ミシュランの東京版が出版されたとのニュース。
書店はどこも売り切れの様子。
グルメ本は多々あれど、ここまで話題となるグルメ本は初めてだ。
デビッド・リンチの「ツイン・ピークス」では、カナダ国境の近くの田舎町にミシュランと思しき調査員が来たらしい、とあちこちで噂になるエピソードがある。いい評価をもらいたいというレストランの主人たちが右往左往するのは世界共通なのだろう。
世界のグルメと自称するミシュランから三つ星をもらうレストランが東京で増えたところで、僕はあまりうれしくない。一番得意げになるのはミシュランなのだから。そこに近づこうと世の中の味の基準は動き始めることがいいとも思わない。今回、星の受賞を断ったレストラン職人がいると聞くが、それもあり、だと思う。
ミシュランの味の基準は、だがしかし、何なのだろう?
いや、それが何であったにせよ、その味の基準はいずれ僕たちの子孫の基準になってゆくにちがいない。それは、いいことだけでなく実はよくないことも、ぜぇんぶいっしょくたになって、そう、ちょうど「あばたもえくぼ」のように。そしてマクドナルドが、スターバックスが、ルイ・ビトンが行ってきた通りに・・。そしてそれらを跳ね返す価値を示す日本のメディア力が現れない限り続く・・。
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南ベトナムの旧大統領邸(ホワイトハウスみたいなもの)を見たとき、アメリカの視点ではなくベトナムの視点で綴られたベトナム戦争の片鱗を見た。
これまで僕たちが知っているベトナムは、アメリカの視点で綴られたものばかりだった。
傘をかぶり、無表情で、とつぜん攻撃を仕掛けてくる、謎の言葉を話す不気味な小人・・・そう、まさにスターウォーズに出てくるサンドピープルのモデルである。
アジア人というのは、もっとも理解しがたい人種である、という先入観は、数々のベトナム映画で描き尽くされた。
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「猿の惑星」の猿のモデルは日本人である、という説は有名だ。日本人兵士らと連合軍捕虜の友情を描いた映画「戦場にかける橋」の原作者は、日本軍による屈辱的な捕虜体験を「猿の惑星」で再度描き直した。
先入観というのはじっさいにその地を訪れるまで人々の脳裏に残り続けるものだ。メディアによる印象というのは、一方的であったとしても、払拭されるのに時間がかかるものだ。いまやメディアの力はアメリカ型帝国主義モデルの最大の武器となった。
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日本のメディアは、もっともっと国際的になってもいいのではないか?
モスクワや北京の露店で、各国版のVogueやコスモポリタン誌が並んでいるのを見ると、日本メディアにすこし歯がゆさを感じてしまう。
日本の頭脳と感性が、そこまで劣っているとはおもわないのである・・・。その気がないだけの話であって・・・。






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