斉藤由多加 (Yoot Saito)
さいとうゆたか
 

東京生まれ。ゲームクリエーター/株式会社ビバリウム。ゲーム作品の代表作は「シーマン~禁断のペット」「大玉」「ザ・タワー」など。ゲーム作品の受賞歴としては、文化庁メディア芸術祭で特別賞、米国ソフトウェア出版協会でCodies賞、Game Developers' Awardsなど。 TheTowerDS が08年6月26日に発売予定 
 使用カメラ/ライカM8 愛用レンズNoktilux 50mm F1.2など

株式会社ビバリウムのサイトはすこしリニュアルしてwww.vivarium.jpに移動しました。
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人類タイマー

カーナビ特有の、親切でいて、でもなんとも無機質な音声ガイドを聞いていて、ふと、こんなドライな語り口調で、「お客様が怒り出すまであと200メートルです」なんてタクシー運転手が予告されたら、どきりとするだろうな、と考えたことがあった。

そんな事を考えていたら「あなたの運命の分岐点まであと500mです。そこを右折、です」とか、「今の一言で、恋人はあなたに愛想を尽かしました。破綻まであと3日と4時間20分、です」とか、そういう未来ナビをテーマにしたゲームをつくれないかな、なんて考えるようになって、「人生タイマー」というタイトルに至った。

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地図というのはすべて人が踏破した場所の記録だ。だから、地図は言い換えると、「常に過去」を表している。だからたとえば未来地図なんていうフレーズ、これは、「黄色いモンシロチョウ」と同じくらい、矛盾した造語なわけで、永遠に手に入ることのない人類の憧憬。未踏の惑星の地図のようなもの。でも、だからこそ人はそういうナビを欲してしまう。より有利で恵まれた人生を歩みたいという、飽くなき人類の強欲さの象徴なんだと思う。

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スタンフォード大学の人類学の教授である別府春海氏が、「Shougai(生涯)」というアプリを教材として制作したのは15年以上前のことだ。それはごく平凡な日本人の少年の人生を分岐選択型ゲームとして描いただけのものであった。主人公はその中で太平洋戦争を体験することになる。アメリカ人の生徒たちは主人公になりかわり焼夷弾が降りそそぐ中を、「右に逃げる」か「左に逃げる」かを選択する分岐に直面する。ちなみにユーザーは、左に逃げると生き延びるし、右に逃げると、死ぬ。

この選択肢にどういう意味があるのか、ゲームクリエータの駆け出しである僕は別府先生に訊ねた。すると「まったく意味はありません。ただ、私はこの時に、たまたま左に逃げた。そして生き延びた。右に逃げた友は、死にました。それくらい、人間の命なんてはかないものだ、ということを、自己合理主義のアメリカ人に教えたかったのです」と氏は答えた。これほど深いゲームの選択肢を、僕は、まだみたことがない。

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現代人は、人の命の重さを何よりも尊いと規定して、その大義をふりかざすことで自然を亡ぼして生きてきた。「人の命100人くらいだったら海洋資源のほうがよほど大事だ」なんてことをいったら袋だたきにされるのが、民主主義の世界だ。

でも、動物たちは、いや、昔にいきた人たちは、きっと、もっと自分の命をはかないものと考えていたに違いない。大きな力の流れの中で、あっという間に失われてしまうもの、そして生物というのはそれを受け入れるしかない、力ない存在。種というのは、自分一人だけが生きることに固執してはならない、全体主義の中の、ごくわずかにな存在・・・

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テリー伊藤氏が、先進国の出生率が低いという話題において、、バラエティー情報番組内ではからずもいった言葉を、いまでも記憶している。「人間、豊かになればなるほど、子どもはつくらなくなる。どんどんと自分が可愛くなっちゃうから」

学校に怒鳴り込んだり、購入商品のことで企業を脅したり、人前で店員を叱りつけたり・・そういうモンスター化した現代人たちの行動は、自分がかわいくてかわいくてしかたがない、というその兆候なのだとしたら、人間が生き残る術は資源枯渇による氷河期を再体験するしかないのかもしれないなぁ・・。そんなことを考えているうちに、「人生タイマー」ならぬ「人類タイマー」を誰かが発明しないとならないぞ、なんて60年代のSF小説家みたいなことを真面目に考えるようになってしまったのであります。

HiromiBirthday0712 082

△人間ってのは、自然が長年かけてつくった秩序を、ただひたすら壊して豊かさを手に入れてきた生き物だと最近とみに思う。

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ハバナの風景  HavanaReport#1

一昨年のゴールデンウィークに、豚インフルエンザパンデミックのせいで全面キャンセルをくらったリベンジで、僕はこの年末休みに、強行でキューバの首都ハバナに行ってきたのであります。その写真を、すこし紹介します。カメラはLeicaM9+Summicron 35mmF2.0 と、一部ライカのパナ製デジコン。(波に足下をすくわれ転倒落下。そのせいでM9は途中から故障し戦線離脱したのでした)

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要するにノスタルジーなんだろうな、キューバーがここまで誘う引力の根源は・・。

人間には古いものとか珍しいものを欲する性質がある。

とくに、誰しもが知っているもの、それでいて手に入れることが困難なものには高値をつけたがる。ノスタルジーってやつでしょうかね。

社会主義の国なもんだからキューバーの生活水準は日本の昭和40年代のレベルでとまっていて、(これがけっして悪い意味とは限らないあたりが重要です)、一方の風景としては50年代のアメリカが送っていた生活がそのまま残っている。

僕は、だからそれが見たい、というんだと思う。ただ単にカリブのリゾートにいきたいのであれば、米国から直行便がある別の島々がその周囲にうんざするほどあるのだから。

 

キューバの引力の根源は、ハバナという街が持つ「歓楽街」の歴史だ。人々に「カリブの賜物」と言わせしめるほど栄華を極めた歓楽街ハバナ。マフィア、カジノ、酒、葉巻、そして女。失われた楽園、がここにはあった。誰しも男なら憧れる、華々しい時代。

その風景は、「革命」という非連続的なイベントによって真空パックされ、そして50年が経過した。

「千と千尋のかみかくし」じゃないが、人は完全に入れ替わり、スペイン帝国が栄華を極めた時代の植民地の建物と、50年代のアメリカ車だけが、タイムマシンのように保存されてた街、それがハバナ。 Havana1

Havana4

 

Havana3 

 Havana8

Havana18

Havana6