斉藤由多加 (Yoot Saito)
さいとうゆたか
 

東京生まれ。ゲームクリエーター/株式会社ビバリウム。ゲーム作品の代表作は「シーマン~禁断のペット」「大玉」「ザ・タワー」など。ゲーム作品の受賞歴としては、文化庁メディア芸術祭で特別賞、米国ソフトウェア出版協会でCodies賞、Game Developers' Awardsなど。 TheTowerDS が08年6月26日に発売予定 
 使用カメラ/ライカM8 愛用レンズNoktilux 50mm F1.2など

株式会社ビバリウムのサイトはすこしリニュアルしてwww.vivarium.jpに移動しました。
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もしかしたらCCD?

初期のM8登録ユーザーにライカ本社から無料で送られてくるというフィルター。
ユーザーサポート担当者から直接メールがあって、そろそろ届くとのことだけれど、結局、そこまでするライカ社としての意図は何なのだろ??

M8の色バランスがいまひとつ、という問題は、いまのところファームウェアのアップデートだけでは解決されていない。いろいろと基本原理を調べていて、もしかしたらCCDの問題ではないだろうか?と思ったのである。憶測でしかないのだけれど。

M8のCCDはいわずとしれたKodak製で、ライカとしては初の採用である。このCCDは広角レンズ使用時に発生しがちな周辺部の光量不足を補うためにCCDのマイクロレンズに工夫がなされている。中心部にくらべて周辺部のマイクロレンズの配置が微妙に変化させてあるという。

この、独特のCCDマイクロレンズ部が、実は色収差の原因となっているのではないか?という気がするのである。

だとしたら、あれなんだろうか、ファームウェアのようなソフトでは結局解決しきれない、いわゆる"ベッドシーツ問題"、ということなんだろうか?

だとしたら、いやだなぁ・・・。

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さあ、ラストスパート、がんばっていこう

いつも仕事で一緒してもらっいるみんな。
おつかれさまです。
さて、そろそろラストスパート、って時期にきました。そのあたりについて思うことを少々。

仕事ってのは人生と同疑語なもののようで、山と谷が交互にやってくるものだ。デバグってのは、本当にやっかいな最後の峠だけれど、そのあとには大きな地がひらけているものだ。

デバグというのは最大のチームプレイだからさ、この時期でいちばん大切なことは、実は「コミュニケーション」です。
これまで連携していなかった人と連携することで、難攻不落だった大きな敵を倒すことができる。いいかえると、連携しないかぎりたおせない大きな敵が、「バグ」なのである。文字通り大仕事ということになる。

そんなデバグ段階において、企画者というのは実に無力である。この時期になるといつもそれを痛感する。高見の見物者みたいに、いや、分娩室の外で待つ父親のように、ただ指をくわえていることしかできないものである。

いつか過去に触れたけれど、仕事には業務と職務ってのがある。
業務というのは、プログラマーであればプログラムを書く、とかグラフィッカーであれば絵を描く、つまりいわゆる普通の業務である。いっぽうの職務というのは、自分のパートが納品できたら連絡をする、とか、人が必要なものを先回りして知らせてあげる、とか、あるいは連絡があったときに気持ちよく対応する、といった、プロとしての資質をきめる重要なパートである。

この職務というものが力を発揮するのがこの時期だと思う。
職務の意識が欠けていると、「自分は定められた仕事だけしかしないし、したくない」ということになってチームプレイが成り立たない。この時期にはそういう資質の差がでるので、ひとたび「腕はいいのに残念だね」という評価(あるいはレッテル)がつけられると、仕事が来なくなる。逆にこういう時期にめきめきと頭角を発揮して「よくがんばってくれるな」となると、「次もあの人にお願いしたいな」ということになる。つまりプロとしてとても大切な時期である。

ずっと昔だけれど、NYの坂本龍一さんのスタジオに遊びに行ったときのこと、氏は、映画「シェルタリング・スカイ」の音楽をつくっているところだった。エド・サリバンビルっていったっけな?そこのスタジオでマックSEを前にボーとしているので、「どうしたんですか?」と聞いたら、「ベルトリッチがまた編集をかえたので一から曲の作り直しだ・・・」とぼやいていた。

こういう時って「ふざけるな・・」と怒鳴り込みたい気持ちもあるんでしょう。でも、それはそれとして、しっかりと作品を完成させてすばらしい映画となって公開された。映画館でそれをみて、「すばらしい作品だからといって、順調にすすむわけではないんだな」と思った。

CMでも映画でもゲームでも、晴れ晴れしく披露されているものは、実は裏方ではドタバタの連続である。著名クリエーターが多数参加している作品はなおさら、人間関係を含めてすったもんだとトラブルが相次がないわけがない。

そういうトラブルを、各人がすこしづつ工夫し調整しひとつのハーモニーとして完成するのだろうし、ちょうどデバグをしている僕たちもそのフェーズにあたるのだと思う。自分のパートに10パーセントほどの創意工夫を乗せてやってはじめて円滑な流れが維持されるにちがいない。

Tくん、Dくんを中心に、関係各位のみなさん、さあ、あとすこし。
これまでの努力をいい作品として結実させていこうよ!!!

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キングクリムゾン

こんなジャケットあったなぁ・・。

最近のデジカメは、接写もすごいなぁ・・。

「キングキリムゾン」で検索してここに来てしまった人、ごめんなさい(爆)。

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デジタル・・・か。

万年筆をつかっている人いますか?

僕は、4-5年ほど前に万年筆が突然ほしくなって伊東屋に買いに行き、店頭であちこち書きちらかした末に、ウォーターマンのリエゾンを買った。

それ以来、買っては失くし、買いなおしてはまた紛失し、を繰り返して現在に至っているわけだが、大枚を費やしてきた挙句にひとつだけいいことがおきている。それは、いつでも懐に常にペンを忍ばせているという自分がいることだ。

宿題のある日は、ノートPCなんかもっていなくても思いついたら手近な喫茶店に入ってペンと手帳で案をあれこれ書いてみる・・・。公文書用に作られたという淡いモンブランの黒インクで白いページがいい感じに埋まってゆく。

で、ここ数日、地味にゲーム原稿の「赤入れ」なるものをシコシコとやっているのであるが、その分量がなんとも多い。デジタルデータでこなすと履歴がわからなくなってしまうので、そしてなんといってもキーボードだと使う脳みそが左脳に片寄ってしまうので、手で紙上へする赤入れが一番具合がいい。今日もさきほどまで自室でしこしこ作業をやっていたところ。

地味で退屈になることへの対策として、10ページをこなすたびに、自分のペンをとっかえて次の作業へのモチベーションとする。

で、ペンがかわると、インクのタッチといい、ペンの滑りといい、雰囲気ががらりと変わるのである。カートリッジインクの消費もバカにならないから、インクボトルからの吸引式に切り替えた。まさにシコシコの手作業なのである。

前にも書いたが、企画の仕事をするにしても、あるいは作家が小説の新作を練るにしても、ペンとノートで自分の脳に立ち向かうというのは、最近失われている質感表現への有効な手法だと思うのである。

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ま、かつてはデジタルグッズにたいそうなお金をつぎ込んできた僕だが、その末に行き着いたのが万年筆とは・・・なんとも自分の変化に呆れている次第だ。

このブログを読んでいる人の年齢層にもよるだろうけど、時々万年筆を使うことをお勧めしたい。ヘミングウェアが愛用したというモレスキンの手帳に、モンブランのこれまたヘミングウェイモデルあたりで、アイデアを書き留める・・・・なんか植草甚一さんみたいだけれどね。書かれたモノそのものがアートに近づいているようで、なかなか、よいぞ。

最近、PCのフォントとPowerPointの企画書にうんざりしている人、いたりしませんか?
もっともっと自分の違う側面を引き出したい、なんて漠然と思っている人いませんか?
そんな人にはお勧めなのである。

余談だが、今年後半の僕の目標は、ライカをもってキューバに行くこと。そしてチベットにもいくこと。大型バイクの免許をとってTriumphに乗ること。ギブソンのオールドを買うこと。そんでもって自分の凝り固まった頭脳をリセットすること・・・。

これらぜんぶいわゆる「オヤジ志向」なのであるが、デジタルに対する姿勢がすこしづつ変化しているのは、年齢的な変化だけではないような気がする。

サンプラー素材で創られた音楽と、スタバのコーヒーと、GAPのシャツと、同じフォントでつづられたネット情報と・・・どこにいってもそんな環境ばかりの東京で毎日過ごしているうちに、自分がある種の慢性病にかかっている気がしてきてならない・・・。

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東京セレソンデラックス

土曜日に、東京セレソンの舞台「あいあい傘」を見に行った。
ひさびさに"よい!"といえるものを見た。
舞台って、いいですな。

日曜日で東京公演は千秋楽で、次は大阪公演とのこと。
ここの舞台は、かなり注目されているようですな。

大阪方面の方、これは、おすすめである。
とくに行楽地でありきたりのGWにはうんざり、という皆さんには・・。

www.ts-dx.com

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新規募集だ

すこし早いけれど、新会社で新規募集を開始することになった。腕に自身があるプログラマーの諸氏は、ぜひ応募してください。詳しいリンク先は、またここで紹介するので。

さてこれまでにない最大の特徴、それは「開発は、私がいっさい見ない」という点である。給料もそれなりにいいらしい。いわば、プロ集団、っていうのでしょうか。

ここ数年、開発管理とか工程管理ではさ、二足三足のわらじでやってきたから、行き届かなくてあれこれ自信なくしちゃってたからね。若い社員を伸ばしてあげることも上手くできていなかったし・・。 
なのでこの新会社では、「社長業」しかしないのである。あとはぜーんぶ、腕利きの人たちにお任せである。 「人が財産」と言い切る幹部たちだから、僕としても安心である。だから、気楽でルンルン気分である。

アルマーニのスーツでも着て、黒塗りのベンツで出社して、美人秘書にコーシーいれてもらって、日経新聞でも読みながら「おい、XXX君から事業計画の資料をもらってきてくれないか」くらいのことをのたまわってしまおうかな。

いやいや、いかん、念願の「映画の準備」をするのだった・・。

はっはっは。
道楽の極みは映画なのである。
15歳のときから8ミリ映画とってたからさ。夢なのである。
だから僕は、すこし躁状態である。

調子にのって取材中にその話をしたら「バーカ、みんなそんなこと言ってみんな会社つぶすんだよ」と朝日新聞のデスクに一括された。

ああ、いかん・・・今日の作業が終ってないぞ・・・もう3時半だ。

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銀行という会社

"銀行からお金を借りるとき、最初にしなきゃならないこと。それは、金があることを見せ付けることだ"・・・シーマン語録より

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新しく会社をつくることになった。
某G社との合弁会社である。
この新社は設立三ヶ月後にタイトルを発売するので開発費とは別に、製造費とこのテレビCM宣伝費としておよそ2億円が必要となる。資本金は小さいから、この新会社としては2億円が「短期借り入れ」として調達する額になる。個人からすれば大金だが、ゲーム会社としては"たいした金額"とはいわれない額である。

ちなみにこの新会社、すでに社名は決定し、開発スタッフ、マーケティングスタッフのリクルーティングも開始された。そうそうたる人を集めようということで、スターティングメンバーが優秀な人を求めて縁故関係にコンタクトをとりはじめたと報告あり。

で、問題は、この2億円の調達である。これは初代社長をひきうけた僕の仕事となる。

まずは直球からと、取引先の銀行支店長に電話してみたところ、担当の方から絵に描いたような予想通りの回答。

「つくったばかりの会社さんでは与信がないのでなかなかきびしいかと・・・」と。
「可能性があるとしたらビバリウムさんの決算書をまずはみせていだいて・」とも。

そんなこと、百も承知でかけとるんじゃい!!
久々に電話したっちゅうことは、いままでにない「おもしろいスキームないっすか?」という意味なんだからさ。

僕は、銀行から借りるのが嫌いだ。
足りないときは家を担保にしたり、売れるモンを売っ払ったり、なるだけ嫌なことをいわれない方法で資金調達してきた。
金がまだあるときは、運用益で増やそうと株のネットトレーディングも覚えた。
なるだけ銀行の世話にならないようにやってきた。

金を借りるというのは企業経営の不可避かつ健全な行為である。
だけどそれを避けて通ってきたからビバリウムはスモールカンパニーのままである。

でも今度の会社は前途洋々の合弁会社なのでさ、社長の与信とか個人資産を使うんじゃなくて第三者から調達するのがいいだろうとおもって電話してみただけのことさ。

埒が明かないので、当初の予定どおり、他行のプライベートバンカーのM氏に電話をした。

すると「それおもしろいですね・・、さっそくやり方をちょっと調べてみますね」と。

この人のことだから、ファンドやら、著作権担保やら、今風な手法をどーんと持って来てくれるに違いない。クリエイティブな気持ちで会うことが出来る。だから会うのがとても楽しい。

中小企業の経営者と銀行の関係なんてさ、所詮ヘビとマングースみたいなものなのだから、工夫とか遊び感覚がないとね。とんとん、とはいかないものですよ。

ネタの少ない銀行の皆さん。
いまはアイデアの時代ですよ。
企画を立てましょう。

あー

すっきりしました。

追記**********

調達、目処が立ちましたぜ

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ブログは誰のために書くの?

ここのブログは、ぜんぜんブログらしくない、ということはわかっているつもり。
ま、ブログに「らしい」という表現があてはまるのか、疑問ではあるが・・。

ブログというのは一般的に、その日その日の個人的な感想を日記的に書くものが一般的だ。
だからその人(有名無名をとわず)のファンは、その人を時間軸の進行とともに感じることができる。だから、たのしい。

ブログの内容を、だからあとで一冊の本にまとめたところで、何にも面白いことなんかないし、それでいいのだろう。夏休みのラジオ体操がそうであるように(例が古いか?)、一日で一か月分まとめてやったところで何の意味もない。

そういうブログと比べると、僕のここのブログには二重人格性がある。
ひとつは、まさに日記のようなものだろう。が、もうひとつは、なんていうのかな、つまらない説教というか論文のようなもの。読むと説教臭いし、だいいち文体がかたい。ま、それ以外にも、その日の気分で書いた小説まがいもあれば、カメラ情報みたいなものもあるから、このプログは全体に一貫性がなく、"支離滅裂"となるわけである。

その対応策として面白半分でカテゴリーをつくってみたものの、あまりに多くなって収拾がつかなくなっている。

このブログというのは、あくまで自己満足のために始めたものである。もともとは知人が斉藤の近況確認のために見ていた(ようだ)。その頃は、書いててもけっこう楽しかったのであるが、最近は、読む人が増えたせいか「誰か」のためにやっているような気がしているのである。これはよくない。

はてさて、どうしたものか?

ということで、このブログは、あらためて自分のマスターベーションのためにのみある、ということを今日は自分に確認した次第である。でないと、まるで仕事ではないか。だとしたら、めげる。

だからここは「自分による、自分のための、自分の場」
ブログは独断と偏見で構成されてないと、つまらないだろうしね。

でもさ、それでも悩みがもうひとつあるのです。
なんだかんだ言ったって、日々進んでいる仕事の内容とか悩みとかってさ、仕事がゲームだから「ネタバレ」になるっいうことで書くことが許されていないものばかり・・。出来るならばバァーと放出してしまいたいことが山ほどある・・・。

それらを、つまりウソとはいかないまでも、日常の一部を隠蔽している時点で、どうしても本音ではなくなる・・・。それが悩みなのであります。

そういう視点で過去ログを読み返してもらうと、別の意味ですこし面白いかも・・・。なにせ一貫性がない理由が過去の文章の中に見え隠れしているわけですから。

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ライカM8 ファームウェアV1.102について

今日、M8をもって外に出てみた。
色彩バランスがめちゃくちゃだったM8がどの程度改善されたのかを試すのが目的で。

うん、すこし、よくなってきたな。
今日のレンズは80年代のSummilux 35mm F1.4。
今日のような天気のいい日に外に持ち出すタイプのレンズではないのだが。

僕がこれまで文句をいいたかったのは、奇妙な発色の傾向である。
写真ごとに色味がかわる、というのはどうにもまいっていた。
とくに絞りが開きぎみだと赤(というかピンク)っぽい色味が強いのである。

そもそもクセの強いレンズなので、まだ確かな比較と蚊はできていないのだが、けっこう改善されてきている気がした。

なかなかよいぞ、と思った。

のではあるけれど下の写真のように(そこにどういう規則性があるかは不明だけれど)、突然、どうにも色バランスがピンクよりに片寄ってバランスをくずれてしまうケースがまだある。これはまいる・・。RD-1のコントラストと色彩バランスのほうがまだ自分好みである、というとライカからは怒られてしまうのだろうかね?(かくいう私の写真もたいしたことないモノです。ごめんなさい)

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▲築地の場外です。ページの関係でトリミングされて表示されてしまっていると思います・・。

追記  あ、ちなみに、僕はすべてJpegで撮ってます。RAWでは撮ってませんので。

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ライカM8ファームウェアアップデート

今日、ライカのサポートからメールあり。
ファームウェアが1.102にアップデートされたとのこと。

さっそくライカのサイトからダウンロードしてアップデートしてみる・・・。

ん・・・なんかへんだぞ・・・。アップデートプログラム自身がAbend(不良終了)しているではないか・・。

ファームウェアのアップデートは、まちがえると本体が起動しなくなる危険性があるからこわい。いい加減時間が経過したので、勇気を出して電源をいれなおしてみると・・・無事アップデートできている・・・よかった。

しかし改善点はふたつしか書いてなくて、ひとは、35mmより広角なレンズを使用しているときの紫外線カットフィルターとの云々。もうひとつは、その他内部処理のもろもろ改善・・うーん、雑だ。

半押しシャッターになんとなくガタが来始めているのだが、このボディが崩壊する前に、デジタルライカのファームウェアは完成するのだろうか? カラーバランスはすこしはまともになったのだろうか?

今日はもう夜だから、たいした試し撮りができず、そのあたりの評価についてはまだなにもわからないのである。