斉藤由多加 (Yoot Saito)
さいとうゆたか
 

東京生まれ。ゲームクリエーター/株式会社ビバリウム。ゲーム作品の代表作は「シーマン~禁断のペット」「大玉」「ザ・タワー」など。ゲーム作品の受賞歴としては、文化庁メディア芸術祭で特別賞、米国ソフトウェア出版協会でCodies賞、Game Developers' Awardsなど。 TheTowerDS が08年6月26日に発売予定 
 使用カメラ/ライカM8 愛用レンズNoktilux 50mm F1.2など

株式会社ビバリウムのサイトはすこしリニュアルしてwww.vivarium.jpに移動しました。
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隙を見せるといいことがある、かも

「あなたはすべてにおいて完結せんとしすぎていて、人がはいりこむ余地がない。だから助けてくれる人は現れない」

へんなおっさんからいきなりそう断言されたことがある。
いまも強く記憶しているところをみると、かなりインパクトがあったにちがいない。いや、あった。腹も立った。

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今日、仕事仲間の某氏と、やきとりを食べ食べ仕事の話になった。
某氏は、とても知識がある人で、とくに技術の細部にくわしい。年齢もそこそこいい年だから、人からたくさんアドバイスを請われる。それでまた弁が立つというか説明がうまい。だから、とても頼もしい兄貴分的存在である。だけど、僕から近くで見ていて一つ気にかかることがあった。それは、彼が「わかんない」という言葉をほとんどいわないということだ。「わかんない」という言葉を、自己の専門分野で答えることにはそうとうな勇気がいる。

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さて今日の会話のテーマは、「いまの仕事がどうしてうまくいかないのか?」であった。もうすこし具体的にいうと、「彼が担当している案件がどうして前にすすまないのか?」

某氏は、やきりとを食べながら、ところが、意外な発言をしてくれた。
「どうしたらXXXができるようになるか、わかんないんですよ」と。
「自分は○○○○はできるのだけれど、XXXXはどうやったらいいかわかんないんです」とも。

それがとてもうれしく、そしてめずらしく、そう発言してくれる姿が頼もしかった。
その言葉は、さわやかな風のように、ふたりの男が座る焼き鳥屋のカウンターを通り過ぎていった。
さっそく、「じゃ、明日、それを一緒にやってみようよ」ということになった。

スキさえみせてくれれば、そこを補える。それはチームワーカーとしての喜びでもある。
みせてくれないと、「だったらやってよ」と催促することになる。それを続けていると関係はいつしか敵対のようになってしまう。

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冒頭のへんなおやじの言葉を帰路でずっとリピートしていた。

そんでもって自分をもういちど振り返ってみる。「人を味方にできているか?」と。

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Seaman2

すでにマスターアップが終了し、SCEチェックも通り、内部メンバー打ち上げも激しくおわり、いよいよ発売までカウントダウンとなったシーマン2であるが、北京原人育成キット、とサブタイトルを銘打っているので、「シーマンは北京原人になったのか?」とおもっている人も多いと思う。実はそうではない。くわしくは、明日以降に追って書いていこうと思っているが・・。

実は、、今回の舞台は、「環境破壊が進むと沈む島」である。あまり大きい声では言いたくないのだけれど、「環境」を大きなテーマにした。そして未開の地域を搾取する先進国の(アン)フェアトレード構造もいれた。

この島で文明を作れば作るほど、気温が上昇し、水位は上がる。そしてついには水没する・・・そんな舞台が用意されていることになる。

シーマンはまた人面魚なのか? という質問にたいする答えであるが、答えはNOである。「じゃ何なのよ?」となるわけで、その新しい雄姿は、明日から開催される「麻布十番祭り」で配布される、「十番商店街公式団扇(うちわ)」上で先行公開される。

麻布十番祭りというのは、僕らの地元の祭りであるが、50万人(公称)の来場者がある大きなイベントである。

団扇の配布は、十番駅だとか、六本木ヒルズよりの本部近辺だそうで、配布枚数の4枚に一枚が「シーマン2団扇」となる予定だそうだ。さらにそのうちの半分が、「それ」にあたる。

十番祭りは、24(金)25(土)26(日)、3時から8時くらいまで。今年から、エントリーは、我が愛すべき「麻布十番合唱団」の面々と、そしておなじく愛すべきビバリウム、デジトイズの面々。

出店も、「シーマン焼き」という人面魚型のワッフルと、そして「原人焼き」という肉、の二店舗。仲良く二軒並んでの出店である。

Nobori Noren

くわしくはwww.seaman.tv
あたりのどこかに公開されると思うので見つけていただきたい。

では、いまから、その準備にでかけよ、と。

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Dear friends.

Lately this site gets comments posted from outside of the country.

I sincerely apologize that this site has been created  Mono-lingually, only because of my literal difficulties, and therefore could not reply well to all the questions i should have answered  (please understand this is completely a private site, thoguh)

However, yes, i have some important news today for guys like you who had been passionately looking for any kind of the news related "long-time-taking Seaman2 Project ",  and that's why I am struggling for bilingual updates.

As all the development procceses closed , testing by SCE all passed, and crazy parties are going thru, we had started the final countdown of lauchning "Seaman2" in Japan. Finally the length of the development counts up to 3.6 years...

As it's subtitled as " Ancient Peking Man Breeding Kit", most of you migh have understood that new seaman is now "a man", which is completely wrong.  Details should be introdeuced on either of this site, or on some others soon.

Actually, in this simulation-game, all the breeding would be held on the  "Sinking Island", where the temperture (as well as the sea surface) raises higher & higher along with that the  environment of the island would  be damaged by breeder.  In other words, this is the simulation of the civilization against nature within VIVARIUM.  The contradiction between "Man" and "Before Man" on a planet.

To  a question like " Is the Seaman a talking fish, again?" , we would say "Not at all".  Then you might want to ask "then what?".
Well... please look for a metamorphorsised "new seaman" tomorrow / Paciffic time , at the local summer fest in our neighborhood, in Tokyo...... We are spomsoring this event  and introducing our new character somewhere in this huge fest. He, this time, looks stranger ("wiered" you'd say?), but  is much smarter in speech recognitions and generating-conversation things, i believe.

Visirots at "Azabu-Juban Summer Fest" are said counting up around 500,000, this year on this weekend, which is much larger than Tokyo Game Show. And fortunately, most of them are no-kids....  We like this much better.  Seaman2 is not at all for kids because he has its stronger poison this time.

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作者の責任

NHKのETVで東京藝大に保管されている、在籍していた生徒たちの描いた自画像を特集していた。

当時学生だった作者をテレビカメラが探して訪れ、その絵にこめられた当時の自分と対峙した想いを聞く番組。

女子学生第一号(なにが第一号だったんだろう?)という、いまは老いた女性画家は、自宅の倉庫にNHKのカメラを招き入れ、古き作品を回顧的に見ながら、突然一枚のキャンバスをカッターで切り裂いて処分しまう。

番組の主旨が主旨だけに、その光景におそらく多くの視聴者は「ああー」と叫んだに違いない。僕の家族も「あれがもし自分の作品じゃなかったら・・」などと口走る。絵を切り裂く光景というのはそれくらいショッキングなものだ。

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話はかわるが、かつてサラリーマン時代(15年以上前のことだと思う)に、日経ビジネスという雑誌をバラバラとみていたときに、とある巻頭寄稿が目に留まった。当時ホンダ技研工業のトップをしている方の寄稿だった。以下のような内容だった。

「YesかNoか、はっきりしない、と社内で批判される。しかし、自分は創業者ではない。会社の運命をきめる大きな決断には、YesともNoとも判断できない。創業者には会社を潰す権利があるが自分にはそれがない。だからどちらか一つを選択することはできない。どうしても決断はYesでもありNoでもある、になる」といった内容のものであった。

優柔不断な経営者の言い訳、ととってしまえばそれだけの話である。しかし自分の記憶に大きくのこった言葉、それは「創業者には会社をつぶす権利がある」、という一言である。むろん、公開企業が株主総会でそんな発言をしたら大問題であるが、この言葉が15年間ずーと頭の中に残っていた。それが実感として沸いてきたのはここ数年のことだ。

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iPodから携帯に参入したアップルは、imacが発表される時期まで「倒産までカウントダウン」と大っぴらにいわれていた。CEOのアメリオは、シリコンバレー伝説を代表する企業をひきついだはいいものの、なにをすればいいか途方にくれていた。そこでJobsを呼び戻す決断に出た。

Jobsは、なくしては語れないアップルの創業者であり、アップルロゴからマウスとアイコンインターフェイスの採用(PARCから盗んできたというのは詭弁である。XEROXは当時のアップルの大株主としてPARCの門戸を開いたのだから)、マックのデザインポリシーにいたるまで、いわゆるアップル文化をつくってきた人物である。その人物が、古参社員が守り抜いてきた「マッキントッシュ」という名前を捨てさせ、トレードマークだったレインボーカラーロゴをモノ色に変え、宿敵Microsoftを株主に迎えるという施策をとった。創業者でしかできえないことだったと思う。

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それがスターウォーズの未完のエピソード3作の制作であれ、あるいは何であれ、作者でしかでき得ぬことがある。その聖域に第三者が入り込みなにかを作るなどということは、決して許されないことだ。 森進一氏が「おふくろさん」の歌詞を変えて唄っていたことで作詞家の方と大トラブルになっているが、これもおなじような話に聞こえる。

しかし、いったん人々の生活の一部となってしまった以上、作品は一人歩きをするものである。たかが、(といってしまうのも憚られるが)作者一人の人生のおわりとともに、多くの人の心にある夢までストップしてしまうのはいかがなものか、という気がしないでもない。

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中学三年のとき、渋谷の映画館ではじめてスターウォーズを同級生と観たとき、「こんなおもしろい映画があるのか」と子供心に感心したことを記憶している。その時の感動がまだのこっているから、この業界にいるのかもしれない。

そんなフアンとしては、「シリーズは全部で9作ある」と宣言したルーカスの言葉に胸を膨らませたものだ。いつのまにかそれが「6作で映画はおわり」となった。作者といえど人間だから命があるときだけしか活動できない。ルーカスが死んでしまったら、もう誰も手がつけられないというのであれば、僕たちの心の中にあるスターウォーズへの期待は二度と実現されえぬまま、やがて僕も墓に入ることになるのだろうか?だとしたらそれは悲しい・・・。ルーカスが生きているうちは誰も権利的に手が付けられない、などという話があるとしたらそれはもっと悲しい。

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著作権の類はこの際置いておこう。期待して待っていた者の権利というものはそこにはまるでないのだろうか?そんな馬鹿げた気持ちが横切るのも事実である。
ちょうどピラミッドのように、完結するまでは誰かが引き継いで、むろんその作家はとんでもない数の批判の洗礼を受ける事は必至だろうが、後世に展開する準備、あるいは破壊させる段取り、を残しておく責任はないのだろうか?長谷川町子女史が他界された後も脈々とサザエさんの番組が放映されている日曜日の夕方を重ねる毎に、僕は女史の作家としての幅というか人徳を感じるのだけれど・・・。

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ま、僕はデジタルの世界の人間なので、作者本人が元気なうちから悲しいかな作品がハードの消滅とともに続々と消滅することに慣れすぎてしまっている。なもんだから、こんな心配はアナログ芸術への羨望と嫉妬にすぎないことはよくわかっているのであるが・・・。

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しこしこと書く

ここ数日、夏休みを利用して文章をしゃかりきに書いている。

電話にわずらわされずに書くことは、やすらぎであり、そしてまたやけに孤独である。(ちなみに僕の携帯電話は盆前の夜の六本木の街で消失した)とくに「かきあげる」となるととほうもなく面倒な作業でもある。

とくに、友人であるN氏から誘われた同氏の「同人誌」。ここに載せようとせっせと書いている小説は、小説など書いたことのない僕がかくものだから、とてもとても小説なんてよべたものではないけれど、あたらしい自分を奮い立たせてくれている。

必要とされることはいきる力の源泉だ、とつくづく思う。だから今の僕にはこの上なくありがたい。たとえそれが金にならない同人誌であっても、そこに声をかけてもらえる、というありがたさはまるでかわらない。いや、商売の仕事以上にそれは得がたいことだと思う。

だからその誘いによきに報いたいと、しこしこと書いている。

同人誌の編集長でもあるN氏のOKはまだでていないのであるが、明かしてしまうと、書いているものは、「大きな女」というタイトルである。

以前に書いた「ハンバーガーを待つ3分間の値段」という本が文庫になると連絡が先月末あたりに来ていたので、さっそくそのあとがきをN氏に依頼しようということになり打診したのだが、出版社とN氏の両方から、「時間がない」という連絡。だったら、もっと予定をはやく教えてくれよ、と出版社には不満・・・。文庫化なんて凡人にはそうそうない機会なんだから・・。

「大きな女」は、たいした作品ではないけれど、でも僕の処女小説になるわけで、大事にしたいから、そうならないように、はやめに原稿をあげてしまおう、そう思って、いましこしこと書いている。この夏も、クーラーをつけずに扇風機とランニングだけで、しこしこといこうとおもっているのである。

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小さなつぼみ

うだるような暑さの中で、今年の十番祭りの試作会がおこなわれた。

会場となるマンションの一室はクーラーがないせいで、メンバーの顔が汗でてかっている。

大の大人たちが、10人ちかくも集まって、ああだこうだと、今年の出品物を議論して、そこにつめたいビールや缶ジュースの差し入れが届く。

まるで、昔の、親戚が集まる法事のようである。

こういうメンバーたちが日曜日をつぶして自分の意思で集まり、額に汗を流して作業をする、という風景がとても好きだ。

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他人から必要とされている実感が人間の生きる力である。
誰からも必要とされなくなったときに、人間は絶望するものである。

誰かから必要とされている人間でいつづけるには努力が必要だ。
人からいいように利用されている、という憤慨とも背中合わせになりながら・・。

でも人間の価値というのは、「どれだけ人から必要とされているか」で決まってくる事実は、およそ偉人とされる人々の歴史が証明している。

人から必要とされる生き方・・・それを考えていきていこう。
これは決して簡単なことではないけれど、自分の生きる力の源泉なのだから。

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自殺なんてのはね

いい歳をした大人が、突然の自殺という愚行に走ることがある。

時としてそれらが、深刻に考え抜いた挙句の行動などではなく、ともすると突発的で軽はずみな行為の結果である場合がある、ということはあまり議論されてはいない。「銃の暴発」などと報道されている類はみんなそうだ。

鬱気味な日がすこし抜けたかな、とおもった僕ではあったが、そしてそれは、欝で悩む人々に対する敬意と遠慮でいうならば俺なんて本格的な鬱でもなんでもなくただの「気味」程度のものではあったわけだが、それにしても今日は突然、「実に軽い気持ち」でそんな気分になっている。

「そんな重大で不謹慎なことを軽はずみに口にしてはいけない」
親が生きていたらそういうにちがいない。
「ましてやこんなBLOGなどという日記で公開するなどもってのほかである」とも・・。

しかし、このBLOGは、いまこうしてこの文章を書いている時点で、もしかしたら役立たずな命の恩人かもしれないわけで、それはそれで一般的にいうところの「自殺なんて馬鹿げたことを留めつつあるかもしれない」わけだからそれはそれでいいことなわけで、だからこうして書いたほうがいいのである。これを読んで役に立つ若者や中年がいるとは思えないわけであるけれど・・。さらに最悪なことに、自分もそこには踏み入れないに違いないのではあるがね。

たしかに、番記者や警察関係者にいわせると、自殺やその他衝動的犯罪に臨んでいる者のほとんどが数十分からせいぜい2時間弱ほど引き止めているうちら「我にかえる」という。ある意味の「戦意喪失」である。人間がアドレナリンを放出していられる時間には限界があるのである。それくらい、自殺およびその他の衝動的犯罪なんてものはいきおいである。アドレナリンの力を借りないと、人間大胆なことなんてできるものではない。

ほんの3分ほど前に、僕は軽い自殺を考えて、そしてこのBLOGを立ち上げた。そしていま原稿を書きながら、「そんなことをしたって誰も悲しむものはいないんだし」と、さらなる悲しい現実を持ってなんとか自分をとどめようとしている・・・・・・。

なぜ僕は衝動的に自殺を考えたのか、という話であるが、実に他愛のない話であり、しかもつい1週間前に同級生が教頭を勤める高校の5人の生徒たちから未来に関しての取材を受けたばかりなので、だからこんなところに堂々と自殺について書いては彼らの目に留まる可能性も近いわけので、まつたくよくないことなのではあるが・・・・酒の勢いで書くことにしよう。(10分ほど前に、ドンキホーテが買った焼酎を一気で飲んだものがすこしまわってきている)

まず、今日という一日が実に不毛で、非建設的で、最悪の気分であったこと。そしてそれらはすべて自分の役不足であること

そして、大切な知人に対して、そのせいで本意ではないいやな言葉を吐いてしまったということ。

そして最後に、そのなむしやくしゃする日に飲みにいこうとして妻に止められタクシーでむざむざと引き返してた情けない男である、ということ

の三点があげられるだろう。

自分という人間は最低の人間であり、しかも、最悪なことにこの、わずかばかり我慢していれば無難におわれるはずだった人生でこの俺よりも最低の人間と80回以上も知り合ってしまったのである。

そんなことを忘れようとしてできることなんて、普通に帰宅して、つまらないテレビを家族と見ることぐらいであって、そしてそんな行為でなんとか今ほだましだましやり過ごそうとしている自分のつまらなさを痛感する。まるで「今のお前の限界だ」といわれている、ちょうど風呂桶のような場を出ることができない自分に嫌気がさすし、才能のない自分に吐き気がするし、そしてしまいには鏡に映った自分が腐りかけた脂肪のかたまりに思えてくる。

すこし自己愛的にいうならば、というか、そもそもそういうことを書いている自分がナルシストでしかもすこし冷静さを取り戻しいることが卑しいのであるが、誰かの役に立ちたいのに、彼らを傷つけてしまう自分かいるし、愛情を表現したいののにその人に憎まれ口を叩いてしまう自分がいるのさ。

PCの前にある陶器の湯のみを投げてしまったが故に響いた、派手な粉砕音と、そのデザインを愛していたが故にキャンセルできずじまいできているauの白のinfobar携帯を空手チョップで破壊した時の、ガシャリという音。

対照的なこの二つの音がここに力無げにただいるだけの無様な肉塊の耳を、何の生産性も伴わないまま通り抜ける。

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自分を超えろ、と人は軽々しくいうけれど、やすっぽい研修のインストラクターじゃあるまいし、そうそう簡単に超えられないよ。お前は超えられたのかよ?

肉体改造しようとジムにかよってみたものの、たかだか30分ルームランナーみたいな機械で走っただけでへえへえ言ってる自分に反吐が出るだけだ。

なにをやっってもだめな人間がここにいる。そう、だったら俺をぼこぼこにこわしてくれ、いや、いっそ殺してくれ。壊されたまま生きるのはいやだから。できれば、日本刀あたりが美しくていいな。

醜くて臭い黄色の脂肪がジャンクフードで濁った血とともに床に飛び散るだけのことだ。地球はすこし、それで救われるにちがいない。

日本刀は一人切っただけで油でギトギトになるというけれど・・・。死んだ後のことまで考えてたらアドレナリンは引っ込んでしまうわけで・・・。

ああ、情けない・・・。
自分で自分をフルストロークで殴れればいいのにさ、
神様はそれができないように生き物をつくっている・・・。