斉藤由多加 (Yoot Saito)
さいとうゆたか
 

東京生まれ。ゲームクリエーター/株式会社ビバリウム。ゲーム作品の代表作は「シーマン~禁断のペット」「大玉」「ザ・タワー」など。ゲーム作品の受賞歴としては、文化庁メディア芸術祭で特別賞、米国ソフトウェア出版協会でCodies賞、Game Developers' Awardsなど。 TheTowerDS が08年6月26日に発売予定 
 使用カメラ/ライカM8 愛用レンズNoktilux 50mm F1.2など

株式会社ビバリウムのサイトはすこしリニュアルしてwww.vivarium.jpに移動しました。
フォトアルバム

« 2009年9 月 | メイン | 2009年11 月 »

|

夫妻と負債

今日、仕事関連で初めて知った事ですけど、夕張市ってのは巨額の負債を負って実質は破産した市なそうな。行政区が破産する、という定義の意味そのものが僕にはまだピンと来ないのだけれど、ということは、日本も破産するってことがあるんだろうか?? 

とま、それはそれとして、この夕張市は離婚率が日本で一番低いんだそうな。
で、負債と夫妻をかけて、夕張市は「いい夫妻の街」として観光事業に着手したんだというじゃないですか。さっそくネットでググってみると、「父さん」と「倒産」を、「赤字」と「まっ母さん」をかけた「夕張夫妻」というキャラクターを市は売り出し中。キャツチフレーズは「金はないけど愛はある」とのこと。

最近、地方の村おこし関連で自治体がつくるキャラクターが、実におもしろいのであります。

|

なんとか症候群

人は目覚めると忘れてしまうだけで、寝ている時はいつも夢を見ている、といいますけど、ほんとうのところはどうなんでしょうかね。覚えていないながらの僕は、実はどんな夢を見ているんだろうか? 起きても覚えている夢とは何が違うのだろうか?

夢というのは、ちゃんとした名詞として存在するくらいだから、その存在は広く認知されているわけですけれど、かといって確かめる術がこれほどないものもありません。もし、夢を見る人がごく少数だったら「ほんとかよ?」ってな類いに扱われているべきものです。幽霊を見たとか、UFOをみたとか、みたいに、いや、幽霊やUFOは写真などがあったりしますが、夢はそれすら存在しないですから、もっと「たわごと的」なものになってしてもおかしくない。なのに幽霊やUFOよりも存在が市民権を持っているのは、要するに、「オレはこういうモノを見た」と言い出す人が多いおかげ。つまり、報告数、ということです。

かつてこんな経験があります。
ある日、風邪が流行りはじめた季節ですが、朝おきたら、なぜかクビがいたい。ちょうど寝違えたような痛みが2日ほどつづいたのです。寝違えるなんてこと、滅多にないのにおかしいな、とは思ったけれど、それ以外に首が痛い理由が他に見当たらないからそう思うしかない。会社にいつてその話しをしたら、「へぇ、実は僕も先週クビを寝違えたばかりですよ」と後輩がいうんです。「ちょっとした偶然だね」、とその話しは終わったのですが、それにしても奇妙な偶然といえなくもない。で、好奇心で、「最近クビ寝違えたことない?」と他の周囲の同僚に聞いてみたんですね。そうしたら、あとふたりほど、同様の者がいた。

「ははん、これはきっとウィルス感染による症状だぞ」とおもい、まだ風邪を引いていない後輩数名に、「おまえ、そのうちクビを寝違えるから気をつけろ」と無責任な未来宣告をしたら、数日後そのひとりが「寝違えました」といってくる。ビンゴ、と思うけれど、不思議そうな表情を彼らにこの根拠のない話しをどう説明したらいいものやら。

この件の真相はわからないままだけれど、実は、ちゃんど言明されていないだけで、そういうことって僕らの周囲にたくさんあるんじゃないかな。

これまで「突然死」として片付けられてきた中高年の睡眠中の死亡事故、実はそのほとんどがいわゆる「無呼吸症候群」によるものということが最近判明してきたそうです。無呼吸というのは、ようするに「いびき」、の親玉ですね。ですから最近、「いびきをかく」というのは危険な徴候と考えられるようになってきたようです。体調不良で医者にかかると「いびきはかきますか?」と聞かれるのもそのせいでしょう。

この「症候群」という言葉、英語でいうとシンドロームですが、この言葉が意味するものというのは、「原因が不明だがどうもあちこちで報告されている現象」、といった意味です。そう言い出す人が多くなり、そして専門家なんかが調査を開始し、何らかのきっかけでその原因が解明されると「病気」などに格上げ改称されるわけです。

その意味で、「夢をみる」といわれているこの現象、これはその原因なんてなかなか解明する人はいませんけれども、もしなにかの不都合と関係がみつかったら「症候群」とよばれることになる。そしてその因果関係が発見されようものなら、なにかの症状ということになる。そうなると「まずいよ、オレ、最近、よく夢を見るようになってきた」なんて事になるのかもしれない。

私たちが「なんとなく」見過ごしている、理由は不明だがごくごくあたりまえのこと、も、そこに他の事との因果関係がみつかったとたん、大きな意味を持ってくるわけです。知識とか医学とかいうものは要するに、こういう些細な観察を積み上げたものなわけですから。ま、こんなへ理屈をプログに書いていることそのものも、ただの夢戯言のひとつみたいな話しですけれど・・。

|

ハロウィーン

こと外国人の多い六本木近辺で日々を生きていると、「ハロウィーン」の到来を肌で感じることが多いのですが、逆にそのせいで「どうせここらだけの盛り上がりだろう」とたかをくくっていたりするわけです。

「クリスマスとバレンタインだけでじゅうぶんだろ」、などと思いながら、しかしここ数年、この「ハロウィーンの到来」があちこちの地域で目立つようになってきたではないですか。新浦安のぺこちゃんがこんなお面をかぶってスーパーの店頭に立っているくらいですから、これはもはや日本の一般人のイベントの仲間入りをしたという理解でいいのでしょうか?

Img_0042

世界で国と国が戦争を繰り返していた時代、征服者は、まずすべての基準となる暦をとり替え、その国の神話や歴史観を変えるために教科書を書き換え、図書館を燃やしました。そして自国の言葉を教育するために、授業の内容を刷新したものです。
国境線や法律を変えるだけでは人の価値観はかわらない。その価値観とは、じゃなにか、というと、歴史と、言葉、と、そして暦、というわけです。

そして振り返ると、戦後の日本も、それと同じことをアメリカにされてきた。だから、アメリカ人からすると、日本は「英語圏」なんですね。誰も英語を話そうとしない不可思議な英語圏。

近代アメリカは、そこでハリウッドという名の魔法を巧妙に駆使してその帝国主義を浸透させてきた。クリスマスというキリスト教イベントは、いつしかロマンティックな恋の舞台となって日本人の暦を書き換え、ディズニーからコカコーラ、マクドナルドやスタバやギャップらの企業がそれを突破口にどんどんと入ってくる、という仕組みです。ま、やや強引な表現ですけれど、そういうバトンリレーの展開がアメリカはとても上手い。その結果、日本のCDショップの「洋楽」の90パーセントが英語で、日本のこどもたちは白人を無条件に「アメリカ人」と呼ぶ国となりました。不二家のぺこちゃんが、ハロウィーンのお面をかぶっている姿を見て、それらはまだ続いているんだな・・なんて感慨深くおもってしまうのは「日本のおじさん化現象」なのでしょうかね?

Img_0043
▲だってちょっと恐いよ、このぺこちゃん。これ、キャラ的にありなんですかね?

アメリカ経済が崩壊しつつあり、ユーロがものすごい勢いであがる今(ここ数日で6円くらいですかね?)、僕たち日本人は60年以上続いたお手本を失い、「じゃ、誰の背中を追いかければいいんだ?」 となっているのが今だと思うのです。

洋画と邦画、洋楽と邦楽、和食と洋食、日本語と英語、カナ打ちとローマ字打ち・・・僕ら戦後の日本人はこれまで常にふたつのモードを使い分けることを訓練されてきたように思うのです。

ただやみくもにアメリカ、という文化を受け入れる時代は、しかし終わりに近づいているのかもしれません。「実は世界には、ほかにももっともっといろいろな国があるよ」、ということを、21世紀の前半は、僕たち日本人が学ぶ時代になるのかもしれません。そして、それはとてもいいことだと思います。

|

今月のイチ押しの本はこちらです

唐突ですが、今日の更新から「今月のイチ押し」というコーナーを新設することにしました。理由はとくにありません。
ということで、第一回はこちらです。青山ブックセンターの平積みから買ってきました。
L10109101

この手の昭和本を褒めるケースのほとんどは、いわゆるノスタルジーからくるケースが多いものですけれど、今回は違います。本書に取り上げられている製品のひとつひとつが、昨今の広告の技法だけでは打ち負かす事の出来ない存在感というか、オーラをもっている、のです。そこに感動したというのがオススメする理由。
まその意味では、この本が、というよりも、取り上げられているオリジナルの製品がすごい、ということになるでしょうね。それを感じとるための絶好の本。いわゆる「広告」のクリエイティブを評論する類いではありません。

L1010911_2

たとえば、以前にも触れたことがあるのですが、昭和40年代終盤のラジカセブームやベリーカードのブーム。この頃のラジカセというのは、今でいうiPodのような存在だったのではないかなぁ? いずれにしても中学生の僕にとっては、よくわからない専門用語も含めて、とても大人チックでカッチョいい存在でした。そういう憧れのメカの広告に夢中になっている自分までもが、むろんこれはすこし背伸びしているわけですけれど、そうしている自分自身がカッコいい、とまで思えてくるわけ。
L1010912
変身サイボーグというのも、テレビのヒーローキャラの人形遊びに飽きた小学生にとっては、科学メカっぽかった。でもこのシリーズでいちばん憧れていたのは、手に入れることはなかったけれど、ボタンを押すと彼らの声が再生されるという(製品名はおぼえていないけれど)へんな機械だった。オーディオ機械っぽい玩具ってのがそれまでにはなかったわけで、人形より遥かに大人っぽくてかっこ良かったなぁ。録音はできなかったけど、つまり使用目的はよくわからない機械だったけど。

ま、つまりそういう、男子にはやけに響く製品ばかりが本書では多く取り上げられていてたまらないわけですが、それは編者の方々が男性であるせいでしょうね。趣味的にも世代的にも自分と近い方々なのでしょうか。そのおかげでセレクションにムダがなく、それがなお良いのです。

残念なのは、任天堂の「ウルトラスコープ」と「光線銃SP」が入っていないことです。とくに「ウルトラスコープ」の当時のテレビCMはかなりかっこよくてですね、渋滞している車の席から少年が、この「ウルトラスコープ」で、他のイライラドライバーを差し置いて、道路の先方でなにが起きているかをチェックしてしまう、というだけのものですけど、それはそれは、男子にしてみれば、007なみにイカしたガジェットだったわけ。その広告、もういちどみてみたいなぁ・・などと感慨深くなったのであります。ちなみに任天堂を「花札の会社」と得意気に表現する40代が多いけど、すでに僕の時代の任天堂の製品は、「かなりハイテクでイカしていた」ぜ!? だからなおさら、あの広告がみたいわけで。(そういえば今日は新橋でMさんにご馳走になりました。なにか大きな賞をとられたそうでおめでとうございました)

広告コピーを振り返りながら時代性を俯瞰する、といった高尚(?)な目的の本ではなくて、どちらかというと雑多な広告図版を集めただけのものですけれど、その分、線の太い製品がずらり。今は大手になった企業も、はたまた名前すら聞く事がなくなった企業も、みな中小企業の勢いに満ちていて、それはちょうど、中小企業版の「ドラマ官僚たちの夏」といったところ。昭和の日本というのは、玩具も力強いなぁと唸らせてくれます。そんなのに比べたら、僕らのいるゲームの世界なんてさ、なんと線の細い広告しか打ててないことか・・。

ま、今日は疲れているのでとりとめのない更新となりましたが、今回からはじまった「今月の一押し」は、この「ちびっこ広告手帳2」なのです。1260円。もしかして、それでも若い諸君には「ノスタルジックな広告デザイン集」ととられてしまうのではないかなぁ・・。

|

監督!! これじゃ、しおしおのパーだぜっ!!

今日は疲れきっているので、ごく普通のブログっぽい内容を書かせてもらうぜ!!(大條風)

映画撮影のために仙台に行ったのは7月初旬のことだったかな?いや中旬あたりだったかな?二泊も現地泊でロケに参加したのに、ラッシュをみたらぜんぜん写ってないや・・これじゃ、しおしおのパーだぜ!! 往復の新幹線代返せ!!といいたいが、もともと支給されていたのでした。
でもゴリさんと競演できたのは、光栄でした。
さてこの映画のタイトルは「ゴールデンスランバー」です。
ヒントは記者会見のシーンです。
第二ヒントは、僕は捜査一課長です。
公開したら是非皆さん、みてやってください!!

L1010658