斉藤由多加 (Yoot Saito)
さいとうゆたか
 

東京生まれ。ゲームクリエーター/株式会社ビバリウム。ゲーム作品の代表作は「シーマン~禁断のペット」「大玉」「ザ・タワー」など。ゲーム作品の受賞歴としては、文化庁メディア芸術祭で特別賞、米国ソフトウェア出版協会でCodies賞、Game Developers' Awardsなど。 TheTowerDS が08年6月26日に発売予定 
 使用カメラ/ライカM8 愛用レンズNoktilux 50mm F1.2など

株式会社ビバリウムのサイトはすこしリニュアルしてwww.vivarium.jpに移動しました。
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第一回 「企画と発想」

(この章の内容は、任天堂株式会社との共同特設サイトOdama.jpに初出した原稿をそのまま転載したものです。)

●●発端●●

「いつこんなゲームを発想したのですか」とか「どうしてこういったゲームを企画したのですか?」
 新しいゲームを発表すると、国内外を問わず雑誌の取材で必ず聞かれるのがこの質問です。こと「大玉」は海外先行発売でしたから、イギリス、フランス、ドイツ、ベルギー、さまざまな国の雑誌から同様の質問を受けました。

●●「大玉」はたぶん幼少の原体験などから●●

私たちゲームプランナーというのは、仕事ですからいつも頭の中にたくさんの引き出しをもっています。どれも完成形とは程遠い、ネタ帳のようなもの、いわばアイデアの断片のようなものです。いよいよ新企画をまとめなければならない、となったときに、これらの引き出しからいくつかのアイデアを引っ張り出してあれこれ組み立ててゆくわけです。
 それでは「大玉」の発想はどうなのか?という冒頭の質問にもどりますが、今回は2001 年か2002 年あたりのある晴れた平日の午後、自宅の部屋で、「ピンボールの玉で次々と建造物を壊しながら、マッブが変化し進む」というゲーム映像を頭の中でぐるぐると考えていたときに発想しました。実は、この感覚、つまりピンボール玉でミニチュアの建造物を破壊する、というのは、それより以前からずっと頭の中を去来していたのです。たぶん幼少の頃に目の当たりにした「あさま山荘事件」の映像がつよく影響しているのではないかと思います(クレーン型鉄球によって山荘に穴を開け篭城していた犯人が逮捕されたという事件でインパクトある映像が日本全国に生放送された。プロジェクトX などにも取上げられています。)ま、なにぶん潜在意識のことなのでたしかなことは自分でもわかりません。
 でもこれだけではゲームとしては成立しないことは自分でもわかっていました。物語が一直線にすすむ映画や小説とは異なるのがゲームです。つまりゲームの企画というのはプレイヤーがいろいろな角度からチャレンジできるよう、立体構造体のような形をしています。客観的に数えることはできませんが、三つの要素が必要だとおもいます。

●●三つの交叉する要素●●

1.プレイヤーが行う基本操作・・・基本性
2.それを阻む一長一短の選択要素・・・プレイヤーが介在する余地
3.それらの状況がすべてひとつの画面内に表現されること・・・表現性

大きく分けるとこの三つがゲームのデザインには不可欠です。

 この三つの要素が交差したときにゲーム作品はうまれるのです。私たちゲーム企画者の頭の中にはつねにネタになりそうな候補が引き出しに入っていて、それら引き出しの中身をあちこちと、まるでウィルスの遺伝子のように組み換えられながら、化学変化をしてうごめいているのです。それがある瞬間交差したときに、ゲームのアイデアが浮かんだ、となるのだと思えます。これが四つだと軸が多すぎてあとに続く企画作業が複雑になります。また、二つでは立体構造がつくれないように思える。私の企画法ではこの段階ではちょうど『三つ』必要なのです。

 「タワー」ではビルを建てるという基本行為が1にあたります。でもそれだけだとただ建物を大きくするだけでゲーム性はきわめて薄い。
 そこで「建物を大きくしすぎて住人の待ち時間がたまると退去して家賃が入らなくなりその結果ビル建設が中座する」という要素が重要になります。これが2にあたります。3はエレベータの待ち行列とビルの断面、エレベータそのものをすべて画面表現した結果となります。
 この三つの中でいちばん重要とわたしが思うのは・、2の要素です。ともすると基本のプレイを否定するブレーキのような要素。これこそがゲームがゲームでありえるためのエンジン部分であり、ユーザーが介在することで自己表現できるパートとなるわけです。
 さて、この平日に話しはもどります。ここでの大玉は、ピンボールで建造物をつぎつぎと破壊し進んでゆく、という視覚的な楽しさとカタルシス程度しかありませんでした。もうひとつの要素・・・いうまでもなく2のトレードオフ性ですが、これがないのでゲーム性がなかったのです。
(“ピンボール”という要素だけではコンピューターゲームの存在理由とはならない。巨大なコストをかけてわざわざやる意味がないですから。)

●●この日の場合は何が交叉したのか!?●●

この日自宅で作業(といっても人からはボーとしているふうにしかみえないでしょうが)していたこととは、もうひとつ新しい軸をここに加えようと思考をめぐらせていたことです。
 そう考えてその数分後、もしかしたら十数分あれこれ考えているうちに、ふとフリッパーと建造物の間にたくさんの兵が戦っているという映像が頭の中で像を結びました。タワーがそうであったように、、勝ち進もうと玉をバンバン打っているだけでは、兵たちはどんどんと少なくなってしまう。敵の兵は補充されるが自分の兵はそこをついてしまう・・。群集がそれぞれ個性を持ち、彼らをうまく扱わないと思ったように動いてくれない。これが大玉の基本となったわけです。この時点がおそらくこれが最初の「大玉」の発想といえるのではないでしょうか?

企画者によって、その複数の軸が見事に交差した瞬間というのは、まずはゲームの企画が産声をあげた瞬間といえましょう。企画者にはそれがわかっているから「これはおもしろい」と喜びのあまり飛び上がらんばかりに興奮するものです。このときもそうでした。
 私は、ゲームというのは箱庭だと思ってます。建造物だけでは人は感情移入ができないのです。人がわらわらとそこに去来することで盤面に生命が宿ります。
 ですからこの状態まできて、はじめて「ゲームの発想」が芽を出したといえるのかなと思います。

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Mクンと、若き日本のゲームクリエーターの方へ

日本の若きゲームクリエーターの方、および、それを志望している方々へむけて。

昨日そして今日、いろいろな出来事を通じて思ったことを書こうと思う。どんな人たちが、つたないこのBLOGを読んでくださっているかはまったくわからないのですが、ね。

日本の文化は残念ながら世界に羽ばたいて行かない。いや、正確にいうと、行きにくい。それは言葉の問題が大きいが、一番大きいものは、私たちの価値観が作品を通じて紹介されていないからである。ここでいう文化というのは、映画や音楽、小説、といった類の意味として使っている。

ちょうど私たちがそうであるように、人はまったく知らない国の映画は見たいと思わない。馴染みのあるものにはどんどんと興味が向かってゆくのと同じ理屈でね。

そういった傾向がいちばん顕著なのは子供だろう。子供はピカチューのイラストがあしらってあるだけで、その対象物そのものに親しみを抱く。かくいう僕も幼少のころはそうであった。親たちは、食べものを口にしない子供になんとか食べさせようとして、あるいは履きなれない靴を習慣づけるためにキャラクター入りの商品を買ってきたものだ。

この習慣は、子供に顕著というものの、だからといって大人になって消失するものではない。ブラッドピットの主演作には思わず興味がわくけど、あるいは最近の韓流ブームで韓国映画への動員がずいぶん増えたようだけど、ロシア映画やインド映画を対しては依然として興味がわかないものだ。だって、それらが劣悪だから、ではなく、知らないから。これが悪循環となって、いつしかハリウッドスターが出演している作品が世界メジャーと呼ばれるようになり、ハリウッド作品への賞がいつしか世界の賞になってしまった。この手法で日本はことごとく文化輸出を妨げられてきているような気がする。アメリカの友人のクライアントが、実はこの審査員だそうで、アニメのノミネート作品ビデオが「どうぞ娘さんへ」などといって回ってきたことがある。「字幕がないと娘はわからないから」と辞退したけど、彼らの純然たる好意は「英語は世界の共通語」と信じて疑わない価値観に裏打ちされていることにクリエーターとしていささかの嫉妬をおぼえたことを記憶している。だって、日本のCDを同じように渡しても「どうせ日本語わからないだろうからな」と思ってやめてしまうに決まっているし。

作品というのは、実に健全な方法で価値観を紹介する手法である。作品を通じて鑑賞者の脳裏では、主人公たちの感情のうごきが推し量られ、文化的背景を知らしめる役割を担っていると思う。日本映画は残念ながらクロサワ、でとまってしまっているし、音楽は「スキヤキ」(しらないよね?)で止まったままだ。

海外の書店では、夏目漱石氏の「吾輩は猫である」や吉本ばなな女史の「キッチン」がかろうじてペーパーバックで片隅に置かれている光景を見かけるが、それとて残念ながら見向いてもらえるような場所ではない。
だが、ゲームだけは、まだなんとかその可能性をつないでいるのです。店の中央に日本製の作品が山積みとなり、子供たちが目をきらきらとさせて、そのパッケージに見入っている光景といくつも遭遇してきた。ここ数年の日本の「ゲームが売れない景気」の間に、他国の優秀なクリエーターたちが大予算でめきめきとその方法論を確立しつつあり、日本のゲーム産業は着々と抜かれつつあるけれど、まだその輝きはうしなわれてはいない。

つまり、日本のゲーム産業には、映画や音楽の先人たちが成しえることができていない「世界」という可能性が悠々と残っているのである。

ゲームというのは、ともすると偏った表現方法と見られがちである。ゲームをすると攻撃的になる、とか、社会に順応できない、とかいった表現がいまだに横行している。でもね、かつて、テレビが普及したときにも同じようなことが言われたのです。漫画の際もしかり、ネットの際もしかり。わずか10年前には某大手新聞に「ネットで知り合って結婚」という記事が奇異な表現とともに大きく掲載されていたことを記憶している。その偏見も、トム・ハンクスとメグ・ライアンの「You Got a mail」が公開されてから、いつしかロマンティックな ドラマの舞台へと変わっていた次第である。

ゲームという手法は、ものごとの摂理や因果関係を説明する上で、きわめて有効なものだと僕は今でも思っている。文章で覚えさせられる固定的な歴史の順番よりも、自分の思ったとおりに何度もやり直してみる歴史の因果関係のほうがどれだけ役に立つものか、は、受験生の子供を見ていて改めて痛感するし・・。とにかく「撃ち合い」や「どつき合い」だけではない、もっと多彩な表現対象物がまだまだこの分野には未開拓なものとして残されていると思うのである。それを開拓しないまま放置すると、この偏見は現実のものとなってしまうかもしれないが・・・。

ゲーム開発が大規模化しているせいで、個人的な発想が反映されにくくなっているのは事実である。だけど、若い世代にどんどんとこの業界で力をつけてもらい、もっともっといまのゲーム文法を健全に壊してもらわないといけない。でないといつの日か、「ゲームっていいものだなぁ。なんで日本はこんなに落ちぶれたんだろう?」なんてことを未来の若者たちがつぶやく光景を目の当たりにすることになる。そんなとき「いやいや、かつての日本のゲーム産業はね・・」なんていいわけじみたセリフをノスタルジックに語りたくないのは、熱心なユーザーだって同じことだと思うのです。

いま、大企業の中でゲーム制作に絶望しつつある若きMクン、決して夢を捨てないでほしい。あなたは決して給料水準でいまの仕事を志したわけではないでしょ? いま「ゲームがつまらない」、とたくさんの人に思われているのは、決して誰かのせいではない。似たような分野ばかり追いかけてきた僕ら業界自身のせいだと思う。だからこそ、これから挽回することも僕ら自身の努力で可能と思う。

↓つい先日見かけたゲームショップ看板。SEGAをMSにいちいち入れ替えないのは、さらにその先を達観してのことなのか?

どんな偏見であってもさ、かならず解ける。それが偏見の最大の弱点だ。そしてそれを成し得ることができるのはね、たった一本の名作だったりするのです。それこそが君がやりたかったことだし、まさに「作品の力」ではないだろうか?

お説教みたいでごめんよ、Mさん。(笑)

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うめぼし

とにかく、うまい。見た目はカワイこちゃんですが歌は抜群の二人組みのデュオユニットである。
で公私ともにすっかりファンに。
先日ライブに訪れたのだが、そのオーラというか、とにかくすごいパワーだった。博多パワーに「圧倒」された。(福岡の県花が梅だそうで、そのスターということで、梅星だそうな。)

そんなこんなで次の作品に声で出演してもらっている。
パワーももらっています。
そのレコーディングの待ち時間に近所で撮影モデルしてもらった。
「学生街の喫茶店」風にジャケットデザインし喜ばれるかとおもったら、パリひかれた。

↓これです・・・・

ライブで大玉をほめてくれてありがとう。
次のCDレコーディングがんばってください。

http://www.umeotome.jp/

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パンドラの箱、禁断の果実

ライカを買ってしまった・・・。デジタルではなくて銀塩(=フィルム)のカメラ。
多くの知人にあれだけ反対されていた
パンドラの箱を、いや禁断の果実を、ついに口にしてしまった瞬間である。十数年ぶりのローン地獄もなかなか新鮮にちがいない。

僕が写真を取り出したのはアップルのQuickTakeからだから、かれこれ13年目になる。たぶん、いちばん早いデジカメユーザーの部類ではないかな?

僕はもともと忍耐力がない。ワープロがなかったら本はおろか企画書や仕様書なんてまともに仕上げていないだろうし、それと同じようにデジカメがなければ写真なんて撮る気にすらならなかっただろう。でもいまではハードディスクにある写真は数万枚に上る。書いた雑誌原稿や本はそれなりの数になった。

そう、僕はデジタルの申し子なのです。デジタルの力でただの素人がここまでがんばってこれました。
そしていまなぜ、いまさらのようにフィルムカメラを買ったのか? その話をしようと思うのです。いや、させてくれ。

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↑これがいわゆる「ライカ」というカメラである。レンズなどは自分で選べ!と、別売り。

ライカ版、という言葉がある。現在のフィルム標準、いわゆる35mmフィルムのことである。ライカ社が映画用フィルムをそのまま横に使ってスチールカメラをつくったことからこう呼ばれるようになった。過去すべての名作はこのサイズで撮影されたものだ。(そうでないものも多々あるけどさ)

ライカは一眼レフで日本メーカーに出し抜かれ、デジカメ市場にいたっては、はるか及ばず出遅れ、オールドファッションスタイルのままで短焦点カメラをつくり続けているメーカーだ。もうこうなると、怖いものなしだ。今日まで潰れずにきたのだから。これ以上古くなるものがなくなると、ちょうどエルメスやローレックスのように独自スタイルを極めればいいのである。

戦地で写真撮影していたカメラマンがこんなことを教えてくれた。
「水に浸した一眼レフは動かなくなった。だが、機械式のライカはオーブンで暖めたらまた動いた」と。
ジッポーじゃないんだから、と笑ってしまったけど、実のところこの話で僕はフィルムを買おうと決心した。規格変更がどうの、上位互換がどうの、という世界で育ってきたデジタル世代にとってこの話はなによりインパクトがあったわけですよ。

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カメラマンになるっていうのは、漆職人くらい苦労をつまなければならないといわれてきた。撮った写真を確認するまでに何日、そんでもってまた露出をすこしなおして、何日と、とにかく時間と忍耐力がいる。それをマスターしてやっと今度は表情とかシャッターチャンス探しの職人芸へ、といくわけである。
ところがデジカメはというとビデオみたいなものだから、その場で確認修正できる。カメラが小さくなったおかけで特ダネもスナップも、素人のほうがだんぜん面白い、ということになってきて、カメラマンが忍耐で身につけた職人芸をいとも簡単に不要としてしまつた。雑誌写真も編集者がデジカメでパチととっいうのが多くなり、もっとはっきりいいますと、かなりの数の写真家が失業しているという事実がある。

僕は、まさにその象徴なわけで、「ハンバーガーを待つ・・」に使われている写真なんか、ポケットサイズだから撮れたものばかり。

では、カメラマンは不要となったのか?
全自動で表現はこと足りているのか?
という疑念に行き着く。
これまでYesと答えてきた自分がいる。
Do it yourselfが、デジタル技術の後ろ盾だった。
一人でできるから、成しえることがある、と。

しかしふと気づくと、雑誌の写真の質はここのところどんどんと落ちてきている。文章もしかり。手続きの簡略化は、ネタを練り上げるプロセスまで簡略化されていないですか?確実に威厳が落ちているように思う。

そういうことっていうのは、気づかないことも多いけど、いきつけの定食屋の味噌汁と同じで、実は潜在意識でみな気づいているのでは?と思うのです。たとえば最近、好きな雑誌とそうでない雑誌がやけに二分化してませんか?僕は、しらずしらずのうちに、読まなくなった雑誌があって、引越しのとき昔のものをくらべてみたら、写真や構成の品質がいかにもDTP(死語)的になっていたことに気づいたわけです。

そんな世代で育った人間としては、銀塩のカメラという、プロの聖域に挑戦してみたいと思うのです。

一枚一枚がやけに高いこのフィルムカメラで撮るということは、下手の数打ち、から一発入魂、となってゆくわけで、さてこの高いカメラを使いこなせるようになったとき、僕は、デジタルとアナログのどちらを擁護するようになるか、に興味が尽きないのであります・・・・・。

「じゃ、なんでわざわざライカなんだよ!?」
あ、それ、痛いなぁ。笑

そこらについては次回につづく。

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名前入りのゲーム機

僕の知る限り、任天堂の岩田社長というのはマック大好き青年だ。だからかどうかは知らないけど、最近の任天堂はマックっぽい。あたらしいDSは、ダブルスクリーンのiBOOKのようだったし。(タクシーの中でそのことをボーと考えていたら、iBOOKにダブルスクリーンのモデルがあればいいのに、と本気で考えてしまった)

で、ゲームボーイミクロが発売になる数日前、とつぜん名前入りのファミコンカラーのモデルが届いたのです。(こういうのは公知の事実にあたると思うので書いても問題にはならないと思いますが、一般ユーザーの方はとても羨ましがると思います。それについてはごめんなさい。)最初は気がつかなかったものだから、途中で気づいた僕は飛び上がるほど感動したという話です。

ご存知の方は少ないかもしれないが、初代マックの裏蓋を上げると、開発者のサインがボディ裏側にびっしりと掘り込まれていて、それがコンピューターソフトの世界に『クレジット』という概念をもたらした。マックの世界ではプログラマーが誇らしげに名前をクレジットする文化がそこから始まったのだけど、マイクロソフト陣営にはそういう文化はまだなく、ましてや日本のゲーム界ではクレジットを『伏せる』文化がかなりずっと続いていた。これは人材流出防止や著作権的な意味合いがあるようだが、任天堂でいえばマリオのマニュアルに個人名がぜんぜん入っていないことにびっくりしたことを記憶している。だから最近の時代の変化は感慨深いわけです。

さて、はなしは戻るけど、むかし勤めていた企業の同期入社生というのがいて、彼らはみなほぼ同い年だから、ともすると肩書きが大企業のおエラさんになっていたりする。その一人がいまはマイクロソフトでX-BOXの戦略を指揮しるのですが、去年に飲んでいるときに『業界クリエーターを仲間に引き入れたかったら、まずは名前入りのX-BOX360をつくって配りなさい。任天堂さんもやってとても評判がいいよ』などとえらそうに僕がのたまわったものだから、それをしぶとく覚えていて発売の時期に本当にそれをやってのけたのです、彼は。で、ある日突然忘れていた僕のところに名前入りのX-BOX360がご丁寧に届いたというわけである。これにはびっくりしました。えらいね、こういうことを本当にやってしまう姿勢って。

ま、この話もゲーム業界内でも当事者として体験している人も多いはずだから、すでに既知の話なんですけどね。じゃなんで今頃書いたのか、という話ですけど、実をいうと、おはずかしいことに自宅にX-BOX360を設置したのがつい昨日のことなのです。であれこれいじくっていたわけですけど、しかし、すごいなぁ、X-BOX360って。こりゃ、かなり立派なITマシンだ。写真や音楽を勝手に読み込んでくれるんだもの。無線リモコンの具合もいいしグッズ好きのおじさんにはたまりませんぜ。明日ソフトを買いに行こうっと。

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「態度の度合」の究明報告

漢和辞典にも何ものっていなかったけど、一晩考えてやっとわかりました。「態度」が何の度合いの意味なのか・・。そもそもこんなこと一晩考えている状況じゃないのだがね。

さてその結果だが、「態度」の度は、採点結果の点数という意味である。その意味ではやはり「温度」や「湿度」と同じように、度合いを示すカテゴリーの言葉である。

ではどういう度合いなのでしょうか?
それは、他人に対してその人の振る舞いの品位の点数という意味です。つまりね、観察者が「振舞い方がよくないぞ」「気に食わないな」という意味なのですが、そう表現したのではあまりにも観察者一人のエゴとなってしまう。これでは説得性がなくてよろしくない。仲間を集い対象者を叩くための大儀とはならない。日本社会ではなにをするにも仲間と大儀が必要なのであるからして。

そこでこれを「度合い」として客観の事実としたいわけである。

「気にくわない」を言い換えて「品位の点数がよくない」とするといかにも大儀となる。国会でいちゃもんをつける際に「国民の血税をつかって・・・」と野党がいうのと同じでね。

それで、態度、である。
今回の究明結果は、我ながらの大発見となった。
じゃみらの死亡年度が1994年だと、科学特捜隊の本部が練馬区中村橋だと、特定した功績に匹敵するかもしれない。(くわしくはまた今度ね)

この手の表現のすげ替えというのは、よくよく見回すと周囲にいっぱいある。小さいチームは気をつけないと悪者にされてしまうよ。
たとえばね、新規事業を提案してほしい、と依頼してきた企業から、
「いただいた提案は検討した結果、当社のドメインとは異なるという判断が下りました。ぜひまたの機会を・・」という、もっともらしい大儀の断り文句が来るのに似ている、「ごめん、この企画、よくわかんないわ」では断ったことで悪者になっちゃうからね。(でもさ、新規事業とは異なるドメインに進出することをいうんじゃないか?と)

これと同じで、つまり態度が悪い、の度合いは「態」の集計得点と見せるための「度」である。ま、要するにそこにあるのは自己を正当化したいという観察者の強い欲求であり、対象者を孤独に感じさせるための多勢の威圧感であり、なんといっても徒労を組んだ多勢による集団意識なのである。

つまり「態度」とはマイノリティーに使われる言葉であって、仮に「態度が良い」といわれたところですでに採点された結果、つまりやや見下された視点による表現なのだろう。

となるとだ、前回のBLOGで若者に態度がよくない、と感じた僕はいったい何様なんだ!?

だいたい、こんなことを明け方に書いている僕は、たぶんとてもひねくれものだ。
だがゲームの企画者なんて、そんなものさ。
ものごとを数値化することしか考えていないんだから・・・。

かなり煮詰まってるいぞぉ・・・・と。

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グッズをつくりたいと思いながら

Tシャツをつくりたいな、と思う。
そろそろ夏なのでね。
僕はオリジナルTシャツをつくるのが大好きで、おもいきって、このBLOGのオリジナルシャツをつくってみようかと思うのですが、果たして買ってもいいよ、という方はいるのだろうか?

そのためには、オリジナルデザインをしなければならないけど、何がいいかな、とも考えたりしている昨今なわれです。

このBLOG、個人サイトなので、ただただ思いつくまま書いているのですけど、一貫性というか共通のテーマ性みたいなものがあるのでしょうかね?自分ではわからないのですけど。

このBLOGのテーマ性って一言でいうと、なんでしょうか?それをキャラデザインみてようと思うのですけれどね。

思うところをコメントで教えてください。

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平林久和さん

「斉藤さんっ」
この火曜日、乗車した東海道新幹線で突然声をかけてくれたのが、この人だ。

私の直接の知人の中でおそらく、一番リテラシーが高い人ではないだろうか?
リテラシーってのは、いわゆる読み書きの能力のことだが、論理的に物事を推し図る意味合いがある。
話がとても上手ですが、まさに「文章を書く人」のうまさ。なので壇上に上げると、テーマが絞られているほど、聴衆が多いほど、話が冴える人です。だから、もし僕が女性だったら、ベッドの上でこの人の話を聞きたいか、となると、かなり疑問だが。
だって、論理的に分析されたくないでしょ?(爆)

頭がいい人とはこういう人をいうのではないでしょうか。この人によるものは、文章、講演、会話、どれもが実に論理的なものだから「なるほどねぇ」と、いつも感心してしまう。中でも「ゲームの大学」という本は、かなりの名著だと思う。(実はそれ以外の著書は読んだことがないのです・・)

西に向かう列車の中で
「今は、何をしているんですか?」
そう聞くと、スーツ姿に身を包んだ彼はいつものはっきりとした口調で、こういった。

「人の教育の仕事です。」

聞いてみると、ああ、なるほどですね。働くためのノウハウ、人が育つためのノウハウに、この頭脳が生かされるわけですか。これはかなりたのしみである。
またこの人の話がおもしろい分、新幹線に乗っててどんどんと引き込まれてしまうわけです。
実は、僕もいまは少しづつ、組織をつくることとはどんなことか、に興味が移ってきているけど、そういうことかぁ。立場は違うけどおなじようなことだね。僕は現場で、そして平林さんは体系的に。

たぶん同年齢くらいだと思うのですが、そしてまた初対面からたぶん10年近くたったと思うのですが、とにかくこういう人がすこしだけ近いところで活躍してくれていると、そしてまた、ときどきこういう形で確認することができると、ほっとする。

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温度、湿度、態度

「おまえの態度はよくないぞ」
「態度でかいな」

という表現句があって、僕は若い頃からよくそういわれてきた。

いつしかそういわれることがなくなってきたけど、僕は態度が改善されたのだろうか?

それとも年齢とともに、態度の基準も緩和されるのだろうか?

昨日、都内某所である若者と話していて「この人は態度がよくないな」と思った。思ったのだけど、何がよくないのか、具体的に指摘しろといわれてもわからなかった。その人物には悪意も作意も敵意もない。なにもないから、「態度」というしかないのかもしれない?

そもそも、態度って、よく使う言葉であるのに、こちらも実は意味がよく分かっていない。得てして態度というのは、あまりよくない意味に使われることが多いことだけはわかるのであるが・・。

度という言葉は客観的な指標、あるいはレベルを表す意味合いである。

温度、湿度、節度、限度、・・・とかね。

だから恋愛度とかホモ度、フェチ度とかM度、といった造語であっても意味はすぐににわかる。

だが、態度となると、なにの程合いを指し示しているのかまったくわくらない。もし態度を直すにはその度合いを改めればよいにちがいない・・・とは思うのだが、それが何だかわからないからなおらない。度という言葉をつけた以上、きっとなにかのレベルがあるはずにのだが・・・。

でもそれは何だろう?

態度ってなんだろう?

つづく

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いやがる脳と、追い込む僕、それを助ける神様

苦しみもがいている。
納期の重圧と企画の枯渇・・。

四畳半受験生ではないが、週末は画面に向かいながら生活の用を足すしかない。

昨晩、土曜出勤のスタッフらと行った居酒屋で、ウーロンばかり飲んでいたのは土曜日が週にたった一回しかないから。土曜日はいい。いちばん好きな日である。たいがい土曜日はこぼれた仕事が入っているから、そのまま流れて酔っ払っちゃいがちだが、そうするとまた一週間待たなければならない。それくらい土曜日は貴重なのである。日曜日は翌週からのことで落ち着いてアイデアを練ることができない。

というわけで、昨日は帰宅してからかれこれ5時間を過ぎたあたりだろうか?神様が降りてきてくれた。僕は幸運だ、と思うことがよくあるんだけど、煮詰まって煮詰まって、嫌がる脳の尻をたたきながら3時間くら集中していると、神様が「とんとん」とドアを叩いてくれることがある。
「はい、なんでしょ?」
「あ、わたし神様ですけど、今日はこんなアイデアお持ちしましたけど。」
そういって唐突に欲しいものを置いていってくれるのです。
一晩たってみると役立たずの時もあるけど、たいていは、小躍りするくらい、そこにはいいアイデアが置かれています。

この一瞬のために僕は毎週平日、会議をしているような気がする。
膨大な情報が消化不良のままインプットされ脳の中でじゅくじゅくと発酵して、脳が充血してくるのがわかる。(本当) そのうちほとんど痙攣してくる。
そんな混乱と複雑の中で、いつしかマリア様の一筋の光をまつ状態になる。
そのまま帰宅し、神様を待って待って、でももう来ない、と意識不明になる日々。
そういうのが続いていると、思考は混迷しはじめるのだが、ある瞬間、発酵が連鎖反応して、その後にきれいな金色をした変な形をしたもの(映像と言葉と感触のまざったもの)が出現するのである。それまでの論理的な思考とは唐突で前後関係がなく、でもきれいにつながってくれるもの。たいがいは「なんでもっと早くに思いつかなかったんだろう」というもの。

この発酵連鎖する瞬間というのは、突然やってくる。条件は、いつも頭の中にそれがあること。幽霊と同じで、こうすれば出会えるというのはないが、おきやすいのは、飛行機の離陸のときが一番。次はドライブしているとき、あと映画館の中、移動しているときがいいみたい。しかも、締め切りぎりぎりの、「あとがない」というとき。

だから、本当は神様というよりも、自分で企画の踏ん切りがついただけのことかもしれないと思うのだが、すくなくともそれまでは自分では見えてないのだからそう呼ぶしかない。

ということで、昨日4月22日(実質23日)の未明の神様の言葉は、「崖とダイアモンドと信頼度」です。くわしくはいえないけど、ばらばらでホーキンスの統一理論が待たれていたここらの企画のバラバラさに終止符が打たれた。(と信じている)