですね。これは奇をてらったのではなく本意です。仕事的背景がないわけではないが、でもいちばん大切なことは、(そのインタビューの中で説明したんですが)、実はユーザーが払う「ラーニングコスト」が小さい新規ゲームをつくりたい、という意味。

物語性とか世界観がバカみたいにでかくて、お金もかかってて、しかも新機軸で・・というゲームは、いまどきはなかなかつくれる環境ではない。なぜならユーザーが「どんなゲームか?」を理解するために相当な時間を費やす事になるでしょ。 これ、定価とは別にユーザーが負担しなければならないコストで、僕は「ラーニングコスト」と呼んでる。このラーニングコストは安ければ安いほど、いい。中身が浅いこととのジレンマにクリエーターは悩むことになるが、いずれにしてもこの考え方だけでもいまのコンシューマー業界に広まればいいなぁという想いをもってます。

お約束のRPGだったら、まだいいんです。世界観が違うだけでゲームそのものはだいたい同じですからね。でもそれじゃ新機軸にならないわけです。新機軸のゲームってのは、「このゲームはこうするとこうなる。これが面白いんですよ」って文脈構造がわかるまでに何分、いや何時間、かかるか、が問題になってくる。とくに最近はSNSゲーム儀主流になってきているから、コンシューマーは忍耐強くない。ライト性は普遍的に重要です。

今回のエアポーター(仮称)に関する説明では、テトリスがそうであるように、「あ、なるほどね」と、できればゲームを最初に立ち上げて1分以内にユーザーにルールを理解してもらえるものにしたかった、という話しをしたんです。そのために企画者がすべきことは何か?というと、たったひとつの切り口で、ゲーム性が成立するところまで至らせることなわけで、これすなわちミニゲームの極意なのです。企画をいろいろとてんこ盛りにして質を量でごまかしてはならん部位です。それを「いかに自分が手を抜くかを最優先につくった」という言葉で表現しました。(笑)

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レベル5さんの担当者は、若いけど熱意のある好青年で、この好青年が熱く誘ってくれたからこの仕事は引き受けたのです。でも一方で、やはり若いから当然なのですが、時期によって要望がいろいろとブレてくる。とくに今回のように一般公開した後とかにはね。こういうのはよくある話しで過去も何度か体験してきたんですけど、そういう時に、クリエーター側は「でん」とゆずらず、コンセプトを貫くってのがこの手の仕事ではとても大切です。

クライアントとかテレビ局の発言に影響され過ぎてこの一本のコンセプトを見失っちゃうと、それはCMでも小説でも映画でもすべておなじだと思うんですが、増改築のつぎはぎだらけの建築物になっちゃう。そうなっちゃうと目も当てられないわけ。ゲームでもこれはぜったいにやっちゃだめなんです。

ちなみにこの7月と8月が、クリエーターとしての僕は失業状態だったので、この期間ですべて企画が終了できる程度の「ハマれるゲームをかんがえろ」ってことになるんだけど、かなり難易度が高くておもしろそうだった。オムニバスってのは、予算も納期も、鉄板ですから。ちなみに開発は社長が信頼できる外部のとある会社さん。

ま、これは制作側の話。

結論的にいうとプレイヤーの印象として「ちょっと物足りない」くらいにいわれるのがベストと考えた。新機軸のミニゲームで「ちょっとものたりない」ってかなり得難い褒め言葉です。なぜかというと、そういえるまでプレイヤーはそのルールを完全に理解した、ということですからね。そうなったらそれを続編でたっぷりやりゃいい。てんこ盛りにしすぎて「よくわからなかった」という消化不良の事態こそが、ゲームクリエーターとしての僕の最大の敵、ということになるのです。

 

そんな思いで、「かなり自分を押さえて」つくったという意味で、新境地といえると思ってる。いや、むしろこれからの時代のキーワードだとすら思ってます。

そんなこんなで、このオムニバスにはヒットしてもらいたいし、プロとしては、その牽引を自分の作品が担いたいとは思ってます、いつも通りに。しかも、ニンテンドー3DSにはヒットしてもらわないとね。「日本の外貨獲得産業」の担い手ですから、任天堂は。

ちょっとかっこつけすぎたかな・・。

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本を出しました。

昨日自社から(オープンブックといいます)出版社として名乗りを上げてまでして発売した「林檎の樹の下で」という本があります。この本を、ぜひとも読んでほしいんです。お断りしておきますが、商売の意味ではありません。商売するんだったら書籍の出版なんてぜったいやらないと思う。

 

 

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実を言うと、この本はねジョブスと日本人のノンフィクションである以前に、30代になった僕が6年かけて書いた本、という意味でも読んでいただきたいのです。独立したての頃に、国際電話をして取材申し入れをして(ネットなんてあってない時代ですから)、当時のどんな人たちと会ってきたか、書籍化の予定もないくせに、どんなことを聞いて回ったのか、という記録でもあるのです。言い換えると娘が生まれた直後の僕は、いたいなにやってたんだ?という、脱サラの記録でもあるわけです。

30代の人は30代なりに、同世代の人は、当時の僕と比較しながら、ね。 三回目の復刊なので、あとがきが7年おきに三つ収録されていて、あとがきはいつも脱稿の最後の一時間で書くクセがあるんですが、そのぶんそれぞれの時代(僕だけではなくアップルそのものも変化してますよ)の生の言葉が書いてある。直接の知人の皆さんにはそこも、おもしろいところだと思うのです。 http://amzn.to/r8pPZQ