斉藤由多加 (Yoot Saito)
さいとうゆたか
 

東京生まれ。ゲームクリエーター/株式会社ビバリウム。ゲーム作品の代表作は「シーマン~禁断のペット」「大玉」「ザ・タワー」など。ゲーム作品の受賞歴としては、文化庁メディア芸術祭で特別賞、米国ソフトウェア出版協会でCodies賞、Game Developers' Awardsなど。 TheTowerDS が08年6月26日に発売予定 
 使用カメラ/ライカM8 愛用レンズNoktilux 50mm F1.2など

株式会社ビバリウムのサイトはすこしリニュアルしてwww.vivarium.jpに移動しました。
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今日届いた通販グッズは「机の天板をスピーカーにする」装置

ネットでちょっと触手が動いて購入した商品をひとつ紹介します。
机の天板をスピーカーとして共鳴させる、というもの。

おそらく皆さんの机上のPCは、ネットマシン以外にも、プライベートDVDシアター兼iTunes再生装置になっているのではないでしょうか。しかも、その机の上はUSBハブやら、拡張外付けディスクなどで満杯状態。できればモニターを2台おきたいところでしょうから、付属のスピーカーなどを置くスペースもない・・・。

この装置は、一番スペースを喰う「スピーカー部」を机の天板で代用してしまうという試み。
生では音が聞こえないエレキギターを、天板に密着させてポロンと弾くと音が突然大きく聞こえるという現象はギタリストならば誰しも経験があると思いますが、この商品をみて「それか!?」と衝動買いしてしまった次第。
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前々から気になっていること(最近のファミ通のインタビューなどでも話したことですが)、それが金属弦の振動を磁場変化としてコイルで微弱電流に変換して増幅させるエレキギターのしくみ。ここにボディの「木」の品質がどうして関係するんだろう? という素朴な疑問がありました。アコースティックならわかるけど、「オールドギブソンの乾いた木の音がいい」といって数千万もするレスポールが取引される、その理由をヒックアップと論理的に関連づけて説明できるのか?という疑問。今の時代なら新素材でもっと純度が高いフィルター効果のものがあるはずなのに・・・とね。
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木というのは、個体差の激しい究極のアナログ素材です。木製の製品ってのは、そのぶんデジタル機器みたいには陳腐化して古くならないし、「削りだし無垢」というのがやけ男心をくすぐる。だから木の製品ってのはいまだに魅力的だし、大きくて古いものほど高いものです。
そのミステリー(?)になんとなく近づける気がして(爆)、の今回のスピーカー購入。机の天板、見ようによってはこの上ないデカさの木の板ですから、これを振動させたらおもしろそうだな、なんてね。
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で、今日届いたばかりのこの商品を使ってみてひとつ面白いのは、「音がどこから出ているかわからない」という不思議な効果。机の天板の材質によって音の品質がどこまで変化するのか、の実験はまだやっていないし、音質がすごくいい、というものではないけれど、すくなくとも一つ言える事は、この小さな装置から音が出ているという印象がまったくないのです。だから配置的にはモニターの後ろ側においておけばいい。部屋全体から音が「ボワー」と沸き出している感じがおもしろいのです。ボール型の本体を天板から持ち上げると一気に音が消えるのは、単体では「震度」はしていても「音」は出していないから。このボールが重いのは、その重量で天板に密着して振動を伝えるだけの装置というわけ。ぜんぜん熱のないところで解凍する電子レンジをはじめて見た時のような感覚。
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以前に、ジョブスが来日した時に購入していったと言われる、筒型のかわった一本スピーカーの制作現場を見に行ったことがあります。音って、まだまだ未開拓な分野で、たしかにスピーカーの基本形は、何十年も変化してない。それを抜本的に変えてしまえ、という試みが21世紀になってからあちこで起きている。骨伝導を応用した製品もそのひとつでしょうし。
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音がいいというわけではない。だからこの製品がどれだけの利用価値があるか、は人によって意見が異なると思いますが、すくなくともちょっとした実験道具としてみると、とてもおもしろいんだな。もうすこし強力なものが欲しかったの言うのが個人的な印象ですが、サービス価格9800円という値段をどうみるか?

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今日からLeica M9販売開始

発表から発売まで意外にあっさりと来た感のあるLeicaM9ですが、国内第一ロットが今日から出荷開始の模様です。

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▲大きさはM8とまるでおなじ。

僕は、後のサービスを期待して銀座ライカショップに予約をいれたんですけれど、早くても一ヶ月くらい待ち、だそうです。
ライカショップはいうまでもなく定価販売。一方、量販店ルートだと割引とポイントで合計10万円以上の差が出てるようです。この差はでかい。早く手に入れたいという欲望と、安く買いたいという欲望が、ですからいま自分の中で錯綜しているわけですが、ビックカメラで聞くところによれば初回の入荷台数はたったの一桁とのこと。これでは、当分手に入らないやんか!  おそらく一番早く連絡が来たところで購入するだろうから、僕は結局、ライカショップでの定価購入になりそうです。

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▲小さなモノクロ液晶によるバッテリー情報は背面へと移行

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僕は、店頭でまだ触った事もないのですけれど(*注/その後本日の夕刻に店頭で触ることができました。文中の写真はその時のものです。)、このM9にはすごく期待していて、たぶん「これがいちばん自分が欲しかったカメラなんだろうなぁ」と日々期待に胸を膨らましているわけです。古いライカレンズを本来の設計意図で楽しむのがずっと夢でした。それが叶うわけだがら、楽しみでないわけがない。
とくに楽しみなのは、noctilux50mm f1.0とか、おなじく50mm f1.2あたり。デジタル画像でどんな絵になるのか、その手応えを待ちきれないのです。

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▲M8の背面と

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▲M9は、背面レイアウトが、完璧なまでに同じだった。

ライカショップさん、はやく一台、まわしてくれよっ!!

追伸

僕は、もしかして、ライカショッブさんでは面が割れているのだろうか?
今日店頭でM9の入荷状況について質問していたら、「お客様はどなたかわかってますよ」的な受け答えだったので・・・。なんか・・気になる・。

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▲これ、意外とかわいい。価格はともかくデザインで人気でるかも・・出荷はしばらく先だそうで。

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プロと素人と「えせプロ」

最近、タクシーに乗っていると、「どの道でいきますか?」とか「ここ曲がりますか?」と、いちいち聞いてくるドライバーが多いことに気付きます。なんで気付くかというと、そのたびにうとうととしていた自分が、ふと我に返るその回数が最近とみに多いからです。
それがここのところあまりに気になるので、ドライバーに聞いてみたところ、理由があるそうです。その理由とは、クレーマー客が多いとのこと。「なんでこっちの道をとおらへんのや!?」と大クレームを付けられ閉口することが最近多々あるせいで、「ここ曲がりますか?」といちいち確認する、という次第。

ま、それはそれでいたしかたのない事情なのでしょうが、乗客に意見させてもらうならば、これじゃ自分で運転しているのとあまり変わらないわけで、うたた寝をしたり、電話をしたり、つまり「車内の乗客の自由時間」が浸食されている、それが最近のタクシーというわけです。
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そもそもなぜタクシーに乗るのか、という話しですが、それは「道路状況のプロ」だからです。タクシードライパーに求めるスキルは、家族の自家用ドライブに求めるものとはちと違う。観光地などでは顕著ですが、その違いとは、「最短距離でいってくれる」という究極のプロさばきの有無。行き先をいえば、カーナビよりも高度に、混雑状況や最短ルートを判断してくれる。運転手というよりも、水先案内人、いや事情通。それがタクシーの運ちゃんのプロの腕でした。カーナビはずいぶんと進化しましたけど、事情通のプロと比べれば、その差は一目瞭然。。ところが、タクシーにこのカーナビが入ったおかげで、最近のドライバーは、プロのスキルが落ちてきている、その結果としての悪循環が、先のクレーマーの出現になってきているのではないでしょうかね?
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医者や弁護士や、不動産屋さん、内装屋さん、葬儀屋さんにいたるまで、プロというのは「困っている人を助ける」人のことをいうのだと思います。重要な判断を求められるのはクライアントとしてはありがたい。だけど、ガキの使いじゃあるまいし、細かな指示質問をいちいち求められると、「お金を出してこの人に何をお願いしているのだっけ?」と疑問が頭をもたげてくるものです。
どの業界でもプロは、困っている状況を、実に見事にさばいてくれる。こういう人はお願いする側としては、とても気持ちがいい。しかし、おなじく「えせプロ」という人も中いて、「この人大丈夫かよ?」と途中で不安に思えてくる。その時はもう遅し。

むしろ「自分はまだ素人なんで、道を教えてもらえますか?」と言ってくれた方がわかりやすくていい。「じゃ、別のタクシーに乗りますので」という選択肢を与えてくれるわけですから。
依然に、「ハンバーガーを待つ3分間の値段」という本を出したのですが、これは、社会に平然とある、こういう紛らわしい不案内さを、写真で撮りためたものでした。ひとことでいいますと、「はい、承りました」といって待たせるのはやめてくれ、せめて「3分少々おまちいただきますが、よろしいですか?」とマック並みに聞いてくれ、という意味のタイトルです。
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何年もひとつの仕事をしていると、ついぞ「自分はプロだ」と信じたくなるものです。しかし、プロと「えせプロ」の臨界線、それは実は「30分少々かかります」というちょっとした配慮の有無ではないか、と思うのです。いちいちこまかく確認する必要があるという話しではありません。客に「じゃ、その時間、居眠りさせていただきますね。」という、より有利な選択肢をくれる。その意味で「自分は素人なもので」という一言は、中途半端なプロより多くの選択肢をクライアントに与えてくれるという点で、むしろありがたいのと思う事が日常でもしばしばあるものです。

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マーケット連動型の作品

20世紀少年のパート2をDVDで見ました。
映画の新しいビジネスモデルなんですかね、この「あくまで結末へのつなぎです」といった「三部作品の第二部」が単体作品としてリリースされることが多いのは・・。
古くはバック・トゥー・ザ・フューチャーがそうだっけど、最近はバイレーツ・オブ・カリビアン、そして日本映画だとこの20世紀少年。第二部を第三部の一部として見るならいいのですが、単体作品として映画館に足を運んだ観客はどんな感覚で席を立つことになるんだろ? 脚本は浦沢氏とタッグを組んでいる長崎氏(もともとスピリッツの編集長)が自ら手がけているわけですが、この三部作という企画は作者としての本当の意思なのだろうか?それとも、配給側の意図なのだろうか?なんてことを考えながら見てしまったのであります。
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最近、書籍だとディアゴ・スティーニ・モデルってのがありまして(これは書籍というのだろうか?)、第一巻の売れ行きでそれ以降の部材仕入れを絞ってゆくそうです。なもんだから、第一巻は利益度外視の廉価で販売し、そのパイを広げる、って作戦。要するに、第一巻は、単体作品というよりも、内容のあるPR用チラシ、ないしは24やロストの第一話、ないしは、ひげ剃りの「柄」にあたる部分、ないしはユーザー争奪期の携帯電話機、つまり誘導用なのであります。
このモデルが普及していくと、そのうちに、「第一巻がからっきし売れなかったので途中廃盤します」ってのもありえるんでしょうかね。いや、もしかしたらすでにそういう例はあるんでしょうか? だとしたら途中まで買っていた人はつらいでしょうね、ガウディーならいいけど「安土桃山城が未完のまま完結」とかだとクレームだけじゃすまなそうです。
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連載ものを、部数による反応をみながら、内容的にも過不足なく完結させる事って、たぶんとても難しい技です。編集長の手腕のみせどころなんでしょうね。たしかに、かつて、隔週のメジャーな雑誌で4Pの連載をしていたことがありますが、編集長が当時著者である僕に、週ごとに出していた指示を思い返すことがあります。「こういうことか」といまにして謎がとける事が最近多いのであります。
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評判がいいので、予定よりも無理矢理ストーリーを引き延ばしている連続ものってのも、視聴者・読者は気付くものです。そしてその逆、つまり、途中でまとめに入っているのも同様。デビット・リンチがプロデュースの「ツインピークス」あたりも途中の混迷と後半の強引なまとめ具合がそんな感じだったし、テレビ版「エバンゲリオン」も、似たような匂いがぷんぷんした。テレビってのはそもそも視聴率連動ですから、テレビ版「宇宙戦艦ヤマト」みたいに、イスカンダルにきっちりと到着するように作り方ってのは、実はとてもむずかしいことなのかもしれない。
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連休中にビックカメラにいったら、マックの画面でWindows7のPR用DVDがプレイされていました。ウソのような本当の話しですが、店頭デモ機を納入したアップルは、マックの動画性能をWindows7DVDでアピールすることまでは予想してしなかったでしょう。マイクロソフトも同様にちがいない。マーケットに連動するというと聞こえはいいが、そもそもの制作意図を離れはじめるということは、ちぐはぐになってしまうリスクがあるということなのかもしりない。

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作家が、膨大なエネルギーをかけて制作した作品も、それぞれの思惑を持つたくさんの人の手を介しているうちに、二転三転し、ようやく放映したら打ち切り、なんて事例は山ほどあるのでしょう。
「男と女」というフランス映画(カンヌやアカデミーで多数受賞/1966年)のDVDの中に、当時駆け出しのクロード・ルルーシュ(監督・プロザュー サー)のインタビューがあって、「この作品がヒットしたから自分がいまいる。もしプロザューサーを兼ねて居なかったら、作品をここまでつくり続けられな かっただろう」と話していました。これが果たしてどういう意味を持つのか、市場に合わせて、なのか、あるいは、市場に左右されず、という意味なのか、創作 に関わる第三者としては推して余あるものがあります・・。

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Leica M9が本当に発表になるみたいですね

今日発売のビートルズのリマスターCDもそうでしたけど、「時差の関係で日本が最初」ってのが世界同時発表ものの特徴です。

そのせいというわけではないでしょうが、本国での発表を待たずしてM9の情報がすでにネット上に流出しているようですね。僕としては素直に「やった!」という感じです。
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以前にこのブログでも書いたのですが、デジタルになると陳腐化が進むのでどんなものでも「使い捨て」の対象(失礼!)になるものです。Mシリーズでは早くもそれが起き始めたという事でしょう。
デジタルというのはアナログとちがって性能差の優劣がはっきりしているのが定める。古いアナログ機器の成れの果てを「アンティック」と呼ぶならば、古いデジタル機器のそれは「ジャンク」です。これが悲しいです。
この法則にのっとれば、M8はM9が出た時点で「無用の長物」へと転げ落ち始めることになっちゃうんでしょうね。

ところが、レンズはデジタル化しようがないからいいですね。古きよきレンズは依然として輝きを持ち続けるわけです。いやむしろ、デジタルMシリーズ本体は、「古き良きMマウントレンズをデジタルで味わうためのプラットフォーム」になってきますから、カメラセット総体としては「レンズの特性が引き出され、持ち味が増す」という構造になる。これが楽しみで嬉しいんだな。

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デジタル産業に身を置いていると、恨めしい気持ちになることがあります。「古くなるとゴミ箱行き」という運命から自分の作品も抜け出せないからです。たとえば手がけてきた往年のゲームタイトル。これらは移植しないかぎり再生することなんてありえない。ハードとともに絶滅、いや消滅してしまうんです。

一方技術革新の余地がないアナログ機器はどうなんだ、というと、進化がないとオモシロさにかけるという理由で、どんと市場が縮小しユーザーは減っていってしまう・・。

人間というのは常にナイモノネダリなんでしょうかね。

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そういう中で、「往年のMマウントライカレンズをデジタルで」というMシリーズの進化は、光学系特有のアナログ感とあいまって、いまどき珍しく輝いている「デジ・アナ・ハイブリッド製品」というわけです。古木もの先端技術のコンビネーション。

ああ、はやく「フルサイズのライカMシリーズ」で写真を撮ってみたいな。中でもとくに、宝物であるNoctilux50mmF1.2がフルサイズだとどんなボケ味の写りをしているのか、とかね。

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それ以外の、ああだこうだ、的な性能談義については、「正式な発表」を待ってからにする事にしましょう。