前回のブログ表現が意味深だったせいで、知人や読者の方から、連絡を複数もらった。心配した妻が、出先の携帯までメールを送ってきた。ストラスブルグでとったモノクロのキリストの写真が余計な不安を煽ったようだ。
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実は金銭系のちょっとした件が発端となり、年下の友人から絶縁状のようなメールをもらうことになった。
とても残念なのだが、自分が正しいと信じることを伝えたことが原因である。いたしかたないと思っている。伝えたことは正しいと信じているので余計つらい。もし間違っていたら、あやまれるぶん楽だ。相容れない状況に無力感だけが残る。それ以来の数日間、めげてメールを開くことができなかった。
このやるせない思いの中、たのしい思い出がたくさんあるその人物とはまたあえるかもしれないし、もうあえないかもしれない、その思いをこめての個人的なブログメッセージであった。
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自分の信念を曲げてまで優先させる人間関係の輪というものが、人には、やはりあるんだろうか?この年齢になってもなお、自分の過度の性分を、もてあますことがある・・・・。






僕は、ネット上で10年間ほど親交のあったの友人と、
少し前に、絶交のような状態になってしまいました。
その時、ネット上で毎日描いている漫画に、
斉藤さんと同じように、個人的な思いを載せたことがあります。
(僕はまだ若輩者であり、相手は僕より年上で、
絶縁のメールも僕から送信した立場なので、
斉藤さんの状況とは、あまり似ていないかもしれませんが…)
10年間続いた関係には、時に不満を感じたこともありますが、
根底にあるのは、楽しい思い出でした。
ですので、その時を振り返ると、現状を心苦しく思い、
以前の気持ちに戻れたら、と思うこともあります。
しかし、再び同じトラブルにおちいる事が怖くて、
関係を修復しようとできないのが実情です。
僕がそのような実情である理由は、相手と僕の間に
起きたことの原因が、一時的な感情にあるのではなく、
簡単には変えようのない性格にあるのだと
考えているためだと思います。
たまに、その出来事を振り返って、あの不毛なやりとりを
今なら回避できないかと、確認するように考えることがあります。
この先も時間をおいて、その確認を繰り返していき、
将来のある時に、もし僕の性格が変わっていたならば、
その時は、再び相手に正面から向き合えるのかもしれません。
投稿情報: kome | 2008/04/07 10:30
私には好きなヒトがいます。
その人に何度か絶縁状のようなメールをもらったことがあります。
でもヤッパリ好きなので
実態として追いかけることはしませんが
メールぐらい送ってもいいだろう・・・と思い
ほとぼりが冷めた頃にしゃぁしゃぁとメールを出し
あちらも絶縁状のようなメールを送ったことなど無かったかのように普通に返信が来たり。
そんなことが同じヒトを相手に何度もありますけれど
「ヤッパリ好きな人」なので私は気にしていません。
大事な友達ならば
そう遠くないうちに
「無かったことに」出来るのではないでしょうか?
投稿情報: にゃん | 2008/05/15 01:20