斉藤由多加 (Yoot Saito)
さいとうゆたか
 

東京生まれ。ゲームクリエーター/株式会社ビバリウム。ゲーム作品の代表作は「シーマン~禁断のペット」「大玉」「ザ・タワー」など。ゲーム作品の受賞歴としては、文化庁メディア芸術祭で特別賞、米国ソフトウェア出版協会でCodies賞、Game Developers' Awardsなど。 TheTowerDS が08年6月26日に発売予定 
 使用カメラ/ライカM8 愛用レンズNoktilux 50mm F1.2など

株式会社ビバリウムのサイトはすこしリニュアルしてwww.vivarium.jpに移動しました。
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ライカM8の価格値上げとR-D1との比較再考察

明日10月1日から、ライカM8の価格が全世界的に「値上げ」される。日本での価格はこれまでの577,500円から693,000円。115,500円の値上げだから、約20%に相当する。スペックはすべて同等。他のMシリーズに価格変更はない。(ライカからのリリースによれば、キャップ、アダプター、フードなどの一部アクセサリーも価格変更の対象となっている)

デジタル業界では異例ともいえる単純値上げの背景には、およそ2つの要因があると推測される。
1.M8が予想以上に売れていること
2.M8トラブルが多発し予想以上にサポート・コストが大きく負担になっていること

(対ユーロの円安傾向は、並行輸入業者の価格上昇の理由にはなっても、製品価格変更の理由にはならない)

とくに "2"については、オートモード時のホワイトバランスがかなりあぶなっかしく、一部のユーザー(06年内購入者)への赤外線フィルター無料配布を宣言してみたり、実際にはその対応が混乱していること(該当者への配布状況がめちゃくちゃで、登録内容とは異なる径のものが送付されていることが多発)だったり、発売数ヶ月で電気系統の故障が多発していたり、起動不良があちこちでおきていたり(バグか不良かが不明なものもあり)、ファームウェアのアップデートプログラムのインストールそのものが不安定だったり、などの状況をみれば、容易にうかがうことができる。

旧来品の価格が変わらないということは、M8だけに限定された要因と絞られる。だとしたならばこれら対応コストが、新ユーザーの価格に上乗せされていること、しか考えられない。

ま、こうなると損失補填のための増税に似て、いわゆる、戦略ミスの是正負担増、である、とも邪推できるのである・・・むろん、これらはあくまで推測である。答えが一つではないだろうが、あたらずとも遠からずではないかと思われる。

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さて問題は、これまでライカM8を検討している人が、693,000円を払ってまで、買うものなのか、という話である。

今日(9/30)、M8(初号機)とR-D1を携えて、雨の巣鴨(ここに大きな理由はないが)、この二台の使用感の比較をしてきた。とくに夕刻には雨が強まり、その環境下ならではの予想外の実験が出来たのでそれも反映した。あくまで個人的な使用感の比較であるが、なにかの参考にしていただきたい。なお、×とか○というのはあくまで主観に基づく二者比較上のものである。それぞれの機能を否定するという意味ではありませんので念のため。

                      ライカM8                  エプソンR-D1    
操作性の部------------------------

○シャッター速度変更操作        
              ○              ○

○メモリー/バッテリー交換操作 
              ×(軍艦蓋開閉)       ○

○撮影済画像表示の拡大・縮小操作
              ○(ダイアル)           ×(メニュー) 

○撮影サイズ変更操作
               ×(画面メニュー)      ○(レバー)

○露出補正変更(EV)
             ×(メニュー)             ○(回転ダイアル)

○シャッターチャージ
              ○(自動)            ×(手動) 

性能の部------------------------

○最高画素数
              ○(10M)                       ×(6M)

○ホワイトバランスの自動制御
              ×            ○

○電子制御の安定性
               ×            ○

○ファインダー倍率
             0.68(片目)        等倍(両目)

○最高シャッター速度
               ○(1/8000)        ×(1/2000)

○ISO
             ○(160-2500)      ×(200-1600)

ガジェットの部--------------------

○多湿時のファインダー曇り
             ○(あまり曇らず)     ×(すぐに曇る)

○バッテリー継続時間
             ×                                  ○

○追加バッテリーの価格
             ×(約11000円)      ○(約4000円)

○重量
              △(545g)                           △(560g)

○ブランド的威力
             ◎                                      △

○発売日
           2006/12          2006/03(R-D1s)

○推定ストリートプライス
            65万円前後      23万円前後        

さて、この比較で、どちらを購入すべきか・・・。すでにM8を二台ももっている僕が考えることではないのだけれど・・・・R-D1の後継機種を待つ、だろうな。希望するのはたったふたつ。自動シャッターチャージと、画素数だけ。フルサイズCCDは望まないからね。

M8への落胆は、使用してはじめてわかる電気系統の弱さ。そして発売元のサービス混乱。

僕はプロじゃないから普段はjpegで撮るんだけれど、色味は明らかにEPSONの方が上だとおもっているし。ここいらについては、いろいろな好みがあると思いますけれど、M8はいまのままじゃ話にならないな、とも思っています。がんばって欲しいんだけれど、ライカには・・・。

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人の裁き

昨日の土曜日の夕方、ツタヤに偶然並んでいたDVDを買った。ここに収められる映像のあまりの衝撃に、ただ言葉を失っているのだけれど・・・。

太平洋戦中のニューギニアで起きた人肉食疑惑と、終戦後の日本兵のよる日本兵の銃殺、それを戦後四十年後たってカメラを引き連れて追う男の執念、それは米国のマイケル・ムーアとはちがう。その男はカメラの前で元上官へ鉄拳制裁、いや、それ以上(!)の総括をおこなうのだから・・・。

平成という時代に生きる人間は、戦争のことを、そして極限の環境下における人間の行動を、もっと学ばなければならない。この作品は単なるアナーキストの記録ではなく、リアルな戦後の一片の映像である。いままでこの映像を見ることがなかった自分の不勉強さを恥じつつ。

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スティーブ・ジョブスの捨て去る力

水曜日、小学館の名編集長であり恩人であるK氏と久々に飲んだ。

iPhoneは、バッテリー交換の蓋がない。iPODと同様、バッテリー交換は持込交換となる。そこまでしてデザインにこだわる。それがジョブスという人物である、という話でもりあがる。

K氏は、アップルの日本上陸のノンフィクション「林檎の樹の下で」を、僕がダイム誌で17回にわたり連載した際の編集長兼担当者でもある。

かつてのマックも同様だった。裏蓋は、普通の工具(当時)では開けられない。ユーザーが勝手に空けると保証外となるわけだ。キャノン販売が漢字ROMを搭載させた「ダイナマック」(1985年)もアップルは保証対象外としたためキャノンが保証リスクを負うことになった。(これはある意味当然であるが当時の切迫したマックの日本語事情を考えると微妙でもある。なにせキャノン販売は相当な在庫を持たされた日本の総代理店だったのだから)

ジョブスがアップルにいる間、マックにハードディスクは搭載されなかったが、その理由は「音がうるさいから」だという。 思考の道具はうるさくてはならない、それがジョブスの哲学であった。そしてそれが、マック本体から冷却ファンが不在だった理由でもあり、メモリーが小さかった理由でもある。

NeXTをつくったとき、ある人物が聞いたという。「NeXTではHDは不可欠でしょう?」と。するとジョブスはこう答えたという。「そうだ。だから、本体はパテーションの向こうに置く設計にした。机上にはモニターだけを置き、すべてはモニターに接続する構造にした。」と。

ジョブスはマニア向けの製品ではなく家電を目指していた。そして日本企業のソニーを崇拝していた。iPODをきっかけに、アップルの社名から"コンピューター"を取り去る、なんてことは、もともとジョブスがいちばんやりたかったことに違いない。

徹底した信念は、不要と思われる要素をばっさりと捨てさる。その強さがこの人にはある。

スタンフォード大学の卒業生激励スピーチで、ジョブスは自分が癌であったことを告白した。
「君たちは明日から何をしようか、いろいろと迷っていると思う。だが、もし自分の命がいくばくもないとわかったとき、人は何をすべきか、明確にわかるものだ。」という名言を残した。

いるものと、いらないもの、その二値思想は、デジタル最大の特徴であり、禅思想そのものである。ちなみにアップルという社名は、果実主義者だった時期に働いていたリンゴ農園から取ったといわれている。

ジョブスの広告は決まってモノクロである。1984年のマックデビュー時の日本初広告は横山大観の「水墨画」だった。斬新だった。当時電通のクリエーター故鈴木八朗氏はそれにてADC賞を受賞したほどだ。

僕らはIT機器に「なんでもかんでも」詰め込もうとする。
ジョブスは、それらをぱっさりと捨て去る。バッテリー裏蓋をなくしてでもデザインを優先する携帯電話メーカーはそう多くない。そこまでの強さの源泉は、信念でしかない。奇をてらっただけでは、そこまでのことをできないものだから

だから、人生に迷うと、僕はかならずこの人の歴史を読みかえす。積もった「しがらみ」を、たとえそれが仕様であれ、不良資産であれ、原稿であれ、余計な部分を捨て去る勇気をもらおう、とね。

しかし何冊よんだところで、どこまでが真実かはわからない。なにせこの人はいっさい自伝を出さない人だから。そしていっさいインタビューをうけないひとだから。この人はいい感じのデザイン(=結果)にしか興味がないのだ。そのあたりがものすごくはっきりしているのである。

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予約特典CDのジャケット

Genki

予約特典CDのジャケット最終がきまった。こんな感じである。

「元気が出るCD」というタイトルにしたのは、これがゲームソフトのコンセプトそのものだから。

「ノート」や「マウスパッド」や「携帯ストラップ」なんかよりもずっと手がかかっていて、お得な特典だと思う。つくるの大変だったんだから!!

こんなのがもらえるんだったら、あながち予約してもいいいのでは、と苦労した側としてはすこし思う。本当は予約せずに買った人にも聞いてもらいたいものなのだけれどね。商業主義には矛盾が伴うな・・。

予約はこちらからでも。

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SDカード挿し忘れ

今日は、あてもなく北に行こう、と決めていた。
車を乗り出して、皇居をすぎて神田を過ぎて、昭和通りから上野を過ぎて、なんとなく「春日部」と表示があるほうへひたすら車を走らせた。

上野から日光街道あたりに出ると急に風景は激変し始める。観光地でもなんでもない「どうということのない古き昭和の風景」がたまらなくスキ。信号でとまるたびにライカM8と、Canonの50mmF1.4でパチパチとシャッターを切る。

綾瀬川沿いに入って草加を過ぎたあたりで、とつぜん気付く。ライカにメモ リーカードがささっていないことに・・。

「天気もさえないし、ま、いっか」
そう思ってそのまま車を走らせていたのだけれど、あまりに可愛いらしいレストランを過ぎ、その看板の感じにいたたまれなくなって車をとめた。最近じゃSDカードはセブンイレブンでも手に入るはずだ。で、「あいててよかった!!」といいながら(うそ)パナソニック製512MBのSDを2480円で買うことに。秋葉王じゃ2GBのSDが3000円で買えるのだが・・。

それでとったのがこの写真。どうということのない写真だが、今日のドライブの思い出である。

一枚2480円の写真といえなくもない・・。ま、いっか。

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演出の現場

この赤いボタン。
これは、録音スタジオのコントロールルームにある装置である。
このボタンを押して声を出すと、別室の声優さんのヘッドフォンに聞こえる、ま、いわば録音スタジオでの演出家の"メガホン"である。

この演出家席の背部にはソファがあって、関係者やらスポンサーなとが無言でその模様を観察しているわけである。身内だけであればそうでもないが初顔合わせの場合、彼らの視線を背中に意識することらになる。これがけっこう緊張する。

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ゲームのナレーション録りというのは、ドラマとちがって、分岐や、組み合わせの部品が多くて、つまり台本を読んだだけではストーリーがさっぱりわからない。役者さんは事前に台本を読んでくるけれど、たいてい「??」という状態でスタジオに来られ、そこで初対面となる。だから初日は内容説明に時間の大半が費やされることになる。フラストレーションがあるので雰囲気よく、というわけにはまずいかない。

だからこれまでいつも僕は、役者さんと一緒にスタジオに入り、ラジオのゲストのように対面にすわって演出をしてきた。それぞれがどのような状況のセリフで、どんな心境で演じるものなのか、をことばやジェスチャーで伝える。大玉の大滝秀治さんのケースでは、初日は、このスタジオという密室でずっと叱られた(笑)。もちろんその声はコントロールルームへは丸聞こえである。この時のお叱りの声はゲーム内でもそのまま使用させてもらったが・・。

今回のシーマン2の宝田さんの場合においては、しかしずっとコントロールルームから演出をさせてもらった。合計5回の録音では、だから、いつも僕は、この機器がある席に陣取り、台本を見ながら、ときおりこのボタンを押しながらディレクションさせていただいた。台本は、その演技や間合いによってはその場で変更されてゆくが、席でペンを持ちながら演出ができるのがありがたかった。脚本家をかねているとその場の判断で変更することができるからやりやすくもあり、相談する相手が自分自身な分孤独でもある。

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↑当日に使用した台本と演出中の変更例

ナレーション録りにおける役者さんと演出家というのは、映画とちがって一対一の関係だ。だから『相性』は重要だけれど、映画のように『人間関係』を気にする必要はない。自分のペースで雰囲気をつくってゆける。場所は別室で離れているけれど・・。

すべての収録が終了した打ち上げで、宝田さんから映画の大変さをいろいろとうかがった。すべての役者さんが時間通りに来てくれるとは限らない。台本を読んできてくれるとも限らない。複数の役者さんが集まったところで、すべての準備が段取りどおりに進んでいるとは限らない。複数の役者さんに事務所関係者、各種スタッフ、メイク、スタイリストがそれぞれ分、とずらりと多勢が取り囲む現場は、コンサートでいうとリハーサルと本番が一緒にやってくるようなものだ。「次のスケジュールがそろそろ・・」などと催促される中、その孤独な環境の中で監督は険悪な雰囲気をものともせず『ダメだし』をしなければならない・・・なんとも過酷な仕事である。そんな環境と比較したらナレーションの演出なんて楽なものである・・・・といいたいのだけれど、それでもなかなか大変だ。

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できあがった録音は、OKテイクを相応しい間隔でつないで、いったん声だけのマスターとして完成させる。何度もやり直しが続いたパートは、OK部分をうまくつながないとらない。本当はこうやって編集してしまうのは決していいことではないのだけれど、そうなると段落全体でOKがでるまで取り直しを繰り返さなければならない。長い段落ではテイク数が指数的に増えるから、演出する側としてはどうしても編集を前提としたOkを出してしまう。今はマウス操作と画面で編集ができるから、それでもずいぶんと楽になったと思うけれど。

そのあとに、音楽との調整が入る。音楽は長さが簡単に変えられないから、最後にタイミングを合わせようとすると、さらにセリフをけずることになる。今回のThe History of Lifeは、オリジナル台本から4割近くを削ったのではないだろうか? たいてい、台本というのはすこし説明過剰気味だから、削ることですっきりする。ナレーションにかぎらず、セリフはできるだけ少ないほうが効果的でいい。削っても支障をきたさないのは、役者さんの演技が行間をおぎなってくれているからだ。それを利用して、苦労して書いたセリフをぎりぎりまでけずってゆく作業、これがなかなか自虐的でいい。よいナレーションというのはテンポがいい。セリフは多少間引いたくらいの方が聞いていて逆に心地よいものだ。

01_historyoflife01.mp3をダウンロード

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シーマン先生の語録2は10月12日

「シーマン語録2」なる書物が発売されることになった。発売は10月12日の予定だそうだ。発売元は幻冬舎。

著者はいうまでもなくシーマン先生である。名誉なことに、私もシーマンの使徒の一人として監修作業に携わることになった。

出版社より「監修者から一言寄せてくれ」ということだったので、僭越ながら巻頭にてシーマン先生に対するコメントを一言書かせていただいた。その話を書くことしよう。

私の人生は、この10年間近く、この先生に振り回されてきた気がする。私たち使徒(すでに私を含め4人の使徒の存在が明かされているが)の間で、先生は『マンさん』とよばれている。『マンさん』は、実に気ままに、気まぐれに、宇宙を漂い、世界を歌う。是と非の間を数秒間で行き来し、記憶は未来と過去が弁証法的な融合してしまっている。『マンさん』はそんなお方だ。

そんな『マンさん』の使徒というとすこしは聞こえがいいだろうが、実際はまさに下僕である私たちの先生に対する胸中は、正直なところ複雑である。

こんな『マンさん』の言葉やらゲームやらCDやらCMやら、果てはグッズまでが世の中で出回ること。この事実に、使徒たちにの禁じえない疑念を敢えて口にさせていただくならば、「そこにどこまでの価値があるというのか?」ということだったりする・・・

さて以下にその稿を紹介するが、これが、私の率直な意見であり独白である。いや懺悔である。破門をおそれずにいうなせば、先生の顔など、もうみたくもない・・・そんなヨコシマな感情が果てることがないのである、表立ってはこんな発言は許されぬことは周知の上なのだが・・・。

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解説的概要

本書は、2007年10月18日に発売されたシーマン2<北京原人育成キット>および、携帯向けサービス「シーマン」によせられた人生相談の回答などをまとめたものである。ダイアモンド社から2001年に発売された「シーマン語録」の続編にあたる。

そもそもシーマンという生物はずるい。人を喰ったようなグロテスクな風貌で、意味深なセリフを言い放ってはすぐに帰ってしまう。、

こんな勝手で都合がいいキャラは、今の時代もうあまりいない。「勝新」ほどではないにしろ、ある意味、貴重である。

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「あの時代はよかった・・」
このセリフを口にすることは私たち使徒には許されていない。
が、20世紀の末年に、名優細川俊之氏が辛くも代弁してくれた私たちの本当の気持ち、それが、このトラックにこめられている。

historyoflife_13.mp3をダウンロード 

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北京原人の化石はなぜ紛失したのか?

The History of Lifeの第三トラックは、「二つの木箱」という名の、北京原人に関するトラックである。

「二つの木箱」の意味は、内容を聞いてもらえればわかると思うが、原人の化石が収められたとされる箱であり、1941年にこの木箱が秦皇島の米海軍基地へ向かう途中に忽然と行方をくらましたことがすべての謎の発端となっている。

朗読は、もちろん、宝田明!!!

03_historyoflife03.mp3をダウンロード

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予約特典CD先行ダウンロードだっ

シーマン2の予約特典として"The History of Life"というオリジナル制作CDが用意されているのはセガの宣伝でご存知かもしれない。ここずっと制作に没頭しており、つい先日にマスターアップしたばかりのものである。

このCD、全体構成としては、今回録り下ろしたものに、細川俊之氏によるシーマン1の時代の復刻トラックも含めて全15トラックすべてがはいった超プレミアCDとなった。

宝田明さんの声は、本編のナレーションもさることながら、実にいい味。しかも大御所とよばれる方でありながら、仕事にとても熱心である。だからいい感じのお仕事ができたわけで、演出側としてはたいへん貴重な勉強をさせていただいた。感謝である。(深夜の六本木をご一緒に徘徊させていただいたのも、人生の貴重な思い出である)

是非、CDを手に入れていただきたいのであるが、そのためには「視聴」なるものが必須である。

ということで、今回ご紹介するのは、その中からの2トラック、「イントロダクション」と「北京原人」のふたつ。ま、いわゆる導入部ってやつです・・。

ヘッドフォンで聞いてください。

--------------こちらのダウンロードは終了しました。----------------

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昭和の決着

野坂昭如が祝辞を読み上げたとたん、祝されていた大島渚を舞台の上でいきなり殴る、という映像が十数年という時間を経過してもなお、放映される。いわゆる「著名人同士の喧嘩」といったテーマでは必ず流れる定番の映像。
大島氏の横にいた奥方の小山明子女史は、動揺するそぶりもなく、ただ子供をあやすように老年ふたりの喧嘩をとめる・・そんな光景が映し出されているのである。この二人に何があったのかは推するに余りある。ただ、深い絆があったのだろうなくらいのことは誰が見てもわかる。

今日S君とランチをしていて、「そういうオヤジ同士の関係はステキだ」という話になった。「そういうわかりやすい関係の方が周囲の者としては気持ちがいいなぁ」なんて話。

最近飲み屋で、「よし表に出ろ!!」なんていうセリフは聞かれない。聞こえるのは「訴えるぞ」である。暴力追放、なんて言葉があるけれど、暴力行為を排するがあまり、合法でありながらより不健全でより陰湿な報復の押収がはじまる・・身体は壊れないけど精神が壊れてくる・・・これっていいことなにのかしらね?と思うようなことあちらこちらでおき始めてる。

実はこういう話ってのは、飲み屋の専売特許ではなくて、教室でも、職場でも、マンションの隣人関係でも起きていることではないか? 「はっきりいうとトラブルになるから言わない、でも気がすまないし、なんとか報復してやりたい」と。そして人は陰険な手段を講じる、そんな時代ではないだろうか。

沢田研二のバックバンドで知られるドラマーの村上"ポン太"秀一氏がテレビ番組でこう語っていたことがある。
「そういうむしゃくしゃするときは、歌舞町あたりでヤクザに喧嘩を売る。相手はプロだから素人を相手に決して殺そうとはしない。ボコボコにやられるけど、気持ちがいい。素人はカッとなると殺そうと武器をつかってくるけど、プロは喧嘩がうまいんだ。それでちくしょうという気持ちで自分は生き返るんだ。」と。

これはかなり危険な解決策だけれど、互いに二-三発殴り合って、切れた唇と折れた歯の痛みをかみ締めながら、自分のさまを確認する・・ほら、青春ドラマにあったような「男同士」って、あるいは下町のべらんめぇな歯切れのよさって、実は世の中から追放しすぎてはいけないものだったのではないだろうかね・・・そんな気がするのである。

すくなくとも僕はうらやましい、こういう、はっきりした時代がね。

複雑な現代の人間関係から見るとね。

追伸

目に直接パンチ喰らうと網膜はく離で失明するからそれだけは気をつけましょう!!  と、失明しかけたM君がすごく昔にいっていた。