斉藤由多加 (Yoot Saito)
さいとうゆたか
 

東京生まれ。ゲームクリエーター/株式会社ビバリウム。ゲーム作品の代表作は「シーマン~禁断のペット」「大玉」「ザ・タワー」など。ゲーム作品の受賞歴としては、文化庁メディア芸術祭で特別賞、米国ソフトウェア出版協会でCodies賞、Game Developers' Awardsなど。 TheTowerDS が08年6月26日に発売予定 
 使用カメラ/ライカM8 愛用レンズNoktilux 50mm F1.2など

株式会社ビバリウムのサイトはすこしリニュアルしてwww.vivarium.jpに移動しました。
フォトアルバム

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さよならサムライ

今日で11月はおわり。
あしたからは"クリスマス"だ。

こどものころ、日数の少ない月を「西向くサムライ」(2,4,6,9,11)と覚えたものだ。
11月がなんでサムライなのかよくわからないが、とにかく、今年の11月があと7時間でおわろうとしている。

精神が不安定になりがちなのを、いろいろに手を使ってだましだましに日々の作業をこなす。無事おわるのでしょうか・・。

このプロジェクト、よきスタッフに支えられてここまでこれたと思う。Aさんとか、Nクンとか、Mクンとか。とくにグラフィックとスクリプト。いろいろと長丁場で、お疲れ様です。あとすこしです。がんばりましょう。

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フランシス・コッポラは、泥沼化した「地獄の黙示録」がいったん中止になったとき、自宅の二階からプールめがけてオスカー像(ゴッドファーザーで獲った)をなげつけたという。せんぶ、見事にぶっこわれたんだろうね。

監督がプロデューサーを兼ねると、長期化し、苦悩する。自分以外に意見する人がいないから、どんどんと深入りし、おわりがみえなくなる。やがて資金が尽き、作品も座礁する・・・。この気持ちがよくわかるんだ・・・頭がどうにかなってしまいそうな彼の状態がさ。

ぼくが、この話しを初めて読んだのは高校生の時。奥さんのエレノアの日記「ノーツ」(日本ヘラルド出版)でのこと。コッポラの悶絶する描写は壮絶だった。

いま、僕の会社は、シーマン2において開発予算をすべて使い果たしてしまい、この三ヶ月間これまでの備蓄と資産売却をしながら残りの費用を捻出してきた。だから一刻も早く終わらせなければならないんだげど、気をつけなければならないのは「焦って血迷わないこと」。そのためにはなによりもその日一日一日の精神状態を保つことが重要になってくる。

そのためにまず朝、早起きして、今日一日をデザインする。あとは、その日の予定をグダグダいわずにそれをひたすらやる。いままで企画作業はなるだけ自宅でするようにしてきたけど、もうそうはいかない。
若いスタッフと机をならべて、ああだこうだいいながら、ジャックバウアーのCTUのように作業をこなす。これが、なかなか、よい。

すごいのができそうだぞ、今回も。(と思いたい/追加文)

億に届きそうな負債をどう処理しようか、それはいまの仕事がおわったあとに考えることにしよう、クリスマス、なんだからさ。

ま、なんとかなるさ。これまでもそうだったから・・。

あ、クリスマスへの突入までさ、あと、6時間半となってしまった。

ではでは、みなさん、また。

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鶴のひるがえし

25年以上むかしのことだが、自動車教習所の練習問題(学科)で、こんな例題を出された。

「車が路上で故障したのだが、三角停止板を装備していなかったので、やむをえず大声を出して後続車に事故を知らせた。さて、これは正しいか、誤りか? ○と×でこたえよ」

僕は「○」と回答したが、正解は 「×」だった。
その理由は、「そもそも停止版を車に装備していないことが義務違反であるので×」とのこと。

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ものごとには前提条件というものがある。
それはゲームはもとより、現実でもおなじである。
前提から覆されると、理不尽さが故の不満が残る。

上記の問題を推理小説に置き換えると次のようなものになる。

「Aさんが殺され、状況証拠から次の4人が容疑者として挙がった。犯人は4人のうち誰か?」

答え;「Aさんは、もともと病死したのであって、犯人などはいない」

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ただ投げかけておいて、実は中身がない、という仕掛け。
お粗末と笑ってしまいがちだが、まともな企画会議でも、意外にあちこちで出てきているのではないだろうか、似たようなひっかけ企画が・・・。

SOFTBANK携帯の広告コピーをまともに信じて店頭にいった僕は、店員からくわしく話をきいて、この教習所の練習問題を思い出した次第である。
「なぁーんだょ、話がちがうじゃん!」と、ね。

あるいは、スタッフを夕食に誘っておきながら、店に向かう途中で聞いた問題案件に胃潰瘍が痛み出し、何も食べないまま先に失礼した今日の僕は、まさにこれだ、と思う。

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風邪

風邪なのかなぁ。おなかが超特急なのである。
精神状態がそもそもやられてきているから、胃は最初から完全にアウチである。
そこに、風邪らしくないだるさ、寝てもとれない倦怠感があって、肝臓でないとするとどこの内臓がやられてんだろう!?と思ってたんだけど、そこにくわえての超特急だから、めちゃくちゃだ。いっそ会社に泊まりこんだほうが早い、と昨日から一日パジャマに近い姿で会社ですごした。いまも。

会社に寝泊りするのというのは、なかなかよいものだ。とくに誰もいないフロアに蛍光灯を消し、デスクライトがつくりだす光は、なかなかよい。外はなんといったって東京タワーがどーんと見えるから、プライベートバーともいえなくもない雰囲気だ。
先ほどまで、針灸マッサージのオヤジが出張できてくれていた。
幸い食欲がまったくないので、一日一食でことが足りる。やせるかな?

今日見た映画は、スパイク・リーのINSIDE MAN。デンゼル・ワシントンやジョディーフォスター、クライブ・オーエン、ほか、そうそうたる出演者の映画だったのだけど・・・うーん、いまひとつだった。

体調が悪いと、映画の後味も悪いのだろうかねぇ・・

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ジャケット買い

ジャケット買いという言葉がある。
昨日深夜のツタヤでDVDのジャケ買いをしたのだが、その題名がジャケット。駄洒落のつもりではなくてね。

パッケージはいかにもサイコスリラーというデザイン。拘束衣(ジャケット)を着せられ拷問されている精神患者が、やがて自分が殺されることがわかり・・・と、ちょうどSAW(ソー)のような雰囲気のデザインとストーリーに見えた。

徹夜仕事の合間に見ようと買ったのだが、そしていま深夜のオフィスで仕事の原稿を書きながら(そして4階のTクンからの連絡を待ちながら)ちまちまこの映画をみおわったのであるが、予想外にも、この映画がラブストーリーだということが後半にわかってくる。途中から登場する美しい田舎娘の相手役もどこかでみた女優だとおもったら、パイレーツ・オブ・カリビアンでジョニーデップと共演していた娘と気づいた。

彼女の役名はジャッキー、主人公は、ジャック。
このふたりは、未来で再会しそして恋に落ちる。前半とうって変わってそのあたりはとても綺麗な描写だ。なかなかよい。ただ未来に行って二人が再会できるのは、ジャックが拘束衣をきせられ独房にいれられたとき、だけ。彼はそこでのみ自分の未来へとワープするのである。拷問がすこしづつ彼の心のよりどころへと変化する。

JACKETというタイトル名は、ジャッキーとジャックにかけた、ある意味ロマンティックなタイトルだったということに気づく。("Jack"のあとのetは、フランス語でandという意味でしょ?)

見終わって、想像とはうってかわって、すがすがしい気持ちになったのであるが、つまりこの映画は悪くないラブストーリーがサイコホラーのパッケージに入って売られているわけである。

ああ、こういうのって、作者はどう思うのかな?
作品意図と売り出しイメージがぜんぜんかみあっていないときってさ・・・。
アーチスト志望の娘が、なぜがギンギンのセクシー水着で売り出されているような、ね。

たしかに僕はジャケットがサイコホラーだから買ったけど、つまりラブストーリーだと知っていたら絶対に買っていないけど、でも見た今の感想としてはけっこう好きな映画かも・・・と考えると、たしかに微妙ですね、作者側にたって考えてみてもね。

P.S

ここのところしんどい状態ですが、今日、日曜日の夜に出社して、席に座ったら欝が急激に戻ってきたぞぉ・・・・っと。

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冬の到来

最近、ブログの更新がおそい、とお叱りをうける・・・。
ごめんなさい。

昨日の深夜、コンビニに夜食を買いに出たら、「冬のにおい」がした。
僕は、タバコを吸うくせに、においには敏感で、その日外に出た瞬間のにおいが何のにおいかを考えるのが愉しみだ。

初夏の雨のにおい
飲食の仕込みがすすんでいる十番の夕方のにおい
汐のにおいが混ざった快晴の日のにおい
ほこりっぽい、都会の春のにおい

コンビニにはいったときに一瞬したのは、「クリスマスのにおい」だった。
僕はクリスマスの夜のコンビニがすきで、あったかい、やすらいだ気持ちになる。
クリスマスって、夜の六本木で大騒ぎすることよりも、自宅で映画をみてだらだらしたい。
だからクリスマスのコンビニ特有の「さあ、家に帰ろう」みたいな雰囲気がすきだ。
そのときのにおい、何のにおいだかわからないけど、が昨日した。

だが、昨日は、気分はやすらいだ・・とはならなかった。
クリスマスが近い、ということは僕にはこの上ない恐怖である。
もうそんな時期か・・。胃がまたいたくなった。

今週は、ふたりも知人の方が亡くなった。
さむくなると、こういうニュースが多くなるのでいやだ。

はやく仕事をおえて、やすらいだ日々にもどりたいね。

勝田のスタッフのみんな、がんばろうね!!!
T辺くん、いくら太っているからといって会社で小太り爺さんのコスプレしないように。

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ライカM8は買いか?

つまるところライカM8は買いか?という話である。

デジタルである以上、その性能は数値で比較されてしまうのが運命であって、そうなるとライカM8は、簡単には下のような評価になるのでしょぅかね。

1000万画素のCCDのカメラ。これは○。ただしレンズ性能は、別売りレンズに依存。

本体価格で50万円弱(ヨドバシ.comでポイントを値引き換算)というのは、パフォーマンスとしては、×である。

大きさと重さは?、となるけれど、かつてはコンパクトといわれたライカも今の時代では大きいとされていたしかたない。大きいほうがいいという人もいるだろうが、各種レンズを含めると、機動性ではこれも×である。P1010665

銀塩のMシリーズと比較すると、そのデジタル化を待っていたというユーザーには○。ただし1.33倍というCCDの宿命をどう受け止めるかは人による。フィルムの人にとってデジタル化はどうということのないものでしょうから、△といったところでしょうか。

P1010661

陳腐化するまでの償却期間でいうと、銀塩はおそらく5年たってもまったく古くならないのに対してデジタルのM8は2年でおそらくCCDの交換対象ではないか。なので、ま×

手に持ったゴージャス感や所有感や機械式のシャッター感触は、ライカならではのものが保たれているので○。

連写性能やシャッタースピードは、M8は1/8000秒までということで○。P10106631

ま、これらを押しなべて言うと・・・デジカメとしては残念ながら△から×だろうね。むしろ普通のデジカメユーザーはこのM8を持ちあるきにくいと思うのである。高価だしでかいし。ふと気づくと2年経過していたなんてこともあるかもね。

で、僕はというと、すでに予約してしまった。発売日がくれば僕はM8ユーザーとなる。
これはどういうことなんだろうか?

これすなわち、僕はブランドに弱いということである。
ブランド志向というのは、言い訳がうまい人間のことである。あらゆる不合理をなにかしかの理由をつけて納得できる、あるいは受けいれられること、それがブランド志向の人の条件だ。
ライカデジタルでは、上記の×がついている項目を、「いや、それがいいのだよ」と、自分を納得させてしまうことができる人間なのである。モノは言いよう、思い込みは、空の色をも赤くしてしまう。

でもそれでいいのである。それほど、愛したいと思う対象がそこにはあるのだから。

もしこのM8の定価が79800円だったら、僕はもっとひどい評価をしているにちがいない。「こんなのダメだ」ってね。

人を盲目にさせるのがブランドの力である。
いや、恋の力である。

そして僕は、いま、まちがえなく恋をしているのだと思う。
このライカに。

冷めない限り、それで真なのである。恋というのはそういうものなのである。

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ティモシー・リアリーおじいちゃん

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今朝、どういうわけか自宅のテーブルの上の古い写真の束から、ティモシー・リアリーの写真が見つかった。家族が古い書棚を整理でもしていたのだろうか?

一昨日購入したJim Marshallの写真集にもティモシーが出ていたので、なんとなく縁めいたものを感じるな・・。

この写真は、たぶん1994年あたりにティモシーの自宅で撮影したものだ。
帽子をかぶったおじいちゃんは、当時ハワイから訪れたジョン・C・リリー氏。世界的な脳の研究家でLSDの研究などでも知られている。女性は、アイリーン・ゲティ。いわゆる大富豪の石油王ゲティの孫娘。彼女は不幸なことに、すでにこの時期すでにAIDSに感染していた。数年後にはカミングアウトをして雑誌の表紙になっているのをみかけたことがある。かなり延命治療が進んでいる分野だから、まだ元気でいてくれるといいのだが・・。

僕はこの時期、西海岸に滞在するときはティモシーの家に住まわせてもらっていて、ある朝、寝坊しておきたら、ここにいる方々が来訪してきた、という次第である。

ティモシーに紹介されたジョン・リリー氏は、開口一番、にやりと笑いながら「Are You Samurai?」(おまえはサムライか?)と聞いてきた。まだ32-33歳だった僕は、サムライの意味がよくわからなかったので、そしてまた、ジョン・リリー氏がどれだけすごい人なのか、よく知らなかったので、はぐらかすように「僕はジェダイの騎士です」とどうでもいいような答えをした。今にして思うと、質問の真意か何だったのか、深く聞いておけばよかったと悔やまれる。

こういうことについては、以前に監修させていただいた、ティモシー・リアリーのDVDのライナーノーツにいろいろと書いたので、いずれここで公開しようかと思う。

調べてみたら、今年でティモシーが死んで10年である。この写真の2年後には、ティモシーは他界したことになる。すでに前立腺にちいさな癌があるということは、アイリーンのエイズの話とあわせて聞かせてくれたことがあった。アイリーンとは一緒に冷凍タンクに入るんだ、みたいなことをたしか打ち合わせていたし。

たがだか33-34の小僧がアメリカの歴史上の人物たちとこうしてスナップ写真をとっていることが、いま思うと不思議でならない。とても稀有でかつ幸せなことだと思う。

一回り上の世代の某氏が、「ティモシー・リアリーと一緒にいたということは、斎藤も薬漬けだったんじゃゃないか?」とまことしやかにいってるのを耳にしたことがある。だが残念ながらこれは大きな誤認識だ。(だいたい薬漬け、なんていう言葉そのものが、学生運動の名残みたいなものだし、日本では安保とか、まさに昭和の時代の発想ですね・・。)
この時期のティモシーはすでに、「人間の大脳を拡張するのは、LSDではなくエレクトロニクスだ」とあちこちでいいはじめていた(←エルとエルをかけている)。時代も、すでにインターネットの出現で、人間性拡張のシステム論はサイバーパンクやグローバルビレッジ、などという概念に到達しつつあった。だから僕らより下のデジタル世代の思想性はここあたりからスタートしているんじゃないだろうか?少なくともティモシーにとって僕は日本のデジタルキッズに映っていたのだと思う。

ティモシーが死んだとき、僕はちょうどバークレーに住んでいて、そのおかげで、そのときの新聞類をとってあった。これらです↓

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蛇足だか、ティモシーは日記を古いマックでつけていて、老眼だからフォントをでかくして毎日タカタカとキーボードを叩いていた。この日記はどこにいったんだろ?

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ティモシーの家の庭です。ビバリーヒルズを見下ろします。

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↓書斎にあるティモシーのCDです。よくみるとおもしろいです。

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ギャラリーにいった話

http://www.takeuchi-studio.jp/gallery_em/box_.html

行きつけのライブハウスでもっらったハガキをみて、今日はギャラリーにいってみた。

印刷してある写真とちがいオリジナルプリントってのは、「ここに、彼らがいて、カメラがこれくらいの距離にいて・・・」と、そのときの距離感とか吐息とか、情景が伝わってくるものだ。なんだかとても新鮮な気持ちになった。

写真展と違い、一枚一枚値段が付けられているから、それもリアルでおもしろい。とても勉強になる。

オリジナルは買わなかったけど、ライカで撮られたロックミュージシャンの写真集を一冊購入。フィルムには叶わないな・・と、いまもずっとその写真集をみている。

でも僕にはオリジナルプリントの残像が頭にあるから、この写真集もおもしろいのだろう。ミラノで「最後の晩餐」の現物をみたとき
「え?ここまででかいの?」とびっくりして以来、絵を見るときサイズを類推するようになったのだけど、それと同じだろうか・・・。とにかく、いいのである。

この原稿を書く直前に、チャットでこのことを話した友人が、日程のバグを発見してくれた。リンクサイトに11/24からとありますが、もうやってます。念のため。

(今日は気分転換のためにアルファベット打ちで書きました。だから記号が全部、大文字です。)

追伸 開催期間は11/3-11-28 が正しい情報のようです。

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吐くな!!オヤジよ

「最近の若者は酔っても吐かない。それはサントリーウヰスキーの質がかつてよりも良くなったからである」
そんな名言をいったのは、先日対談した某氏である。

たしかに僕らの世代は、飲んで、吐いた。吐くだけ吐いた。
ホワイトやオールドをコークで割っては飲み、そしてふたたび吐いた。渋谷のあちこちにゲロのマッピングができていた。

そういう世代が40代に到達すると、とにかく厄介である。なにはともあれ絶倫オヤジである。体力も財布の中身も人生の自信も、とにかくありありなものだから、酔うとこの世でトップクラスにやっかいな存在となる。いけてる若者を尻目に、渋谷を我が物顔で闊歩しようとする。

今日の同窓会は、まさにそれであった。

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△かつての先生は、最年少で還暦間近、みなもう、閑居体制でご機嫌である。
いわずもがな一次会でとっとと退散となる。
となると(元)生徒たちは、二次会三次会へとうつり、独壇場でご機嫌となる。

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なぜに、こいつらは、そこまで飲むのか??
普段は大企業や総合病院で偉そうにして高い酒を飲んでるような輩なのに・・・・。
謎が解けぬまま、今日も吐きそうになった。

この手の飲み会は最後はいつも、きもちわるい。

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△渋谷で応援をするな!!

「オヤジをあなどってはいけない」、かつて耳にした言葉を思い出しヒヤヒヤする。そして、いまそれが自分たちのことだったのか気づき、二度ぞっとする。
束になって闊歩するとその恐怖が不思議と消えるのが、さらなる三番目の恐怖へとつながる。

参加者の年齢は合計で4500歳を超えている。
よいこのみなさん、むやみな飲酒は控えましょう。

追伸 40代になってまで、食べ放題飲み放題ひとり2000円、はこれで最後にしたい、とおもった。なにせでてくる焼酎が、ひど過ぎで、たぶん、2Lのペットボトルで500円、なんていう種類ではなかろうか・・・。これは強烈で、2日たっても、まだ体調がもどらない・・・。

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アナログ回帰なのでしょうか

中学生になってはじめてかったのがラジカセ。
当時は、ロクハンという言葉がはやっていて、要するに街にでていろいろな音をステレオでサンプリングしよう、といったものである。(サンプリングといったってカセットテープだから深い意味はない)

ナショナル(当時はPANASONICとは呼ばなかった)の製品を買うと「音の冒険ブック」という本が付いてくるとテレビでコマーシャル。

僕はどうも本の付録に弱くて、秋葉原で一番安いところで、無事この機種(マックといいう」を涙ながらに購入したのである。テレビでやっているのよりワンランク下のものだった。なぜ「涙ながら」に、となるのか自分でもわからないけど、貯めた小遣いで高価な買い物をすると、いつも帰りの電車で涙目になっていたのは貧乏サラリーマンに嫁いだ母の影響だと思う。

当時、この手のレコーダーの最右翼といえば、カセットデンスケ(ソニー製)で、この機種の一番の特徴といえば、左右それぞれについたレベルメーター。ステレオで録音できるぞ、ということを全体で表現した、セミプロ用ラジカセだった。それは高価なもので、いいとこの高校生とか大学生の兄さんたちが、竿にマイクをつけて野鳥の声などを収録していたシロモノだった。

渋谷の東急文化会館の6階にあったオーディオショップでは、住友3Mのカセットテープを6本買うと、ラベルキットつきの収納ボックスがついてくるというので学校帰りにそそくさと買い、でももったいないのでずっと使わずに置いておいたら、ステッカーが使い物にならなくなっていた、という経験もあった事を思い出したが、あまり関係ないか・・・。

それから30年が経過した。
先日ダイムを読んでいたら、ソニーがかわったレコーダーを出したという記事。
その後、ずっと気になっていたんだけど、やっとネットで発見して購入したのがこれ。

デンスケのこだわりを再現したPCMレコーダーという。定価はよくしらないが、購入価格は17万円ほど。仕事に使用する備品は会社の経費で購入することもすくなくないけれど、さすがに「これは落とせないな」と潔く個人購入。

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まだ使い込んではいないのだけれど、音のよさは抜群で、サンプリングレートはCDオーディオの倍に達する。

詳細の評判は賛否両論、そのあたりについてはネットで検索して見ていただければと思う。

この美しいアナログメーターの哲学。地味な簡易印刷マニュアル(もちろんモノクロ)にはごく簡単なことしか書いていないが、操作パネルがオールドファッションだから迷う余地がない。4GBのフラッシュで最高音質で2時間程度録れる。PCにつなげはそのままUSBで録音データを吸い上げることが出来る。

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最近評判がよろしくないソニーさんであるが、おそらくは古きゆかしき時代からの技術者の方がいて、ややマニアックな若い世代の商品企画の担当者と、深夜に思い出話を交わしながら設計されていったのではないか、とひそかに推測している。

三谷幸喜監督の「ラヂオの時間」という名画があるが、そこに出てくる、今では声が掛からなくなった音効さんが見事に危機を切り抜けるシーンを思い出した。

実は、この手のレコーダーの登場をずいぶんと待っていたのだが、つまりwaveファイルで保存してくれ、しかも音の信頼度が高い、というレコーダー。かつてはデジカムの音声メモ機能を利用してマイクを刺してサンプリングをしていたのだが、仕事で使うのはなかなかきびしかった。どれくらいの性能をこれから発揮してくれるか、中学生の自分に戻ったようで、実に楽しみである。

(これじゃ、まるで山根さんの、ダイムの連載記事だ・・・)