斉藤由多加 (Yoot Saito)
さいとうゆたか
 

東京生まれ。ゲームクリエーター/株式会社ビバリウム。ゲーム作品の代表作は「シーマン~禁断のペット」「大玉」「ザ・タワー」など。ゲーム作品の受賞歴としては、文化庁メディア芸術祭で特別賞、米国ソフトウェア出版協会でCodies賞、Game Developers' Awardsなど。 TheTowerDS が08年6月26日に発売予定 
 使用カメラ/ライカM8 愛用レンズNoktilux 50mm F1.2など

株式会社ビバリウムのサイトはすこしリニュアルしてwww.vivarium.jpに移動しました。
フォトアルバム

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同人誌の出来がいい

http://www.bonkoba.jp/star

長嶋氏から届いた同人誌なのであるが、とても出来がいいのでうれしい限りである。

同人誌というと、ホチキス止めした安っぽいものを想像していたが、届いてびっくり、たいしたものである。小説あり、漫画あり、エッセイあり、でちゃんとした雑誌というか書籍というか、になっている。

ご一読をお勧めする。

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さてこの中に、金剛地武志氏と長嶋有氏の対談が掲載されている。(芥川作家である実名の長嶋氏としてではなく、ペンネームのブルボン小林の名でエントリーされているので注意)

ほぼテープの文字越しのままの全文が掲載されていて、「こんなので読んでてまとまりがでるんだろうか?」などと心配していた僕だったのだが、空気感がそのまま切り取られた空間作品になっていて「へぇ・・・こんな方法もあるのか」と感心してしまった。

かつて、僕がアップルの創業メンバーをインタビューしたときは、内容を明確にするため、ずいぶんとシェイプアップしたものだ。インタビュー中のアクシデントや余談はすべて削除した。

ところが今回のものは、食事中に流れてきた館内放送までが文字越しされていて、僕もゲストということで参加していたので原稿を事前に読んだのだけれど「いいのかなぁ、ま、いいけど・・」とそのままスルーしていた。

しかし活字になって出てくると違うものなんですね。

勉強になったし、対談に参加しているこのお二人の愛が随所に感じられて、僕は二十にうれしいのであった。

ありがとう長嶋さん。

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あばたもえくぼ

ミシュランの東京版が出版されたとのニュース。
書店はどこも売り切れの様子。

グルメ本は多々あれど、ここまで話題となるグルメ本は初めてだ。

デビッド・リンチの「ツイン・ピークス」では、カナダ国境の近くの田舎町にミシュランと思しき調査員が来たらしい、とあちこちで噂になるエピソードがある。いい評価をもらいたいというレストランの主人たちが右往左往するのは世界共通なのだろう。

世界のグルメと自称するミシュランから三つ星をもらうレストランが東京で増えたところで、僕はあまりうれしくない。一番得意げになるのはミシュランなのだから。そこに近づこうと世の中の味の基準は動き始めることがいいとも思わない。今回、星の受賞を断ったレストラン職人がいると聞くが、それもあり、だと思う。

ミシュランの味の基準は、だがしかし、何なのだろう?
いや、それが何であったにせよ、その味の基準はいずれ僕たちの子孫の基準になってゆくにちがいない。それは、いいことだけでなく実はよくないことも、ぜぇんぶいっしょくたになって、そう、ちょうど「あばたもえくぼ」のように。そしてマクドナルドが、スターバックスが、ルイ・ビトンが行ってきた通りに・・。そしてそれらを跳ね返す価値を示す日本のメディア力が現れない限り続く・・。

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南ベトナムの旧大統領邸(ホワイトハウスみたいなもの)を見たとき、アメリカの視点ではなくベトナムの視点で綴られたベトナム戦争の片鱗を見た。

これまで僕たちが知っているベトナムは、アメリカの視点で綴られたものばかりだった。

傘をかぶり、無表情で、とつぜん攻撃を仕掛けてくる、謎の言葉を話す不気味な小人・・・そう、まさにスターウォーズに出てくるサンドピープルのモデルである。

アジア人というのは、もっとも理解しがたい人種である、という先入観は、数々のベトナム映画で描き尽くされた。

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「猿の惑星」の猿のモデルは日本人である、という説は有名だ。日本人兵士らと連合軍捕虜の友情を描いた映画「戦場にかける橋」の原作者は、日本軍による屈辱的な捕虜体験を「猿の惑星」で再度描き直した。

先入観というのはじっさいにその地を訪れるまで人々の脳裏に残り続けるものだ。メディアによる印象というのは、一方的であったとしても、払拭されるのに時間がかかるものだ。いまやメディアの力はアメリカ型帝国主義モデルの最大の武器となった。

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日本のメディアは、もっともっと国際的になってもいいのではないか?
モスクワや北京の露店で、各国版のVogueやコスモポリタン誌が並んでいるのを見ると、日本メディアにすこし歯がゆさを感じてしまう。

日本の頭脳と感性が、そこまで劣っているとはおもわないのである・・・。その気がないだけの話であって・・・。

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pyd@)$ oi

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因果関係

風邪で熱がある日は、携帯電話をとるのがつらい。
二日酔いの日と、風邪の日は、いつもこうである。新世代携帯を耳元に近づけると片側だけに頭痛がするのである。
電話機を近づけたり離したりすると、明確に再現が繰り返すので、頭痛が電波のせいであることは確信している。ラジオの近くに置いた携帯が電波を受信すると、ものすごいノイズを発する様を見ていて、さらに確信は深まったりする。

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3年前、父が脳腫瘍になった。
親族である僕は手術を担当した順天堂の医師に説明を受けた。
その中で「脳腫瘍は十年で数倍に増えた」と医師は語った。

なにがどう数倍か、はよく覚えていない。僕は即座に「携帯電話のせいですか?」と問うたが、医師は明言を避けた。

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携帯電話はペースメーカーや計器機に影響をおよぼすという理由で病院や飛行機内ではきびしく使用が禁止されているくらいだから、人体への影響が皆無だとは周囲の誰も思っていない。

だが入り組んだ複雑系の中で、直接的な因果を証明することは難しい。喫煙と人体への悪影響の関係がパッケージに印刷されるにいたるまでには、数十年という年月がかかった。ほとんどの人がわかっていたことにもかかわらず・・・。

携帯電話は便利だから、「人体への影響があります」、と書かれたところで、使う人は使い続けるだろう、ちょうど僕と喫煙の関係がそうであるように自己リスクで使う人はすくなくないはずだ。

だが、もし影響があるならば、業界は早めにそう書いた方がいいと思う。でないと、僕のようではない人にとっては、いろいろと手遅れになる件が多くなるような気がする。

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Welcome to SAIGON

ベトナム戦争の映画で有名なサイゴン市は、いまではホーチミン市と名前を変え、北のハノイに首都の座を譲ったままその発展を辿っている。

この週末に、提携のため訪れたこの都市は、その他のアジアの都市と同様、貧困と闘いながらも明日への力に満ち溢れていた。

自由時間の僕はライカショップで借りた代替機のM8にて、同行したSとともにずっと写真をとってたのだけど、その写真の一部を紹介。

レンズはCanonの50mmF1.4と最新のSummicron35mmF2、そして一部Super Wide-Heliar 15mm F4.5。レンズの違いによる色の違いがおもしろい。それから開放時でのSummicronの解像力には改めて感心する。(基本はすべて開放)

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Lecia Summicron 35mm F2 asph

  L9993386

Canon 50mm F1.4

L9993394

Lecia Summicron 35mm F2 asph

L9993396

Canon 50mm F1.4

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Lecia Summicron 35mm F2 asph

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Canon 50mm F1.4

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Lecia Summicron 35mm F2 asph

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Lecia Summicron 35mm F2 asph

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Canon 50mm F1.4

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Lecia Summicron 35mm F2 asph

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Canon 50mm F1.4

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Lecia Summicron 35mm F2 asph

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Canon 50mm F1.4

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Lecia Summicron 35mm F2 asph

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Lecia Summicron 35mm F2 asph

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Lecia Summicron 35mm F2 asph

L9993080

Voightlander  Super Wide-Heliar 15mm F4.5

L9993140

Lecia Summicron 35mm F2 asphL9993151

Lecia Summicron 35mm F2 asph

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Lecia Summicron 35mm F2 asphL9993173

Canon 50mm F1.4

L9993238

Canon 50mm F1.4

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Canon 50mm F1.4

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Lecia Summicron 35mm F2 asph

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謝罪する相手は誰か?

小沢一郎代表の辞任撤回騒動のニュース映像の締めとして、民主党副代表のコメントがテレビで流れていた。

「国民の皆様方に不安を与えてしまい申し訳ない」云々。

野党の党首の交代騒動が、どうして国民の皆様方に申し訳ない話なのか?
これは私企業の社長交替と似て、実はローカルな内輪話ではないか?議員と違うのだから勝手にやればいいのである。
本来謝罪するとしたらその相手は、単に党員と支持者にすぎないのでは? そう感じた自分がいる。

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15年ほど前に勤務していた会社には変な文化があって、社員たちは社外の方をすべて「お客さん」と呼ぶ癖があった。この会社は新卒採用、中途採用、企業内教育、アルバイト募集、果ては電話回線のリセールまで営んでいた営業系の会社(要するに、リクルート)なので、クライアントは業種を問わず広かった。だから、どんな企業であっても将来のクライアントになる可能性がある。そのせいか営業マンは、知り合う相手すべてに「とりあえず営業」をかける癖があった。

だが、よく考えれば、だれかれかまわず「お客さん」と呼んでしまうのは失礼な話だ。女とあればだれかれかまわず口説く対象と見るナンパ男みたいなものだ。大学時代の先輩と飲んでいても、飲み屋で遭遇した同僚たちは、その先輩に営業のヒアリングをし始める。鼻息荒い若手営業マンなどは場をわきまえない。一緒にいて不愉快になる場面が多々あった。

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民主党は、国民すべてを将来的な支持者と想定して、「国民の皆様方」といったのだろうか?だとしたら、ちょっとばかりあつかましい。

メディアもメディアである。自分で勝手に騒いでおきながら、「お騒がせした謝罪」を要求する。それに煽られ、御茶の間の視聴者は、あたかも「迷惑をこうむった気分」になってしまう。その過度な錯覚のせいだろうか、昨今の社会が"クレ-マー化"している理由は・・・。

亀田家に関するしつこいほどの謝罪報道でわかったこと。それは、他人の家の夫婦喧嘩を覗き見しているうちに、ついつい感情移入してしまい、夫に浮気の謝罪要求しはじめた、われわれ野次馬の姿であった。亀田史郎氏が多少気に食わない態度や風貌だからといって、僕には謝られる筋合いはない。何も被害を被ってはいないのだから・・。たしかに人間には、むかつく相手をいじめたくなる性癖がある。だが、メディアはその衝動を決して正当化してはならないのだ。

過ちを犯したときに、人間謝るべき相手というのはおのずと決まってくる。それはたいていの場合、直接迷惑をかけた人である。そこにあつまった野次馬にまで頭を下げさせる社会は、「袋叩き」に似て、健全と思えない。これでは恐怖政治に似て、人間が罪を認めたがらない社会になってしまう・・。

マスメディアの影響で曖昧になってしまったもの、それは「本当に謝る相手は誰か?」という真摯さではないか?

民主党が「国民の皆様方」とへりくだって謝罪するのを聞いて、「俺は他党に投票したんだから、謝んなくていいよ」 かっこつけすぎ、かもしれないが、そんなことを思った。

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集中力の偏差値

スティーブ・ジョブスが在任の頃、マックにハードディスクをつけなかった理由が、「思考の妨げになるから」という話を何度か紹介したんだけど、この話がどう人に伝わっていたか、の反応については考えたこともなかった・・・。

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あたりまえの話だけど、原稿を書くときとか企画書を書くときはかなり集中する。

そういうときに、不用意に話しかけられるのが僕は一番嫌いだ。それはちょうど上映中の映画館でフィルムトラブルが起きたときのようなものだ。あるいは数IIIの試験中に携帯が鳴るようなものだ。思考は無残にも中断し、いままで自分がいた所に再び戻るのにはえらく疲れる。

そんなアクシデントが何度も繰り返されると、緊張が完全に切れて「今日はもういいや」となる。インポみたいなものだ。それで半日を捨てることになる。

社長とか、プロデューサーとか、そういう雑務系を「兼務」していると、オフィスでは人が話しかけてくるものだ。パテーションで仕切っても、やはり人はずかずかと入ってくる。

「絶対にはいってこない」と「時々入ってくる」はずいぶんと違うもので、その可能性があるというだけで、もはや脳が中折れしてしまうようになる。だからおのずと集中する仕事は自宅ですることになる。人との会議がおわったらとっとと帰るのが一番いい。

僕は集中するときは音楽を聴かない。歌詞やメロディーが気になってしまうから。無音の状態がベストで、せいぜい窓の外から聞こえてくる「秋の虫」くらいまで、しか許容できない。

だから、冒頭のジョブスの話は、ひどく納得できる話だった。

そう、僕は、自分が集中力が高いものだと思い込んでいた。そして「集中する」というのは遮断することと同義語だとも思い込んでいたのだ。ジョブス氏のエピソードは、僕をそう信じ込ませるのに充分なものだったし。

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ところが、このジョブスの話を僕から聞いたうちの半数以上が「ジョブスは病的な人」という印象を抱いていた、ということが判明。

そこにいたるまでの長い話を簡略すると・・・・、職場で音楽を聴きながら仕事をしている者は、たぶん、半数はノイズ遮断のため、だけど半数は音楽鑑賞のため、だとのこと。音楽鑑賞しながら仕事をすることと集中とは別質だ。

その当人に聞くと、仕事中にヘッドフォンをしているからといって効率が高まるということはさほどないらしい。他人が許されているから自分も職務中に音楽を聴いていただけの話だという。仕事中に音楽を聴けるのはこの業界(パソコン向かい合い型自由スタイル労働)のスタイル程度に捉えていたらしい。

その背景にあるのは、「集中」という度合いはあくまで主観的なものだということ。比べようがない。そもそも「集中」というものが具体的にどの程度のことを指し示しているのか「わからない」。わかるのは、現象面としてのヘッドフォンをしているということだけ・・。

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「人生とはいつも眠いものだ」と信じ込んでいた知人がいる。彼は外国人だが、大学生の頃の彼の頭の中にはいつも
「眠いなぁ・・セックスしたいなぁ・・」という二つしかなかったそうである。
彼は「集中」を、ひたすら性欲と睡魔と闘うことと理解していた。周囲の友人に聞いても、それで意味が成り立っていた。

そして結婚し、ある日とてつもない事実を奥さんが見つけた。
彼は無呼吸症候群だったのである。だからいつも睡眠不足だった。
手術して、人より長いベロの奥を切除した。
そして呼吸が通りやすくなり、「人生というのは眠いものだ」という常識が覆ったそうだ。

集中力、という言葉はとても曖昧だ。
個体差がある上に、形も数値もないから人と比較すらできない。

自分の集中力がどれくらいのモノか、半生を振り返って一度真剣に考えるのも一案かもしれない。数値化できなくても、「同級生」とか、「同僚」とか、自分と同じ境遇の人との結果の差なら比較できる。同じ結果にならなかったのはなぜか?と。

考えたこともないことだけに、怖くもあり、すこしワクワクもする。それまで自分が「集中」と信じてきたものが、実は社会のアベレージではかなり低くはずれたものかもしれない。

でも、これ、バカバカしがらずに真剣に考えてみることをお勧めする。とくにスタッフの諸君は・・・。そして僕自身も・・・。

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任天堂の株価はうなぎのぼり

任天堂の株価がすごいことになっている。あっという間に1年前の四倍である。
「これ以上あがるっていいのか?」「いやまだまだ」といった期待感と警戒感の中でもみ合いを繰り返しながら株価はせりあがる。ファミコン全盛期を凌ぐ勢いである。

だが25日はちがった。14時00分の半期決算発表と同時(!)に任天堂株価はなだれのような暴落と、20分後の竜巻のような高騰を瞬時に見せた。こりゃまるで「天国と地獄」だ。わずか数分で、大量の株が売買され、株の板はまるでパニック状況になった。

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△増収発表と同時になぜか暴落し、その後ふたたび高騰、の図

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そんなある朝、日経を読んでいたら、ファミコンがストップ高と書いてあったので、「なつかしい表現をするなぁ」と読んでいたら、ファンコミだった・・・。これはなんだ!?(他社さんの社名だっつーの)

よくわからんが、世界経済はめまぐるしく変化しとるぞ。